インタビューの書き起こし①
⚫︎藩についてより深く知るため、当時を生きた佐川清右衛門氏にインタビューを行った。
佐川さんは現在、二馬憩にある老舗旅館、「ときじく庵」で襖絵をされている。
旅館にお電話をしたところ、佐川氏のいらっしゃる松の間への宿泊を条件にインタビューをご承諾いただき、今年の9月に伺った。
事前に確認していた通り、松の間の襖には武士そのものの出立ちをした男性が平面的に張り付いており、筆者がやや戸惑い気味にご挨拶したところ返答が返ってきた。
その男性こそ、佐川清右衛門氏である。非常に物腰柔らかな人物で、筆者の質問にも丁寧に答えてくださった。
以下は佐川氏に行ったインタビューの書き起こしである。
***
──えーっと、佐川さん、今回はインタビューに応じていただきありがとうございます
いえいえ、私も日頃暇ですからね。なにぶん、この旅館の壁面しか歩き回れないので
(佐川氏が菖蒲の花の描かれた襖から、隣の板壁に移動して見せる)
──いやぁ、それにしてもすごいですね
すごい、といいますと
(襖に戻りながら)
──いや、何というか信じてはいましたけれど実際に二次元上を移動される姿を見ると改めて感動するというか
ははは、そんなにいいものでもありませんよ?文字通り絵に描いた餅しか食べられませんし
──旅館の方に定期的に描いてもらってるんでしたっけ
ええ。この体になって食事こそいらなくなりましたが、それでもありがたい話です。食べたところで味がするわけでも無いんですけど、やはり何かを食べるという行為はそれ自体に意味がある気がするんですよ
──そうですね。たとえば僕が一生寝なくていい体になっても、多分布団に入って寝転ぶという行為は続けると思います
ああ、まさしくその感覚ですね。実際私も夜は寝転んだ姿になって目を瞑っております
──あ。やっぱりそうなんですね……それにしても、佐川さんは何というかお言葉が若いですよね。今風というか。江戸時代の方なのでもっと物々しい口調を想像していました
私は本来であれば幕末の人間ですし、人生の中で占める割合は明治以降の方が長いですからね
──ああ、確かに天保時代の方ですもんね
それに宿にはいろいろな方がいらっしゃいますから、自然と言葉にも影響を受けました。案外、最近の文化にも触れているんですよ?
(佐川氏が人差し指と小指を立てて他の指を折りたたむポーズをする)
──コルナ、ですか
ええ。炎炎の消防隊を見まして
──あ、そっち経由なんですね
あはは、よく言われます。好きなんですよ、サブカルチャー江戸の頃から読み本や浮世絵の類は隠れて集めておりましたが紙上に生きるようになって尚のこと好むようになった気がします。恐怖心展も行きましたよ
──あ、やっぱり行ってらしたんですね。言及があるのでもしかしてと思ったんですけど
はい。あれトイレ無いのヤバいですよね
──あれが1番怖かったかもです
あはは。確かに
まぁそんなわけで、アニメも見ますし、漫画も読みますよ。室内であればある程度場所を移せますし、あとこんなこともできます
(襖に描かれた佐川さんの姿が、写真を印刷したような姿からアニメタッチに変わる)
──すごぉ
ええ。暇を持て余して体得しました
(佐川さんの姿が浮世絵調に変わる)
──なるほど……いや、失礼かもしれませんが非常に面白いですね。Vtuberデビュー狙えちゃうんじゃ無いですか?
でもこれタッチ変えるだけなんですよね。丁髷のおっさんが配信して面白いですかね
──いや、十分面白いと思いますよ
えー、じゃぁ狙っちゃいましょうかねぇ!……っと、本題から外れました
当時の⚫︎について聞きたいのでしたよね
──あ、そうですね。当時佐川さんはまさしく⚫︎藩時代を生きていらっしゃったということで、当事者からのリアルなお話を伺いたいです
ふむ、そうですね。何から話したものか……
──いちおう質問は用意してきたんですよ。ええと、そうだな、まずは……これはもしかしたらあまり良くない質問かもしれないんですが、⚫︎に伝わる伝承って結構大規模に人が亡くなるものが多いですよね
そうですね。もともと山に囲まれて災害の多い土地ではありましたし、藩を横切る足取川も堤防ができては壊れてを繰り返して、その度に大勢死にました
──やはり、身近な実感としても身の回りで人が亡くなることは多かったんですか?
多かったですよ。それこそ飢饉や旱魃になればあちこち死体で溢れますし、困窮して野盗に身を落とす領民もいました
ひどい時には武士まで野党やごろつきの用心棒のような真似をして刀を振り回す始末ですから
海産資源が豊富な土地ではありましたけれどその分水害も多かったですし、大津波で村一つ流されることさえありました
人が死ぬとね、空気が変わるんですよ
ひどく臭って、じっとりと重くなる
死肉が分解される時に、それが大気中に飛散するんでしょうね。それに死体を食った虫の糞も乾くと風に乗って散らばる
そういう風は口を開くと喉の奥にザリザリと入り込んで、非常に息苦しくなるんです
⚫︎では死人の多さの割に人口はどんどん増え続けたから、その者たちが死ねばさらに死体は増える。一時期は死体の上を歩かなくてはどこにもいけないほどでした
──そんなにですか
ええ。どこかの地点で急にどの頃にも人が多くなりましてね。見て見れば死んだはずのものもいる
自分の死体を踏みつけながら死んだはずのものたちがぎゅうぎゅうと押し合い、足がもつれて転んだ拍子に踏まれて死ぬ。その死体を死んだものが踏みつける、なんてこともありました
──かなり過密状態だったんですね
ええ。今考えて見れば様々な時間の⚫︎の人間が同一地点に押し込まれていたのだから当然と言えば当然なのですが
ただ、人口過密問題は途中からぱったりとなくなりましたね
──ああ、多分人間以外の土地などが入ってくるようになったからですかね
まぁ、そうでしょうね
──なるほど……つづいて、⚫︎に残る伝承を見ると武士とその他の平民の距離感がかなり近い印象を受けるんですが、実際の当時の距離感としてはどんな感じだったんですか?
いや、それほど他とは変わりませんよ。基本的に同時代の他の地域と同じようなものです
まぁ私はそこまで何度も藩を出たことがあるわけではないのですが、江戸時代といっても時期によって気風が違いますが、割と武家と農民の接点はありましたし
まぁ、昨今のイメージだと武士というのは何にかこう、特権的な人たちのように思われがちですが下級の武士などは町人と変わらないような生活をして、町人と結婚したりすることもあったわけです
武士の身分だって絶対的なものではなくて、お金で買えちゃったり捨てられたりしましたから
ただ、その上で⚫︎藩の他藩や江戸との違いを考えて見ると、やはりインターネットの存在が大きいような気がします
──へー、インターネットって今はそんな昔からあったんですね
ええ。そもそも色々なものが流れ込んでくる土地ではあって、それ以前から流動性がある藩ではあったんですが、インターネットが来てからはそれが顕著になった印象ですね
匿名でのコミュニケーションはそれぞれの身分差を忘れさせます。一応武家と平民でスレッドや使用するサービス自体を分けるようにお上からの指示はあったのですが、まぁ守っているものはほとんどいなかった
まぁ、裏垢で明確に藩主や朝廷を罵倒すれば流石に開示されて斬首される例などもありましたけれど、基本的には無法地帯なわけですよ
そういう、裏で繋がっている親密さが距離感の近さを感じさせる理由かもしれません
──なるほど。表向きの生活ではそれぞれの身分に分けられていても、もしかしたらネットで親しく話したことがあるかもしれない、みたいな感覚がお互いを身分ではなく人として見させたわけですね
いや、そこまでかっこいい言い方をされてしまうと少し疑問符は浮かびますけどね
悪い例だと売春のための暗号を交わしあったり、ご禁制の書物の情報交換に使われたりなど、悪質な使用例はかなり多いですから
特に今と違って江戸時代の⚫︎は人死も多く、死体を見る機会も多いですから、グロ画像なんて黎明期よりずっと酷いですよ
そこらへんに落ちている死体を面白半分で撮影して、嫌がらせに創作スレや雑談スレに投下したり、可愛い動物とか春画と偽って動画のリンクを踏ませたり
──そこらへんは現代と変わらないんですね
変わりませんよ。もちろん今の人間と昔の人間が全く同じなわけはないですし、価値観や思考回路が違うわけですから自然とそれに伴う人格とか、物の見方というものも違います
近代は個人を発見した時代なんていう方もいますが、そう考えてみると確かに当時は個人という感覚は割と希薄なんですよね
公の中に個人が内包されている、という感覚で、公に先立って個人があるという感覚がない。あるいは感覚があったとしてもそれをよくないことのように思っている
未成年がタバコを吸うような、いけないと分かった上で当てつけや犯行をすることで何かを求めるような、そんな後ろめたさが自分という個人を優先する行為にはあった気がします
例えば親が決めた結婚相手が嫌だから好きな人と結婚するなんて今は普通じゃないですか。せいぜい親と縁を切ればいいだけの話です。でも当時はそれは人生を賭けて、その場の秩序そのものから離脱しないといけないことでもあった、というのはもしかしたら私が武士だったからかもしれません
町人や農民たちはもう少しあけすけであった気もします。ただ、結局思考とか理性とか無意識の価値判断の部分で当時と今は割と違うんですよ
ただ、その上で変わらないのは感情なんだと思いますね。「なんとなく」とか「気分」と言い換えてもいい
どれだけルール上で取り締られていても、なんとなくなぁなぁにしてしまう、とか
憎むべき相手や蔑むべき相手となんとなく仲良くしてしまう、とか
ムシャクシャした気分だから楽しそうな連中にグロ画像を見せてやりたい、とか
道理に依らない、そういう意思決定の指向性となる緩やかな流れみたいなものは、そこだけは今も昔も変わらないのだと思います
──なるほど、感情ですか。
ええ
──なんというか、僕たち現代人は、昔の人に対して割と一面的に僕たちと何も変わらない、とか、僕たちとは全く違う、とかそういうことを言ってしまう気がするんですが、違うところは違うし、違わないところは違わない、ってことなんですよね。当たり前のこととして
そうですよ。それに、昔の人間だからと言って同じような前提で同じように生きているわけでもないです。国が違えば文化も違うし、そこまで大きい話ではなくても隣のおっちゃんと自分は別人で、相容れないと思うことの方が多いはずです
そもそも、現代人だって昔の人間比較して分析しようとする時以外、日常で「ああ俺は現代人だなぁ!」なんて普通は思わないじゃないですか
──たしかにそうですね
現代人とか、昔の人という枠組みは相対的に、何かを学問的に分析する上で便宜上発生する分類に過ぎないんですよ
ああ、いや、でもそうか……そう考えると、⚫︎の人間はむしろ過剰に江戸時代の人間であることに自覚的であって……つまり「我々は江戸時代の人間である」という認識こそがこの土地の怪異の根底にあったような気がします
──ええ。⚫︎に伝わるお話を読んでいると、自分たちの時代に対する相対化、つまり佐川さんのおっしゃる「自覚的」さは強く感じました
それはやはり、⚫︎の性質上発生していくことなのでしょうね。意識的か無意識的かを問わず、この先の時代があることを知っているからこその……ああ、あの時感じていた違和感はそれだったわけか
あのゴミを見た時、私が抱いた違和感の正体
考えてみれば江戸時代の人間が、江戸時代にそんなことあるわけがないと思うこと自体、考えてみれば奇妙な話ですよね
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