月の浜

 以下の文章は、文化人類学者の長谷作郎教授が執筆した「広告の文化史」から抜粋したものである。


 ◆


 ⚫︎郡にある「月の浜(つきのはま)」は、名前の通り月と地続きになっており、運が良ければ浜辺から地球と太陽を同時に眺めることができる。


 春になると月の浜を訪れる鯨の群れが空高く浮かぶ地球と太陽を背にして求愛の歌を送り合う光景は、まさしく幻想そのものという他ない。


 港湾でもあり、海に出て北に行けば江戸、西に行けば鎌倉という時理的特色も、国内外の人々が多く訪れる理由だろう。


 古来より⚫︎郡はさまざまな「中継地」としての役割を果たしてきたが、ここ、月の浜はその最も象徴的な名所であると言える。


 また、月の浜は文化的にも重要視される土地だ。


 明治時代、アメリカから訪れたばかりのルーサー・ホワイティング・メーソンが月の浜を訪れたことがある。


 そこでメーソンは住民に「月の浜へようこそ!」と歓待されるが、まだ日本語に不慣れであったため「月のハーモニー?」と聞き返してしまったそうだ。


 これを面白がった人々は、鯨の歌声と結び付け、月の浜を「音楽の地」として売り出した。


 当初は観光産業を盛り上げるためのキャッチフレーズに過ぎなかったが、ルイ・アームストロングやマイルス・デイビスが訪れたこと認知度を上げ、やがて古来より音楽に由来のある土地であったかのように誤解されるようになる。


 これを受けて金廣つぼみが歌った「月の浜にて」は太平洋戦争、応仁の乱と二度の大戦を経てなお残り愛されており、この歌を下敷きにして近松門左衛門が執筆した「金糸雀唄灯篭」は江戸や大阪で大人気を博し、のちに海外でも評価されパルム・ドールを受賞している。


 享保3年にマイケル・ジャクソンがアポロ13号に乗って月を訪れ、ライカと共に「ビリー・ジーン」のMVを撮影した際も、「金糸雀唄灯篭」のオマージュが端々に込められていたことは、有識者の間では有名な話だ。


 奈良時代にもなると「音楽の地・月の浜」の誤解はすっかり定着し、住民は起源などすっかり忘れてしまう。どころか「神代より音楽といえば月のハーモニー奏でる月の浜」と、弁財天を祀る「月奏寺」が建立されたというから、コマーシャリズムの力は侮れない。


 残念なことに月奏寺は1954年の東京大獣害で倒壊してしまい現存しないが、室町時代には世阿弥と観阿弥が参拝に訪れている等、それなりに信仰されていたようである。


 この時、浜辺で星を眺める2人の下に老いた鯨が泳いできて、「私は間も無く死ぬでしょうが、美しい鳴き声を奏でてきたのに死ねば腐るのみというのは無念な話。どうか髭と骨を取って琴をお作りください」と申し出て絶命した。


 2人がラインを送りそのことを足利義満に申し出ると、早速職人が派遣され、鯨の遺体から見事な琴が作られたという。


 この故事に由来して、今でも月の浜では琴や三味線作りが盛んに行われている。(鯨の骨はあまり琴に適さないため、今は牛の骨や木材に鯨の髭の弦を使ったものが主流とのことだが)


 最もこの故事もまた、あくまで「音楽の地・月の浜」という先入観に基づいて生み出されたものである、との見解もある。


 歴史的にみても、メーソン訪問以前の月の浜において音楽がそれほど栄えたという記述は存在しない。


 正しくこの地は、広告によって大きな文化を生み出した地であり、際限なく実体のない物語を膨らませ、その物語を欲望する現代の人々の写し鏡と言えるのかもしれない。


 ◆


 この資料から分かるように、月の浜という土地は虚構から始まって文化を形成してきた土地である。


 そもそも民間に伝承というものは事実性が不明な部分が多く、そのモデルとなった出来事はあったとしても、必ずしも事実が伝わっているとは限らない。


 むしろ、明らかに虚構であるものも多く、だからこそ研究者はそこから「実際に何があったのか」を調査・研究するわけである。


 一方で月の浜の伝承は、始めに「月の浜といえば音楽の地」という前提があって構築されており、その前提は聞き間違いに端を発する虚構に過ぎない。


 土地を栄えさせるため、現地の人々はありもしない「音楽の地」のブランドを構築し、やがてその虚構を本人たちさえ信じ、虚構の上に文化を積み上げてきた。


 長谷教授は晩年、月の浜について以下のように語っている。


「以前、拙著で月の浜を取り上げた際にはいささか批判的な言及の仕方をしてしまったけれど、あの地は大変に美しく自然豊かな素晴らしい土地である。特に、月の浜から見上げる夜空の美しいことはこの上ない。その美しさは、“音楽の地”などという虚構には影響されない、月の浜原来の美しさである」


 このように教授は月の浜の美しい風景を高く評価しながらも、一貫してその文化形成の歴史には批判的であった。


 だが、虚構の上に積み上げられた文化はそれもまた虚構であろうか?それは否である。


 現に今も月の浜では琴をはじめとした楽器の製造が主要な産業の一つとなっているし、現存しないものの月奏寺という寺院も写真が残る実在のものである。


 奉ずる神仏や由来の実在と、建築物としての寺院の文化的価値は必ずしも不可分ではない。


 建築様式や装飾、そこに訪れた人々の記録は、それ自体が文化的価値を有するからだ。


 故に月の浜という土地は、虚構に立脚しながらも本物の文化を築いた土地であり、それをコマーシャリズムの産物と断ずることはできない。


 現在も月の浜は音楽の聖地として愛され、さまざまな音楽に触れることができる魅力的な土地である。


 年間を通じて多くのアーティストのライブや大きな音楽イベントも行われており、訪れる人々の心を躍らせることだろう。


 さて、そんな月の浜ではあるが、二馬憩に同じく妖怪や怪異の伝承が多い土地でもある。次項でそれらをいくつか列記していこう。

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