荒くれ者が廃寺で人魂もどきを見た話

 元禄13年の頃と記録されている話だ。


 ⚫︎藩の水留村に、四人のごろつきがいた。名を助六、弥兵衛、赤作、長次郎と言って、家の仕事も手伝わずにふらふらと遊び歩いていた。


 あるとき四人は集まって「少ししたら赤穂事件やら元禄地震などでそれどころではなくなるから」と肝試しをすることになった。


 どこに行こうかと相談し、村外れの廃寺に一晩泊まることに決まる。幽霊が出ると噂だった。


 少し離れた場所にあったが、酒を飲んで気が大きくなった男たちは提灯一つ持って夜道をぞろぞろ歩いていく。


「あー、まだ江戸時代だなぁ!まだ全然江戸時代だなぁ!江戸時代だから懐中電灯ねぇなぁ!」


「江戸時代だからなぁ!江戸時代だから街灯もねぇなぁ!夜道はまだまだ暗いなぁ!」


 そんなことを喚きながら進むうちに、廃寺に辿り着く。どことなく空気がひんやりとしていて、何かに見られているような気がした。


「おっかねぇなぁ。今にもなんかでそうだ」


 助六が言った。この男、水留村でも臆病者で有名であった。


「おいおい、お前は迷信深いやつだな。幽霊なんて本気で信じてるのかよ」


 すると、弥兵衛が揶揄うように言う。助六はムッと言い返した。


「江戸時代なんだから当たり前だろうが」


 その様子を面白がったのか赤作と長次郎もあれこれと口を出し始める。


「でもよ、近年の研究では江戸時代にはすでに幽霊は迷信とする考え方があったらしいぞ?仏教や儒教が主流な価値観だったから、輪廻転生せずに幽霊になるのは道理に外れているって」


「そうそう、それに江戸時代には幽霊画や怪談は多く残っているけど、逆に言えばそれらをエンタメとして楽しめる程度には身近な恐怖ではなくなっていたという可能性もあるからな」


「でもおっかねぇよ俺は」


「そりゃお前が個人的に臆病だからだよ」


「そりゃぁそうかも知れねぇけどよぉ」


 言いくるめられた助六が項垂れていると、突然あたりがしいんと静まり返った。


 さっきまで聞こえていた風の音や虫の声が全くしない。ぽた、と水滴が落ちるような音がした。


「おいおい、ますます不気味だなぁ……金玉が縮み上がっちまいそうだ」


「江戸時代に金玉ないだろ」


「あるだろ……うわっ!!」


 突然、助六が大声を上げて目の前を指さした。


 他の男たちも一斉に指された方に目を向ける。


 するとそこには、ほんのりと光る白い球のようなものが浮いている。


「ひいいいいいい!人魂だぁあああ!!!人魂は死体から揮発した燐が発光したものって科学的に証明されてるけど江戸時代の俺たちがそんなことを知るわけねぇから怖えええええ!」


「その説は最新の研究では死体から揮発して程度の量で燐がそこまで光るのか?と疑問視され始めているけれど江戸時代の俺たちがそんなことを知るわけがねぇからやっぱり怖えええええ!!!」


 四人は悲鳴をあげて逃げ出した。


 廃寺から十分遠ざかり、人心地ついたところで、全員が失禁していることに気づく。それを誰が口にするでもなく、四人はトボトボ家に帰った。


 さて、その後、情けない姿を互いに見せ合った気まずさからしばらく会うことのなかった四人だが、なんだかんだ図太いもので3日ほど経つとまた集まって酒を飲み始める。


「江戸に行ってみてぇな。16年には曽根崎心中が公演されるらしいぜ」


「映画版も見てぇよなぁ。梶芽衣子のお初!」


「その頃にゃ生きてねぇよ俺らは」


 だっはっは、とひと笑い。


 そんな中、ふと1人が青い顔をして「あのよぉ」と皆の言葉を遮る。助六だった。


「なんだよ」


「あの時、俺たちが見たのって、人魂だったのかな?」


「あんま思い出させんじゃねぇよ……ありゃぁどう見ても、人魂だろう。ぼうっと白だか黄色に光って、こっちに近づいてきたじゃぁねぇか」


「いや、実はさ。俺あの時おっかなさすぎて少しの間動けなかったんだ。お前らが逃げていく時、しばらくあの光の玉を見てて、それがちょっとずつ近づいてくるんだよ」


 三人が唾を飲む。一体、何を見たのだろうと。


「よぉく目を凝らすとよ、目の前に鏡があったんだ。その鏡に、懐中電灯を持った男が立ってた。その男はどう見ても江戸時代にはないスーツ姿で、雰囲気から宿直してる教師って感じだったんだけどよ、そんなもん、映るはずないだろ?鏡の前にいるのは俺なんだから」


「おい、ちょっと待て。鏡?寺の中ならともかくあの時俺たちがいたのは門を抜けてすぐのあたりだぞ?」


「でも、あったんだよ。鏡だけじゃねぇ。その前には、水道があって、水がポタポタ垂れてやがった。あそこだけ、違う場所が広がってたんだ。そ、そんなことあるのか?全く別の場所に、突然繋がるなんてこと」


 そもそも!と叫んだ後、助六は声を落として続ける。


「か、仮にあれが、俺たちがよく言うところの幽霊だったとして、なんで廃寺に教師の幽霊が出るんだ?あの廃寺が更地になって小学校が建つのは、昭和になってからじゃねぇか……その小学校が深夜の火災でニュースになるのは、もっと後だ!なのに、なんで、この時代に教師の幽霊が、鏡写しになって、なぁ、なんで俺はこんなことを知ってる?どういうことなんだよこれはっ」


 その話を聞きながら、三人はふと今が本当に元禄なのかわからなくなった。


 ふと、灯りが消える。外から、自動車の音が聞こえた。


 男たちは泣きそうになりながら、ただひたすらに俯いていた。


 以来、四人はふらふらと遊び歩くのをやめて家業に精を出すようになったそうだ。


(「口端雑録」「⚫︎の民話・昔話」および、日見見市立西端図書館館長の山脇さんからの聞き取りを元に整理・再構成)

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