第三十七幕  小田原攻防戦

相模国 小田原城 北條氏政


 蘆名が元公方を奉じて始まった戦はあっと言う間に関東を席巻した。これまで北條に忠誠を誓っていた、成田・由良等が裏切り、下野の那須氏らも加わった。大軍の勢いに飲まれた形で参戦した家も多くありその兵数は万を超えていた。其の中で佐竹氏を宿敵とする小田氏治のみが連合に加わらず佐竹方と交戦するも敗北し北條方の城に逃げ込んでいた。


 北條方は要衝である川越城に兵を集めて食い止めているが包囲され厳しい状況になっていた。そして連合軍は小田原城に姿を現す。


「この城が敵を迎えるのは関東管領殿が襲来して以来だな」


 城の望楼から敵勢を眺めながら氏政はため息をつく、傍にいた板部岡融成がたまらず声を掛けた。


「関東管領の名の下に兵を集めた謙信殿は兎も角、今度は公方自らのお声掛かりであればこそ此れほどの兵が集まったのでしょうが所詮は烏合の衆、一度統制を崩せれば勝機は見えましょうぞ」


「確かにな、だが其の統制を崩す術が見あたらぬ。出羽守、鹿介はなんと言っておったのか?」


 其の問いに板部岡の後ろで控えていた大男が返事をした。


「はっ、知らせでは既に織田信長殿が朝廷の詔に背いた者たちとして朝敵を討つべしと命を受けて兵を挙げ此方に向かっております。又上杉、武田両家も反撃の機会を伺い敵と対峙しております。鹿介殿も動いているとの事、ここは辛抱のしどころでございますぞ」


「うむ、援軍が来るのであれば篭城の甲斐があるな、小田原城の堅城ぶりを見せてやるとしよう」


そうして、北條方は小田原城を始めとする幾つかの城に篭城することとなった。



 篭城する北條方を連合軍は攻め立てたが堅城の名前の高い小田原城はびくともしなかった。他の城も韮山城や川越城等はしぶとく持ちこたえている。


 攻め手も最初のうちは猛攻をかけていたが被害の割りに捗らない城攻めに飽いており北條方へ降伏の使者を送るなどしてなるべく被害を出さぬようにし始めていた。そこへ織田勢が{賊軍討伐}を旗印に駿河より迫ってきているとの報告が入り驚いた諸侯は集まり協議することとなる。


「織田勢は{錦の御旗}を立てて賊軍討伐と呼号しているとか?おのおのどうされる御積りか?」


 成田氏長が口火を切ると由良や太田等の武将たちも口々に意見を出す。


「各々方、動揺してはなりませぬぞ、我等は公方様の激に応じて挙兵したいわば官軍とも言うべきもの、賊軍とは片腹痛い、我ら東国の武将の強さ織田の雑兵たちに思い知らせてやりましょう」


 この中で大身とも言える佐竹義重が口を開くと里見義弘も相槌を打ちながら声を励ます。


「左様、ここで織田勢を打ち破れば援軍を失った北條は音を上げるはず。あと一息ですぞ」


 だが、宇都宮氏や結城氏等元々利害が反する者たちもおり彼らの足並みは揃わなかった。その為に毎評定を繰り返し、貴重な時間を浪費してしまう。


 後にこの評定を称して{小田原城下評定}と呼び、時間ばかり浪費して肝心な事が決まらない事を指すようになったという。



 それより少し時間は遡り、最上義光の元にある人物が訪れていた。


「兄上! 公方様の激に応じないのは何ゆえか? このままでは最上家は諸侯から公方に逆らう者として成敗されますぞ、それだけではない! 我が嫁ぎ先の伊達家まで疑われてしまいます。早う軍を公方様の下に送りなされ」


「……」


「兄上!」


「のう、義姫よ、鮭は我が最上家の物が最高と思っておったが世間は広いものよ」


「は?」


「見よ、この鮭は蝦夷地で取れた物だというがこの大きさ、そして脂の乗り、正に鮭の王にふさわしい!」


「兄上! 呆けたか! 今は伊達と最上の話をしておるのじゃ! そのような大事に鮭の話など今度にしなされ!」


「鮭の話などとか? この度公方の話など鮭の王とも言えるこの鮭の事などと比べれば何ほどの事も無い!」


「兄上……」


「帝はこの度の公方の挙兵を大層お怒りになり織田殿に詔をないがしろにするものは朝敵であるとして討伐を御命じになったと言う。公方と言ってもかつて公方であったというだけ、そのような者に組する事こそ御家の危機よ、我が最上家は公方には付かぬ!」


「兄上、我等はどうすれば?伊達家は公方に味方し兵まで送ってしまいました」


「義姫よ、案ずることは無い、この手紙を持って帰り輝宗殿に見せるのじゃ、そうすれば伊達家は救われるであろう」


「おお……」


「じゃから今はこの{鮭の王}を食そうではないか、鮭延よ早う料理を持ってまいれ」


「はっ、只今! 」


 こうして最後に微妙に残念だった最上義光であった。





※ 鮭の王……キングサーモンです。蝦夷地(北海道)では若干獲れます



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