第6話 静止した楽園

日が昇ってきて、暖かさを感じ始めた図書館の中、少女たちは一つの朽ち欠けたテーブルを囲んでいた。

未桜が静かに口を開いた。


「昨日、灯と二人でこの街の東側を歩き回ってみたけど……誰一人、見かけなかったよ」


未桜は、腰に手を当て、首を振りながら話す。


「建物はあるけど……人の痕跡はなかった。まるで、時が止まってるみたいだった」


灯も未桜に続いて眉を少しひそめ、静かな声で淡々と話した。


その話に凪たちのグループも頷く。

凪は昨日探索した所、ここにくるまでの道のりを思い出しながら言った。


「私たち6人も、違う方向から来たけど、やっぱり同じ。……誰もいなかった」


「ここもさ〜!広い街のわりに、音も気配もなさすぎてなんか気味悪いよね〜」


翔花が自分の体をさすりながらキョロキョロと辺りを見回す。


「でも、他にも住んでた人たちがいた場所があるんやったら、どこかに手がかり残ってるかもしれへんよね?」


「ああ。けど今は目の前の現実が優先だ。水と食料をなんとかしないと」


かおるが険しい顔をして話す。


「そうだね。まずは水と食べ物がないと、どうにもならない」


「お腹すくと動けないもんね〜〜!」


未桜がかおるに同意する中、美羽がお腹を抑えながら、くしゃっと顔を歪めて言う。


「助けがくるのかも、どうやって帰るのかも…分からへんもんな…」


優が少し落としたトーンでつぶやいた瞬間、凪は視線を落とし、かおるが拳を握った。全員に重い空気が流れ始めた。

その空気を散らすように美羽が明るい声で言った。


「食べ物といえばさ!!昨日、海で魚が泳いでたよ〜!けっこう大きいやつ!」


「美羽めっちゃ遊んでたもんね」


「じゃあ、まずは海に行くのも良いかもね。釣り道具とか残ってたらいいけど」


未桜は、少し期待を寄せた表情をした。


「この図書館はしっかりしてるし、本もある。ここをしばらくの拠点にして、今日は探索してみよう」


凪は周りの朽ちてもなお整然と並んでいる本棚に目を向ける。


「だな。8人で動くより、2チームに分けて効率的に探そう」


かおるがポケットからメモ帳をだし、チーム分けをする。


「よし、食糧チーム"未桜、美羽、灯、優"。水チーム"私、翔花、凪、霞"。こんな感じでどう?」


かおるが書いたメモを皆に見せながら読み上げた。


「オッケー!翔花ちゃん活躍しちゃうよ〜!」


「木の上とか軽々登ってそうだもんな。翔花」


「ちょっと!猿みたいな言い方しない!」


かおると翔花の掛け合いに重苦しい空気が少し和らいだ。


「なんとか食べる物見つけられるように頑張るわ。キノコとかあるとええんやけど…」


優が少し緊張してるのか、両手を胸の前で組み、ぎこちなく笑う。


「そうね…。とりあえず木の実でも、魚でも獲ってきましょう。みんな怪我には気をつけて」


灯が皆の顔を見ながら、眉を少し下げて注意を促す。


「まあ、まずはできることをやっていくしかないっしょ!!探索中に何か見つけたら、あとで報告ね!」


未桜の言葉に、皆が頷いた。


―――


Side:水チーム


街の通りを抜け、古びた民家や建物の裏側を見て回る。


「水ここには……ない…」


霞が民家の扉からからひょこっと顔を出し、ちょうど通りかかった凪に言った。


「そっか。井戸?みたいなところも…昔の水道みたいなのもの、止まってる。電気は…もともと通ってなさそうだしね。」


「川っぽいとこ見つけたけど、枯れてたーー!草ばっかり生えてて、カエルすらいないよ!」


翔花が軽やかに走ってきながら、3人に伝えた。


かおるが立ち止まり、ポケットのメモを見ながらつぶやく。


「最悪、雨水集めるしかないか。海水をろ過するにも材料が必要だし……焚き火もいるし……」


「私が最初に着いた場所、噴水っぽいところだったんだけど…そこも完全に干上がってたよ」


一同が言葉を失う中、霞はふと立ち止まり、古い時計塔を見上げる。


「……ちょっと、見てくる…」


「あ、霞!…いっちゃった。それにしても、大きい時計塔…」


霞は小さい体で、崩れかけた時計塔の扉を押し開ける。

きしむ音とともに、埃の匂いが立ち込めた。

塔の内部は崩れた階段と割れたガラス。


「こんなにボロボロじゃ…水はなさそうかな…。でも…凄いこの時計塔…」


霞は所々割れてはいるが、光を反射している幻想的なステンドグラスを見上げ、目を細めた。



その瞬間――



霞の背中に冷たいものが走った。


ザッ……!


世界が揺らぐ。



霞の視界が、突如" 見たこともない光景"へと切り替わった。


―視界が白く染まり、耳元で誰かの叫び声が響いく。

―焼け落ちる街並み。鼻を突く焦げた匂い。

―泣き叫ぶ母と子。

―駆け回る兵士の足音と揺らめく魔法陣。

そして、地下への螺旋階段を駆け下りる人々の群れと叫び――


胸が締め付けられるような感覚がした。

感じる寒気が増していく。



―なに…苦しい…!!こわい……!―




その先。

浮かび上がるような、青白い光に包まれた【泉】。

中央には、淡く光る水晶がゆらゆらと揺れていた。


視界がグラッと揺れ、元の朽ちた時計塔に戻った。


霞は地面にへたり込み、震えた右手を見つめる。

どうやら今のは、現実に起きたことらしい。心臓が破裂しそうなほど脈を打っている。


「…………!!!」


バンッ!!!

霞が扉を勢い良く開け、息を切らして外へ飛び出す。顔は真っ青だ。心臓がまだドクドクとなっているのか、右手で心臓付近をクシャッと掴んでいる。


「あの中で……何か……見えた……。幻?でも、確かに光ってる泉が……地下に……」


「霞!!だいじょぶ!?顔真っ青じゃん!!!」


翔花がフラフラとしている霞の肩を抱いて、焦った表情で顔をのぞき込む。


かおるが真剣な表情で彼女を見る。


「幻って…レベルじゃなさそうだな。霞、ここ座りな。……時計塔に地下があるのか、調べる価値はあるかも」


かおるはあごに右手をそえて、考え込む。


「うそ……マジでそんな“ファンタジー”みたいな展開ある?…でも霞がこんなになるなんて、普通のことじゃない…よね」


翔花があり得ないと顔に出しかけたが、霞の様子をみて、言い直した


「信じられないけど、ここってその“ファンタジー”の世界みたいな感じにも見えるし、ここに私達がきてるのも、すでに信じられないこと起きてるしね…?」


凪が戸惑った顔をしながら時計塔を見上げた。


霞の見た光景は本当にあるのかを確かめよう。

そう4人は無言で頷き、時計塔の扉に手をかけた。





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