第2話 奇妙な知識、幼き日の衝撃

小一郎が中村郷で過ごした幼少期は、日吉丸の記憶に、まるで奇妙な夢のように刻まれていった。彼は他の子供たちとはまるで違っていた。泥だらけになって駆け回ることもなく、木登りをしてはしゃぐこともない。いつも静かに、しかし熱心に、日吉丸がどこからか拾ってくる古びた紙切れや、村の老人が語る物語に耳を傾けていた。その目は常に、何かを探し求めるように輝いていた。


「小一郎、こんな枯れ木が何になるんだ?」


ある日、日吉丸が里山から拾ってきた、ただの朽ちた枝を前に首を傾げた。しかし小一郎は、その枝をじっと見つめ、驚くべきことを口にした。


「兄上、これは燃やせば火になります。そして、その火で鉄を溶かし、型に流し込めば、もっと丈夫な鍬や、もっと鋭い刀が作れます。そうすれば、この貧しい土地でも、もっと多くの作物が獲れるようになるでしょう。そして、戦の時も、より多くの命が救われるかもしれません」


日吉丸は目を見開いた。ただの枯れ木から、そんな途方もない話が生まれるとは。小一郎はさらに続けた。


「それから、この土はただの土ではありません。窯で焼けば、水を貯める器や、食べ物を保存する瓶になります。そして、この川の流れをうまく使えば、村に水を引いて、田を潤すこともできるのです」


小一郎の言葉は、まるでどこか遠い世界の物語のように、日吉丸の耳に響いた。しかし、その一つ一つが、なぜか確かな響きを持っていた。小一郎は、現代で培った科学、物理学、工学、そして歴史学の知識を、この時代の言葉と概念に変換して語っていたのだ。彼は、未来の知識をそのまま持ち込むのではなく、この時代の人間が理解し、活用できる形に加工する術を心得ていた。


日吉丸は、困惑しつつも、弟の非凡な才能と知恵に魅了されていった。小一郎が語る「未来」の技術や社会のあり方は、日吉丸の貧しい日常からは想像もつかないものだったが、そこには常に、人々の暮らしを豊かにし、争いを減らすための具体的な方策が秘められているように感じられた。


小一郎はまた、人々の心理や社会の動向についても驚くほど深い洞察力を見せた。


「兄上、人は飢えれば争い、満たされれば協力します。そして、誰かを信じる力は、時に刀よりも強い力になるのです」


小一郎の言葉は、日吉丸の中に眠る野心を、静かに、しかし確実に刺激していった。日吉丸は元来、機知に富み、行動力に溢れる男だったが、小一郎の知識は、彼の視野を遥かに広げ、既存の常識を打ち破る発想を与えた。小一郎は、兄がただの足軽頭で終わる人間ではないと確信していた。彼は、史実の流れを尊重しつつ、兄をより大きな成功へと導き、そしてその先にある日本の未来を、少しでも良い方向へ導くための種を、幼い兄の心に蒔き続けていたのだ。日吉丸の知らぬところで、彼の人生は、そして日本の歴史は、この見慣れぬ弟の到来によって、静かに、だが確実に、新たな航路へと舵を切っていた。

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