EP 3
目の前の可憐な少女の笑顔に、僕はまだ混乱したままだった。柔らかいベッド、温かい布団、そして心配そうに僕を覗き込む優しい瞳。状況がうまく飲み込めない。
「あ、あの……君は……?」
かろうじて絞り出した声に、少女はほっとしたように息をつき、改めて優しい微笑みを向けた。
「私の名前はサリーです。村の外れの森で、太郎さんが倒れているのを見つけて、父さんと一緒にここまで運んできたんです。」
サリー。それが彼女の名前か。森で倒れていた僕を助けてくれた……。そこでようやく、僕はウルフから必死で逃げた後、意識を失ったことを思い出した。
「そうだったんだ……ありがとう、助けてくれて。僕は佐藤太郎。タロウって呼んで」
慌てて上半身を起こそうとしたけど、まだ少し体に力が入らない。サリーがそっと僕の肩を支えてくれた。
「まだ無理しないでください。痛い所はありませんか? 私、少しの怪我くらいなら、回復魔法で治せるんです」
「か、回復魔法!?」
思わず声が大きくなる。魔法! 本当に魔法が存在する世界なんだ! トラックに轢かれて、女神様に会って、異世界に転生して、スキルをもらって、ウルフに襲われて……そして、回復魔法を使う少女に助けられる。まるで小説かアニメの世界だ。
「す、凄いんだね、サリーさんは……!」
異世界の魔法使いに対して、自然と敬意がこもってしまう。するとサリーは、くすくすと楽しそうに笑った。
「ふふ、呼び捨てで良いですよ、太郎さん。それより、太郎さんの格好、なんだか不思議ですね。こんな服、初めて見ました」
サリーは、僕が着ているよれよれのジャージを興味深そうに指さした。確かに、サリーが着ているのは麻か何かで作られた素朴なワンピースだ。僕のこの化学繊維丸出しのジャージは、この世界では相当浮いているんだろう。
これをきっかけに、僕は意を決した。この優しい少女になら、信じてもらえるかもしれない。僕は、自分が別の世界から来たこと、猫を助けようとして死んでしまったこと、女神様によってこの世界に送られたこと、そして『100円ショップ』という不思議なスキルを持っていることを、正直に話すことにした。
僕の話を、サリーは目をまん丸くして、時折「まあ!」とか「大変でしたね…」とか相槌を打ちながら、真剣に聞いてくれた。疑う素振りは全くない。その純粋さが、僕にはとても有り難かった。
「それで、その『100円ショップ』っていうスキルは、どんなことができるんですか?」
一通り話し終えると、サリーはキラキラした瞳で尋ねてきた。やっぱり気になるよな。僕だって、まだ半信半疑なんだから。
「ええと、口で説明するより、見せた方が早いかな」
僕は心の中でスキル名を唱えた。
「(100円ショップ!)」
目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。サリーは「わぁ!」と小さく声を上げた。僕はウィンドウを操作して『食品』カテゴリを選び、その中から色とりどりのフルーツキャンディが入った小袋を選んだ。『フルーツキャンディ(ミックス)100p』。購入ボタンを押すと、ポフン、という軽い音と共に、手の中にカラフルな飴の袋が現れた。
「お、重さは感じないけど、ちゃんと物が出てくるんだ…」
僕自身も改めてスキルの不思議さに驚きながら、袋を開けて一つ取り出し、サリーに差し出した。
「えっと……これ、食べてみて。元の世界では子供が好きなお菓子なんだ。美味しいよ」
サリーは、キラキラ光る宝石のような飴玉を不思議そうに受け取ると、おそるおそる口に含んだ。
「……!」
次の瞬間、サリーの栗色の目が、これ以上ないくらい大きく見開かれた。そして、みるみるうちに頬が赤く染まっていく。
「あ、甘い……! それに、なんだか良い匂いがします! こんなに美味しいもの、初めて食べました!」
口の中で飴を転がしながら、サリーは目を輝かせて僕を見た。その反応は、僕が想像していた以上だった。
「太郎さん、凄い! このスキル、本当に凄いですね!」
まるで宝物を見つけたかのように喜ぶサリーの純粋な反応に、僕はなんだか照れくさくなって、へへ、と笑うしかなかった。少なくとも、このスキルは人を喜ばせることができるらしい。
それから、僕はこの世界のことをサリーに色々と教えてもらった。僕たちがいるこの大陸は『ワンダー大陸』と呼ばれていること。魔法や、僕が遭遇したウルフのような魔物が普通に存在していること。街には冒険者のための『冒険者ギルド』という組織があり、人々は魔物討伐や素材採取などの依頼を受けて生計を立てている人もいること。
そして、サリーが住んでいるこの村は『ポポロ村』という名前で、人口100人ほどの小さな農村だということ。大きな街からは少し離れているけれど、みんなで助け合って暮らしている、平和な村なのだそうだ。
「少し元気になったみたいですし、村を案内しますね!」
サリーに手を引かれ、僕は家から外に出た。外の空気は澄んでいて気持ちがいい。見渡すと、質素ながらも手入れの行き届いた家々が並び、その周りには畑が広がっている。畑仕事をしている村人たちが、僕たちに気づくとにこやかに手を振ってくれた。サリーも笑顔で手を振り返す。なんてのどかなんだろう。さっきまでの森での恐怖が嘘のようだ。
「良い村なんだね」
心がじんわりと温かくなるのを感じながら呟くと、サリーは嬉しそうに、そして少し誇らしげに頷いた。
「ええ、自慢の村です。みんな優しくて、穏やかで」
村の中心あたりまで来ると、一際大きな家が見えてきた。
「あ、そうだ! 是非、村長でもある私の父に会ってください! 太郎さんのことを話したら、きっと会いたがると思います」
サリーに連れられてその家に入ると、中には恰幅が良く、日焼けした顔に白い髭をたくわえた、人の良さそうなおじさんが待っていた。彼がサリーのお父さんで、このポポロ村の村長、ササガさんらしい。
「おお、若いの! 目が覚めたか! いやぁ、元気になって何よりじゃ!」
ササガさんは、大きな手で僕の背中をバンバンと叩きながら、太陽みたいな笑顔で僕を迎えてくれた。その豪快さに、僕は少し驚きながらも、深々と頭を下げた。
「こ、この度は助けていただき、本当にありがとうございます。僕、佐藤太郎と言います」
「おう、タロウか! 良い名前じゃな! なぁに、困っている人がいれば助けるのは当たり前のことじゃ。娘から話は聞いたぞ。異世界から来たんだって? 大変じゃったろう」
ササガさんは、僕の素性についても全く驚いた様子を見せず、大らかに笑い飛ばした。
「まあ、細かいことは気にせんでええ。怪我が治るまで、ゆっくりしていってくれ。なんなら、この村に住み着いたって構わんぞ! がっはっは!」
ササガさんとサリー、そして道すがら挨拶してくれた村人たちの温かい優しさ。異世界に来て初めて感じた人の温もりに、僕は心の底から感謝した。
不安だらけで始まった僕の異世界生活。でも、このポポロ村での穏やかで温かい出会いが、僕に確かな希望の光を与えてくれた気がした。異世界での初めての朝は、優しい人情に包まれた、忘れられない一日となったのだった。
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