異世界転生×ユニークスキル 100円ショップで無双する!?

月神世一

第一章100円ショップの勇者

100円ショップスキルで始める異世界生活


佐藤太郎、二十歳。どこにでもいる、ごく普通の大学生だった。特に夢中になれる趣味があるわけでもなく、抜きんでた才能があるわけでもない。かといって、現状に大きな不満があるわけでもなく、ただ流されるように日々を過ごしていた。講義に出て、仲間と他愛ない話をして、夕方からはファミレスでアルバイト。そんな、代わり映えのしない毎日。


その日も、いつものようにアルバイトを終え、疲れ切った体を引きずるように夜道を歩いていた。イヤホンから流れる流行りの音楽も、どこか他人事のように聞こえる。ぼんやりと赤信号で立ち止まった、その時だった。


「ニャーオ…」


か細く、助けを求めるような猫の鳴き声が耳に届いた。音のした方を見ると、街灯の頼りない光の下、小さな子猫が車道の真ん中で震えている。そして、その子猫めがけて、大型トラックが猛スピードで迫ってきていた。ヘッドライトが容赦なく子猫を照らし出す。


「危ないっ!」


考えるよりも先に、太郎の体は動いていた。平凡な日常に飽いていた? いや、そんな理屈ではない。ただ、目の前の小さな命を見過ごすことができなかった。リュックを放り出し、車道へと飛び出す。子猫を抱きかかえようと手を伸ばした、次の瞬間。


キィィィィッ!


耳をつんざくようなブレーキ音。そして、全身を襲う凄まじい衝撃。視界がぐにゃりと歪み、アスファルトに叩きつけられる感覚。


「…え?」


それが、佐藤太郎の人生最後の言葉になった。意識は、急速に闇へと沈んでいった。


どれくらいの時間が経ったのだろうか。永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた。ふと意識が浮上すると、太郎は自分が真っ白で、どこまでも続くかのような空間に立っていることに気づいた。


「ん…? ここは…どこだ?」


上下左右の感覚すら曖昧な場所で、太郎は戸惑うばかりだった。死んだはずなのに、痛みも苦しみもない。ただ、静寂だけが満ちていた。すると、目の前に柔らかな光が降り注ぎ、その光の中から、息をのむほど美しい女性が現れた。絹のような髪、慈愛に満ちた瞳。人間離れしたその美貌に、太郎は言葉を失った。


「ようこそ、審判の場へ。佐藤太郎さん」


女性は、穏やかな微笑みをたたえて言った。その声は、心地よい鈴の音のように響いた。


「え…? あ、あなたは…?」


「私は、あなたたち人間が『神』と呼ぶ存在に近いものです。厳密には少し違いますが、そう名乗る方が分かりやすいでしょう」


神。その言葉に、太郎の混乱は頂点に達した。状況が全く飲み込めない。


「え? ってことは…もしかして僕、死んだの?」


恐る恐る尋ねると、女神はこくりと頷いた。


「はい。残念ながら、あなたは先ほどトラックに撥ねられ、命を落としました」


女神の言葉は淡々としていたが、それがかえって現実味を帯びて太郎に突き刺さった。ああ、やっぱり死んだのか。呆然とする太郎の脳裏に、最後に見た光景が蘇る。


「あ…! あの時の猫…! 子猫は無事だったんですか!?」


死んだという事実よりも先に、助けようとした子猫の安否が気になった。自分でも不思議だったが、それは偽らざる本心だった。


女神は少し驚いたように目を瞬かせ、そして微笑んだ。


「ええ、あの子猫は無事ですよ。あなたが身を挺してくれたおかげです。…ふむ、自分が死んだ直後だというのに、まず他者の心配ですか。なかなかポイントが高いですね」


「よかった…」


心の底から安堵のため息をつくと、どっと力が抜けた。同時に、自分の人生を振り返り、虚しさがこみ上げてくる。


「はー…結局、ろくでもない人生だったなぁ。彼女の一人もできなかったし、何かを成し遂げたわけでもない。ただ生きて、死んだだけか…」


自嘲気味に呟く太郎に、女神は優しく語りかけた。


「そう悲観することはありませんよ、佐藤太郎さん。あなたの最後の行動は、実に尊いものでした。自己犠牲の精神、弱いものを守ろうとする心。私は、あなたのその善行に深く感動しました」


「え…?」


思いがけない言葉に、太郎は顔を上げた。


「そこで、あなたに提案があります。佐藤太郎さん、あなたに、異なる世界で新たな生を受ける機会を与えましょう」


「えっ!? それって、もしかして…異世界転生ってやつですか!?」


思わず声が裏返った。異世界転生。それは、最近流行りの小説やアニメ、漫画でよく目にする、まさに夢のような話だ。平凡で退屈な人生を送ってきた太郎にとって、それは抗いがたい魅力を持つ響きだった。


「ええ、そうです。あなたが望むのであれば、ですが。どうしますか? 新たな世界で、新たな人生を歩んでみますか?」


女神は、悪戯っぽく微笑みながら問いかける。


「し、します! ぜひお願いします!」


太郎は食い気味に即答した。断る理由など、どこにもない。平凡な日常からの脱却。未知の世界への冒険。考えただけで胸が高鳴る。


「分かりました。では、転生にあたって、いくつか特典を授けましょう。まず、新しい世界で困らないように、言語の理解能力は自動で付与します。それから…そうですね、あなたの善行と、ちょっとした私の好みで…ふむ、これなんて面白そうです」


女神は何かを思案するように指をあごに当て、そしてポンと手を打った。


「スキル、『100円ショップ』を授けましょう」


「……え? ひゃくえん、ショップ?」


聞き間違いかと思った。剣と魔法の世界、ドラゴンが空を飛び交うような世界を想像していたのに、与えられたスキルは、あまりにも日常的で、拍子抜けするものだった。


「はい。『100円ショップ』スキルです。このスキルを使えば、あなたが元の世界で知っていた100円ショップの商品を、いつでもどこでも、ポイントを使って取り寄せることができます」


「はぁ…」


もっとこう、強力な魔法とか、伝説の剣とか、そういうものを期待していた太郎は、微妙な表情を隠せない。これで異世界でやっていけるのだろうか。


しかし、女神はそんな太郎の内心を見透かしたように、話を続けた。


「侮ってはいけませんよ? 使い方次第では、どんな強力な魔法にも、伝説の武具にも匹敵する可能性を秘めています。まあ、それはあなたの工夫次第ですが」


女神は楽しそうだ。


「では、初回ボーナスとして、異世界生活のスタートダッシュに使えるポイントを1000ポイント差し上げますね。商品の購入に使ってください」


女神がそう言うと、彼女の手のひらから柔らかな光が放たれ、太郎の体に吸い込まれていくような感覚があった。


「さあ、準備は整いました。それでは佐藤太郎さん、新たな世界で、良き人生を」


女神が優しく微笑むと、周囲の白い空間が眩い光で満たされていく。


「うわぁぁぁ…!」


強い光に包まれ、太郎の意識は再び急速に遠のいていった。次に目を開けた時、彼は硬い土の上に立っていることに気がついた。


見渡す限り広がる緑の草原。どこまでも続く青い空には、見たこともない鳥が飛んでいる。鼻腔をくすぐるのは、草と土の匂い、そして澄んだ空気。


「ここが…異世界…」


呆然と呟く太郎。不安と期待が入り混じる、新たな人生が、今まさに始まろうとしていた。ポケットを探ると、確かに存在しないはずのスマートフォンによく似た、ポイント残高を示す小さなプレートがあった。『1000p』と表示されている。


佐藤太郎、二十歳。異世界での新たな生活は、スキル『100円ショップ』と共に、こうして幕を開けたのだった。

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