妖斬の兄妹、異世界へ転生する

ゆーれい

一章 妖斬転生

第壱話 妖斬、転生する

「くぁ……っはふぅ、暇だ。」


 ──澄み切った青

 照りつける太陽を受けて、木造の街並みをぼんやり眺める。大きな欠伸をした。

 座っていた赤い布が敷いてある木造りのベンチに体勢を変える。


「こら!ベンチに寝そべるな!他のお客さんも使うんだよ!」


 ポワポワと微睡まどろむ意識の中、突然の大声によって安寧は消え去ってしまった。

 渋々と言った態度で起き上がり、その声の主に視線を向ける。


 白昼、人目もはばからず怒鳴り付けてくる声の正体は、少年がつい先程ご馳走になった団子屋の主人。

 団子という柔らかい物を扱っているにも関わらず、キレ性で頭の固い頑固爺さんとしてここらでは有名である。


「くはぁ……なんだよ爺さん、いつも客なんて居ないんだから良いだろ?」

「良い訳あるかバカもん!!…ったく、そんな態度ならさっきやった団子は返して貰おうか!」

「くはは!そりゃ無理な相談だ爺さん、なんたってもう食っちまった。」


 少年は意に介さない様に咥えていた串を右手でヒラヒラと振り、主人を挑発する。その態度に、主人の額に皺が寄る。


「ぶっとばすぞ竹楽たけらぁ!!」

「うぉやっべ!?ははっ、爺さんぶちぎれじゃん!」


 怒りがピークに達した主人が、竹楽と呼ばれた少年を殴ろうと腕を振る─が、少年が即座にベンチを蹴って距離を取る。


 そして一つ欠伸をする。その姿を見て、主人はピークを超えて怒りに顔を真っ赤に染めた。


「くぉらぁ!逃げるなぁ!そしてベンチは客が使うっつてんだろうがぁ!!」

「はは、すまんな爺さん。でも今のは爺さんが──「きゃぁぁぁぁ!!!」─あ?」


 竹楽がさらに主人を煽ろうとしたところで、突如遠くから女性の悲鳴が聞こえて来た。

 その声を聞いた竹楽は、すぐにベンチに立てかけてあったを手に取った。


「わりぃ爺さん、ちょっと行って来るわ」

「っち、仕方ねぇ、見逃してやる。行って来い。」

「何自分が見逃す側だと思ってるのさ、あー爺さん煽るの楽しかった〜。」

「てめぇ竹楽ぁ!次来た時はぶっ飛ばしてやるからなぁ!!」

「くははっ、爺さんには無理だと思うぜ〜?じゃあな、団子美味かった!」


 串を咥えたまま、主人に手を振って走り始める。草履が地面を強く捉え、蹴る。

 ベンチから移動した時とは比較にもならない速度で前に進んだ。


 一瞬の間に消えた竹楽を見て、主人は一人ぽつりと呟く。


「流石、妖斬あやかしきりの家系はバケモンしか居ねぇな。」



 ❖❖❖❖❖❖❖


「っと…声が聞こえたのはここら辺か?……あれか」


 竹楽の目には地面に尻もちをつく女性と、かわやから伸びるどす黒い液状生物が捉えられていた。


 液状生物は今にも女性に襲いかかろうとしている。女性は必死に逃げようとしているが、腰が抜けているのかじりじりと後退りするに留まっていた。


 地面を強く蹴り、すぐさま液状生物の元へ駆けると同時、刀を鞘から抜刀した。

 そして、液状生物目掛けて全力で振り下ろす。刀が振れると同時、辺りに液状生物の破片が飛び散った。


「ぷぁららら…ぷぉあ」

「大丈夫かアンタ?早く逃げな」

「ぁ、あ…ありがとう御座いますっ!」

「あぁ、気にすんな──っおぇっ!まじでコイツ臭すぎだろ!!」


 助けた人の前格好つけていたが、あまりの臭さに嗚咽が止まらない。

 こいつは汚穢おわいと呼ばれている厠の怨念が意思を持った怪異だ。この区画の厠はあまり整備されていないため、かなりの汚穢が出現する。


「さてと…どうやって祓うかね。」

「ぽぁろろ?」


 本来ならば汚穢は竹楽の様な妖斬あやかしきりの領分では無い。と言うのも、液状なだけあって刀ではかなりの労力を要するのだ。

 こう言った物理攻撃を軽減あるいは無効にしてくる妖は、本来ならば祓魔ふつま師や巫女の領分なのである。


「つっても、巫女なんて居ねぇし、祓魔師が来るまで耐えて任せるなんてダセェしなぁ。」

「ぽろ…ぽぁぁらん」

「──っし、やるか。」


 汚穢を祓う方法は二つ。

 一つは妖術と言う摩訶不思議ぱわーで魂ごと輪廻に戻すオーソドックスなやり方。

 もう一つは──


「死ぬまで切り刻む」


 言って、刀を縦に振り下ろす。

 真っ二つに切れた汚穢を更に分割し、それをさらに分割。

 分割、分割、分割、分割、分割…


 時間にして40秒間

 ただひたすらに刀を振るい、細切れになっても尚分割し続ける。

 やがて塵よりも小さくなった汚穢が空気に融けて消えた頃、ゆっくりと刀の動きを止めた。


「…ふぅ、あぁ"〜疲れた。物理軽減って何だよまじで。労力エグいからコイツ辞めてくれ」


 刀を鞘に納刀して辺りを見渡す。

 全てを確認した訳では無いが、見える限りは汚穢が居ない事を確認した。

 踵を返して帰ろうとした所で、竹楽は何かがおかしい事に気付いた。

 その違和感を辿り──やがて、気付いた。


「祓魔師の奴ら遅くねぇか?いつもなら直に飛んで来るのに…」


 その時、カンカンと甲高い鐘の音が街中に響いた。周囲の人間は、顔を真っ青にして焦りを滲ませながら走り始める。

 無理も無いだろう。なにせこの鐘はなのだ。それも、数年に一度鳴るかどうかと言う程の。


「…なるほどな。そっちの対応に追われて細かい所に手が回らない訳か」


 暫し逡巡の後、とある方向に駆ける。そちらに気配が全く無い区画があるのだ。


「警報が出る程の事態。それなのになんて、怪し過ぎるよなぁ?」


 微塵切りで暖まった身体を存分に動かし、先程よりも軽やかな足取りで進んだ。



 ❖❖❖❖❖❖❖


 カンカンカンカン──


 鐘の音は鳴り続けている。

 少し前からそこらかしこで煙が立ち昇り、焦げ臭いにおいも漂っている。


 そんな中、竹楽は目的の場所に足を運んでいた。


「──これはやべぇ」


 脳が警鐘を鳴らしている。

 これより先に立ち入れば死ぬかも知れないと。

 ゴクリと喉を鳴らした瞬間、後ろから声をかけられた。


「兄さん?」


 鈴の鳴る様な優しい声。

 振り返れば、長く伸ばした黒髪を後ろで纏めた少女が立っていた。


「あぁ、憐華れんかか。」

「兄さんも違和感があったの?」


 憐華と呼ばれた少女が首をコテっと傾げて尋ねてくる。

 彼女は竹楽の妹である。兄妹と言う事もあり、二人して刀の才能がずば抜けている。

 刀の才能とは言ったが、その中でも得意分野はどちらも違っている。


「くははっ、流石に違和感あるよな。ま、祓魔師の奴らは妖力?とか言う不思議ぱわーを探知してるらしいから気付かないと思うけどな。」

「妖力より気配を感じれた方が便利じゃ無い?なんでそうしないんだろうね。」

「…いやいや憐華さん。アナタのバカみたいな範囲の気配探知が普通みたいに言わないで下さいよ。範囲、俺の何倍だ?」

「むぅ…別に普通だもん。私、普通の女の子だもん。」

「それは無理があるわ。」


 軽口を叩きながら、その区画に足を踏み入れる。一歩入った瞬間から、空気が違う事を感じた。

 酷くドロっとした空気。居るだけで身体が穢れて行き、自分と言う人間が汚染される感覚に陥る。


「気を付けろ憐華。恐らく半刻も居れば廃人になるぞ。」

「うん。精神を汚染されている気がする。中の一般的は…多分手遅れだろうね。」

「…悪いけど、置いて行くしか無いな。」


 抜刀して構え、警戒を緩めずに中心地へとじわじわ歩みを進める。

 この時点で二人は気付いていた。気配探知に長けた憐華にさえ何者かが居ることを。そしてその何者かに、自分達は太刀打ち出来ないであろう事を。


 だからこその警戒。

 最大限気配を張っていた。

 にも関わらず──


「貴様ら、ここを誰の領域だと心得る。」


 ──ゾクッ


 いつの間にか。

 ほんの瞬き一瞬の間に、ソイツは真正面へと立っていた。


「憐華!退けっ!!」


 反射的に刀を振るう。

 獲った!と思ったが振れると同時にソイツは霧の様に消えて無くなった。


「ほぅ、中々の反射速度。精確さも群を抜いているな。」

「兄さんっ!!」


 次は、背後からの声。

 上半身を捻って背後に刀を振るうが、同じ様に消えて避けられてしまう。

 背後の少し離れた場所に現れたのを確認した後、憐華に声をかける。


「憐華、ここは退け。高位の…巫女クラスの奴を呼んで来い。」

「でも…コイツ相手に耐久戦でもするつもり?さっきも言ったけど、半刻も居れば廃人…無駄死にだよ。」

「だとしてもここは退くべきだろ。二人で戦って半刻経ったらそれこそ無駄死にだ。」

「無理。さっきの一連でコイツの底が見えない。正直、巫女でも…勝てないと思う。私も戦って、生き残る事だけ考えるべき。」

「……はぁ、わかった。但し、もし俺が死んだら直に逃げろ。お前まで死ぬな。」

「…わかった。ちなみに作戦は?」

「どうせ斬っても当たらん。時間稼ぎ優先。」

「了解」


 話が纏まった所で、刀を向けてソイツと対峙する。


「話は終わったか?」

「待ってくれるなんて、案外優しいんだな。」

「ただの余興だ。そうでも無いだろう。」

「はは、言ってくれんねぇ。」


 落ち着いた所で、ソイツの事を観察する。

 見た目は着物を着た華奢な女。翠がかった青色の髪を靡かせ、無表情を保つ美人だ。

 全身から死の雰囲気が漂っており、恐らく既に何人も殺しているだろう。


 竹楽と憐華の中で、警戒レベルがどんどんと上がっていた。


「して、私は貴様らの相手をすれば良いのか?」

「そうしてくれるとありがたいな。一応聞いておくが、敵だよな?」

「さぁ、どうだろうな。ある意味では敵ではある。」

「なら、放っておけねぇか。」

「うん、頑張って斬る。」


 散開する。

 竹楽は真っすぐ、憐華は屋根へと飛び乗り、相手の混乱を誘う。

 未だになぜ攻撃が当たる前に消えるのか分かっていないため、恐らく物理攻撃無効で妖力が無いと当たらないのだろうと仮定して動く。


 相手が弾幕の様な物を飛ばして来るのを避けて、斬る。竹楽が常に正面を取り、憐華は背後を狙う。──が、攻撃は当てない。

 攻撃して視界外に消えられるより、常に視界に収め続けた方が咄嗟に対応しやすい。


 弾幕はかなりのスピードがある。さらに、弾幕からは辺りに感じる精神汚染の力を感じる。掠れば、触れた所から汚染が進むだろう。


 当たらない様に、全力で避ける。


「──きっつ!ヒリつくねぇ!」

「これ、いつまで耐えれば良いの…。」


 既に耐え続けてかなりの時間が経っている。体力的に、そろそろ弾幕が掠ってもおかしくなく、半刻までの時間も無い。


 ──アイコンタクト


 途切れる事の無い弾幕を避け、じりじりと相手に近づいて行く。

 ふとしたその時、憐華が後ろから斬りかかる。通常の相手であれば絶対に斬れている攻撃だったが、それは手応え無く通り抜ける。


 が、憐華が刀を振るった瞬間に竹楽が地面を翔ける。標的は攻撃が当たった時、に現れる癖がある。

 それを見越した行動。案の定憐華の背後に出てきたソイツに、を投擲する。


 突如目の前に現れたそれを、相手は


「へぇ、やっぱわかるんだな。」

「今のは…闘気か?」

「くはっ、すげぇなまじで!正解だよ!」

「…惜しかった」

「結構混乱させたと思ったんだけどな、まさか避けられるとは。」


 今の串には、と呼ばれる力が込められていた。闘気とは妖力に比類する不思議ぱわーであり、効果としてより強い魔の物を捉えられる様になる。


 では、何故これまで使わなかったのか。シンプルに体力を持って行かれるからである。闘気は体力を引き換えに練り上げる力であるため、耐久戦狙いの今回ではあまり効果的では無い。

 しかし二人は祓魔師や巫女が来るのを待ちながら、虎視眈々と一泡吹かせる機会を狙っていたのだ。


 ちなみに補足として、先程の汚穢に闘気を使うのと切り刻むのは殆ど体力消費は同じであるため、闘気を使うには微妙なのである。

 それ故に汚穢は妖斬と相性の悪い敵なのだ。


 ──閑話休題


「ふむ…面白い。敢えて耐久戦をする事でこちらの体力を微力ながら削り、隙を突いて小娘が攻撃。私の癖を見抜いて背後に転移した所に更に初見の攻撃。でコレか。」


 微笑を浮かべ、ふっと脱力する。

 ──瞬間、吐き気を催す気配が辺りに充満した。


「「─っ」」

「中々面白い…。貴様ら、名は何と云う。」


 警戒を滲ませながら、答える。


妖斬あやかしきり功刀くぬぎ竹楽たけら。」

「同じく妖斬あやかしきり功刀くぬぎ憐華れんか。」

「その名、憶えておこう」


 その言葉を聞いた瞬間、脱力感が全身を駆け巡った。半刻以上過ぎたのだと理解する頃には、二人の意識は微睡みの中に堕ちていた。



 ❖❖❖❖❖❖❖


「くふ…久方ぶりに面白い人間に出会ったな」


 カタカタと下駄を鳴らして、土の道を歩き始める。しかし、直に足を止めた。


「勿体ない。あぁ、本当に勿体ない。あの才能が、力が、こんな所で失われてしまうとは。」


 まるで他人事の様に、無表情ながら喪失感を漂わせる。暫し考えた後、はぁっとため息を一つついて力を練る。


 音を鳴らして亡骸に近づき、手をかざす。

 無機質で、冷たさを感じる光が二人の亡骸を包み、やがて温かみのある膜となる。

 ぐにゃぐにゃと形を変え、在るべき姿を見つけた様にナニカを形造る。


「一度だけ、チャンスをやろう。死が身近にあり、争いが絶えず、此処とは全く異なる力が存在する世界。そこでさらに力を磨き、世界を学び、理不尽への知恵を付けると良い。」


 形を変えるソレはやがて光を失くし、空気に融けて消えていった。


「私は、此処で君達を待っている。」


 その呟きは誰にも聞かれず、二人の様に空気に流れて行った。



 ❖❖❖❖❖❖❖


 ─ざわざわ


「──ぅぁ?」


 ベビーベッドに寝かされた赤ん坊が、目を醒ます。暫くの間何かを探す様に辺りを見渡し、隣に居るもう一人の赤ん坊に視線が固定された。


 小さい手、低い視線、据わっていない首


「うぁぁ!??(なんだこれっ!!)」


 かくして、妖斬の兄妹は異世界へ転生した。

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