第2話「新学期。既に一人。」

 こうしてクラスが変わってからの最初のSHR(ショートホームルーム)は終了を告げた。


 (いやぁ長かったぜ。長すぎて、精神と時の部屋かと思っちゃたぜ。)


 周囲には新しいクラスで友達いない、どうしよう、と緊張して不安がる生徒はおらず、皆が既にそれぞれのグループを形成していた。


 恐らく、去年仲良かった友人もしくは、同じ部活の仲間、またはSHRの始まる前に仲良くなった者たちが皆、一人はいたのだろう。


 始まりの時は誰でも不安がって群れたいと思うものだ。

 俺はそんな友人づくりにもってこい格好の餌場において、先生を同級生だと思いこみ玉砕して、そのまま機会を失ったのだ。


 俺は自尊心と、友人の機会を失い途方に暮れていた。


「はぁ。去年と変わらねえ。また一人で一年過ごすのか。」


 俺のつぶやきは誰にも気づかれることなく、この木造建築の教室に漂う。だれにもキャッチされることのない俺の思いは、汚れた古い壁や床を飛び跳ねたあと、俺の鼓膜に戻ってきた。


 今この教室には、これから始まる青春ライフを待ち望み、その実現に向けていそいそと働く学生で溢れかえっている。


 古くて旧時代的なこの空間にふさわしくないなぁ、とそんな気がした。


「35番。来なさい。」


 先程の同級生のような先生が右腕を上げて俺を読んだ。

 何だよ。35番だって。なんか刑務所の囚人番号見てぇじゃねえか。


 個人を識別するために出席番号があるのはわかるけどよ、人を呼ぶときに番号を使うとか、そんなに俺を名前で呼びたくないのかよ、この先生は。


 まぁ、俺も急にお茶を誘ったり、同い年だと勘違いしたり、嫌われる要素はあるけどよ、机運んだ仲じゃないか。

 (どんな仲だよ⋯。)


 まあでも、孤立してるやつを呼ぶときにわざわざ目立つように声をかけるんじゃなくて、秘密裏に聞いてくれたのは嬉しいけどさ。

 

 誰にも気づかれないように、そんなことを愚痴りながら俺はとりあえず目の前で歩く教師の背を追う。


 教室を出て、廊下を歩き、左側にだだっ広いグラウンドが見えた時だった。


「君は、まだボッチなのかい。」


 振り向いてその幼い目で俺を見つめながらそんなことを彼女は言った。


「ボボボ、ボッチだって?いや俺は、栄光ある孤立者だよ。」


「栄光ある孤立者?そんなにすごいのかい、君は。それはボッチとなにが違うんだい。」


 人を小馬鹿にした笑い声を隠そうともせず彼女は口を開けて笑う。

 しかし、笑われるのも、ボッチなのもすべて俺が原因であるからこそ、怒れなかったし、反論もできない。

 それに笑えない。


「そうですよ。俺は、まぁ永世中立者?とか、遠くから温かい目で見守る保護者なんですよ。」


「どこの国だ。それに誰の保護者だよ。」


 心底嬉しそうに笑う彼女の顔は、悔しいがひどく輝いて見えた。


「ちょっと来たまえ。」


 彼女はそう言うと、トットットと、脚をリズミカルに動かしながら廊下の奥へと進んでいく。


 俺はおいていかれないように、その後に続いた。


「たく、なんだよ。どうなってんだ。」


 もうすぐ一時間目が始まる。俺はその授業にでられないだろう。なんせあと1分後に始まる。


 俺はこれからどうなるのか。

 先生は何を企んでいるのか。


 今の俺には、なにもわかることがなかった。無知であった。しかしただ言えることは、俺はやっぱり今年もボッチになるという確信だけであった。


「君はボッチにならないよ。」



 俺の心を読み取ったかのような返答。

 そんな答えが廊下の奥、コツコツと俺を先導する彼女の背中から、そう発せられた気がした。 


 

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