担任の先生が俺にガチ恋なんだが。進みゆく高校生ライフ。ちなみに俺のライフは既に0です。

黒背景 クローバーs

第1話「勘違いから始まる高校生ライフ」


「ジリリグゴオオオオオ。ガンッ。」




 この教室の引き戸は経年劣化しており、扉を動かすだけで不快音が響き渡ってしまう。


 そんな爆音は広い教室に一通り響き渡った後、ポンッっと水素が弾けたように、教室は閑散とした。廊下からでさえ、口々に聞こえていたおしゃべりの声も、なぜか止まったのだ。不思議だ。




 皆が扉を開けた張本人である俺を見つめてくる。




 なんで見つめるのだろうか。不思議だ。




 その視線はどこかむず痒く、俺は彼らから逃げるように自席へと向かう。




「ガタンッ。」


 俺はおそらく自席であろう(教卓に置かれていた座席表を見た)椅子に座ってそのまま何もしない。


 周りの視線が俺を突き刺すように見つめていた気がしたからだ。


 だから俺は彼らと目を合わせたくなくて、視界の先にあった床や壁とにらめっこする。


「にらめっこしましょ。あっぷぷ。」


 5分経過。


 壁さんや床さんは、ずっと真顔で俺を見据えてくる。勝ち目がないことを悟り、早々に諦める。逃げることも大事な手段なのだ。


 しかし依然として背中を刺す彼らクラスメイト?の視線は動こうとしない。まるで異物を、視線だけで排除しようという雰囲気。




 さすがに居た堪れなくなった俺は、にらめっこではなく、床さんの観察日記をつけようと思い、そのお体を調べようと身を乗り出した。


 実際は身を乗り出してはおらずただ、肩を前に少しだけ突き出しただけだが。依然肩に刺さる目線の槍は外れてくれそうになかった。






 まずは床さんの観察日記をつけてみることにした。


 昔は木目が顔を出していたのだろうが、今ではその顔には泥や砂が塗られて汚れてしまっていると感じた。




 まあつまり床はグラウンドの地面と同じように、土が埋め尽くされて汚れているのだ。


 続いて壁さんも診断してみることにした。


 今気づいたが、壁さんの肌質は温かみのある褐色肌だった。まあつまり、この時代では珍しいと思うが、この教室だけ完全木造だということだ。なぜ木造なのかは知り得ない。




  まあしかし、名前や数字が削られたある種の先代のメッセージ的なものが、壁にむき出しで現れていることから、かなり年季の入っているのだろう。


 たぶん俺が生まれる前そして、親が生まれる前からもこの教室は教室としての役割を持って、立派に佇んでいたのだ。




 今はその姿も見られない、ただ今という土砂に埋没して、その真の姿が忘れ去られてしまったような、そんな気がした。


 


  心の中のメモページに付けた、彼らの外見的特徴は、やはり歳を重ねすぎているという悲しい結果だった。


 今度若作りしてみてはいかがですか?


 いいワックス教えますよ?




 俺はそう告げてそのままぼんやりと時間が立つのを待つために、単語帳を開いた。


 なんとなく目に映る単語たちは、それぞれが強い個性を持っていて日本語に直させない、英語として生きるんだ、という強い意志が感じられた。


 彼ら英語君たちの姿や意味を無理やり日本語さんに当てはめようとするのは間違っている気がする。あまりにも英語くんが可哀想だ。だから俺は、英語君たちの意思を受け取って、英語の勉強をしないことにした。


 なにそれ、理論が飛躍しすぎだろ。


 俺は自分の思考回路に破綻が生じていることを悟り、その悲しい事実から逃げようと窓を覗き込んだ。


 ついでに、ずっと俺の背中を刺すグングニルの槍からも逃げようとしていた。






  残念ながら、窓の外に広がる風景は、風景と言えるものではなかった。


 窓のすぐ奥に植えられた銀杏の木が、その大きな葉で風景を隠しているのだ。それにこの教室は一階。たとえ銀杏の葉が邪魔をしなくても見える景色はせいぜい住宅の薄汚い壁だけだろう。


「はあ。」


 俺はつまらないものを見てしまった時に吐くであろうため息という名の、二酸化炭素多めの息を吐き出した。


 彼らの目線の鋭さは衰えることなく、今度は肩だけでなく、顔も足も指も見られている気がした。


 時間は過ぎて、今やこの教室には2倍近くの高校生がひしめき合っていた。


 今度は俺が観察日記つけられるのではないだろうか。


 そんな恐ろしい疑問が浮かぶ。




 しかし幸いなことにその疑問は霧散される。鶴の一声によって。


「ちょっと、その席なんだけどさ」




 俺の右肩上の位置から心底嫌そうな声色で呟かれた。


 俺の横に立つ彼女は突き放すような態度で俺を睨む、そんな感じがした。俺は今だ体制を変えず目線を前に固定しているせいで、彼女が視界に入っていないのだが。


 これは確実になにか、事件が起こりそうだった。




 だが、彼女は主語を言っていない。誰が私の席を取っているのか。そこがわからないのだから、俺が動く意味はないだろう。


 しかし、まああれだ。さすがの俺でも、彼女が何を言いたいかくらいはわかる。つまり、自分の席を取られているけれど、わざわざ名指しでいいたくはない。そんな冷え切ったプライドが彼女の言動の理由だろう。




「だから、」


 彼女が俺への嫌味を言い終える前に俺は席を立つ。


 だから、から生じるはずであろう怒りの言葉、俺への侮辱の言葉を聞きたくないがために俺は起立した。




   心無いことを言われるだろうということと、実際に言われたっていうのは、ぜんぜん違うものだ。




 実際に自分の悪口をクラスメイトから聞いた時は、悔しさや怒り、悲しさすら通り越して、無に帰すからな。


 そのあと徐々に事態を掴んでどうしようもない悔しさが襲ってくるからたちが悪い。


 悪口は凶器っていう表現はあながち間違っていないどころか、真実のようにさえ見える。




 だから銃刀法だけでなく、悪口禁止法を作ってほしい。まあもし実現すれば女子どもの会話は過疎化して、みんな孤立することになるだろうから、やめておくけど。やば、みんな悪口言いすぎだろ。




「早くどいてよ。もう。」


 彼女の怒りに満ちたその強気な言葉に俺の胸はドキリとした。恋に落ちたのではない。




 ただ、もぞもぞと胸の底から湧き出るトラウマ(目の前で、自分の悪口を公然と聞かされた惨めな思い出)が這い出てきそうになったのだ。


 持てる力でトラウマを追い返し、眼下に映る己の足を左右に動かそうとして歩こうとした。ここはなにか愚痴を呟かれる前に戦略的撤退が最善だからだ。




 俺は、とりあえず歩き出してみた。すると、彼女と目があう。4つの目玉が互いに交差したのだ。


 俺がさっきまで俯いて椅子に座っていたのが、歩きだすために目線が上に移動したからか。


 


 彼女を捉える俺の目には、当然だがそんな彼女の姿が落とし込まれていた。




  沖縄の海のように清涼感のある髪質。


 若干茶色がかったその明るい髪は肩のすぐ上で、自由に垂れていた。


 そんな髪が覆う彼女の肌は、マイクロコンピュータのように精緻でだがしかし、フレッシュを感じさせるその幼い目が一段と映えて見える。




 華奢と言わせるその慎ましい背格好には、けしからん爆弾が二つもついていた。高校生には見えないその外見は、幼い瞳とその間にギャップを生成し、まるで化学反応のように新しい自分を常に魅せていた。




 こんな子が同年代でいるのか、と驚愕し、そして彼女の次の行動にもっと驚愕した。


 急に俺がさっきまで座っていた椅子を、持ち上げて教室の外に運び出したのだ。そして彼女は呆然と見つめる俺に向かって一言。


「早く手伝って。そこの机を運んで。」


 俺は言われるがままに机を運ぶ。人は意味不明の事態には頭が働かないのだ。




 俺が教室の外、廊下に机を言われたとおりに運ぶその背中を突き刺す視線はもうなかった。


 解放されたのだ。


 しかし焦ったこの脳にそんな情報は届かない。というかまずそんなことすら忘れてしまっていたのだ。


 彼女が印象的すぎたのだ。




 想像イ・ジウに重い机は俺の肩が悲鳴を上げるほどに厄介であった。




 俺が歩くたびにミシミシという木造の床も俺の方同様に悲鳴を上げているようだった。


 しかしその悲鳴を聞くものは俺の鼓膜以外存在しない。


 小さくて、か細いその声にならない叫びは、広い教室に出る前に水素のようにポンッと、小さく発散した。




 ドゴンッ。


 机を廊下の床においたあと、解放された己の肩をさすりながら彼女に話しかけた。




 後ろ姿はまるで花瓶に生けられた水仙のようだ。




「なあ、あんたさなんで席なんか移動させたんだ。ああいうのは、教師とか大人とかがやるもんだろ。勝手にやってよかったのか。」




 その問いの答えに俺は何を求めていたのだろう。




  彼女が、生徒会やそれに準ずる役職だということを知って、やっぱり外見がいい人は、能力もあるんだな、とか納得したかったのか。




 教室の扉を超える直前で振り向きながら告げられた答えは、常軌を逸するものであった。




  「え?私は、君の言う先生なんだけど。」




 は?彼女が先生?




 俺と同い年じゃないのか。そのクリリとした幼気な瞳も、華奢な体も、全部大人の女のものなのか。俺は眼の前に示された現実という事実に理解できなかった。


 できないのではない。拒絶が正しいだろう。


 彼女が同級生で助けている内に親しくなってそのままゴールイン。そんな妄想はただの妄想だったのだ。




「えっと、同い年じゃないんですか。」




 俺は確かめてみる。まだ信じれなかったからだ。彼女が先生だということが。せめてその口からきくまでは、理解したくない。




「君の担任だ。どうかな。この問いで満足してもらえたかな。」




 頬が火照った彼女の口元が上下に動く様子は見ていても飽きることがなく、それ以上に、もっと見ていたいと、俺の衝動を駆り立てた。




「この後オオオ、お茶とかどうですかアアア。」




 テンションがバグった。否、テンションだけでなく、TPOも見誤った。すべてを間違えた。俺の問いですらない、心の叫びは教室と廊下の間で響き渡った。




 同仕様もないこの思い。可愛いなと思った女性がまさかのの大人の教師。


 俺の目はついに節穴を超えて、穴すらなくなったのだろうか。


 そんな心から湧き出る不安と、周りからの不審な視線は俺の脳を容易く破壊した。


 高校二年生。新学期


 その後始まった初めてのSHRは俺歴史上もっとも長く感じた時間であった。




「あぁ、あの時計止まってるんじゃないかぁ。」




 声ですらない、ただの声帯のぶつかりによる音は、俺の口内だけを響かせた。




 


  


 


 


 


 





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