第六章(結末A案):「再生」能力の強制発動
塔の声が、わたしを包み込む。
逃げ場は、どこにもなかった。
わたしは、この塔の、無限に続く恐怖のループの、新たな一部となる運命を悟った。
塔の声が響き渡る中、絡め取られたわたしの身体は、抗う術もなく宙へと持ち上げられた。
足元からはぬるりとした触手が、まるで根を張るかのように食い込み、身体の内側へと侵食していく。
肉体が溶けていくような奇妙な熱と、神経が直接撫でられているかのような不快な痺れが全身を駆け巡った。
それは、塔のシステムがわたしの神経を直接弄っているかのような感覚だった。
未来のわたしの像は、闇の奥で静かに、しかし威圧的に佇んでいた。
その空洞の眼窩から伸びる光の糸は、わたしの眼窩に吸い込まれ、脳髄の奥深くへと侵入してくる。
同時に、わたし自身の刻印が、全身で熱く脈打ち始めた。
それは、血管を駆け巡る血潮の動きとは異なり、内側から細胞そのものが変容していくような、おぞましい胎動だった。
「…さあ…始めよう…お前だけの…宴を…」
未来のわたしの口から紡がれた言葉は、塔の意志と完全に同期していた。
その瞬間、わたしの脳内は、まるで堰を切ったかのように、おびただしい数のイメージと感覚の奔流に飲み込まれた。
最初に現れたのは、これまでに経験した「恐怖」の数々だった。
構成体に足首を掴まれた瞬間の冷たいぬめり。
刻印が皮膚を突き破る、あの得体の知れない痒みと熱。
仲間たちが肉塊へと変貌していく、グロテスクな光景。
そして、闇の中で響き渡る、飢餓に満ちた囁き声。
それら全てが、記憶の断片としてではなく、**今、この瞬間に再体験しているかのように、五感の全てを巻き込んで襲いかかってきた。
**腐敗した肉の匂い、アンモニアの刺激臭、そして自身の肉が焼けるような甘い匂いが、再び鼻腔を満たす。
だが、それは序章に過ぎなかった。
恐怖の奔流は、やがてわたし自身の記憶の範囲を超え始めた。
それは、塔がこれまで吸収してきた、無数の「落下者」たちの集合的な絶望だった。
――視界が、一瞬にして、異なる光景へと切り替わる。
薄暗い通路を、何かに怯えながら走る男。
背後から迫る異形の影。
男の恐怖が、自身のものとして脳に流れ込む。
肺が悲鳴を上げ、足がもつれ、息が詰まるような窒息感が襲う。
――次に現れたのは、深い闇の中、身動きの取れない女だった。
女の視点は、まるで自分がその場にいるかのように鮮明に感じられる。
冷たい粘液が全身を覆い、**皮膚の内側から細胞が溶け、組織が変質していくような、形容しがたい不快感が支配する。
声にならない悲鳴が、わたしの喉の奥から込み上げるのは、痛覚ではなく、純粋な嫌悪と絶望の表出だった。
**その匂いは、焼けるような酸味と、生臭い体液が混じり合った、言語を絶する悍ましさだった。
――子供の泣き声。
母親を呼ぶか細い声。
しかし、その声は肉塊と化した母親の残骸の前で途切れる。
子供の絶望と、理解できない恐怖が、わたしの心を掻き乱す。
それは、映像と、音と、匂いと、おぞましい生理的変化の混合した、おぞましい記憶の奔流だった。
わたしは、それぞれの「落下者」の最期の瞬間を、彼らの視点から、彼らの痛みではなく、彼らが感じた純粋な絶望と、肉体が変質していく生理的な異常感覚で、**あたかも自分が彼ら自身であるかのように、強制的に「再生」させられていた。
**彼らの皮膚が溶け落ちる感覚、骨が砕ける音、意識が混濁していく苦痛が、わたしの身体と精神を容赦なく引き裂いていく。
わたしの「再生者」としての能力は、塔のシステムによって、恐怖を無限に増幅し、供給するためのツールと化していたのだ。
塔は、わたしを介して、過去のあらゆる恐怖を再演し、それを新鮮なエネルギーとして吸収している。
そして、わたし自身の精神もまた、その途方もない情報量と苦痛の連続によって、少しずつ、しかし確実に、本来の形を失いつつあった。
未来のわたしの像は、その間もずっと、わたしの眼前に鎮座していた。
その口元は、かすかに動いている。
「…もっと…深奥へ…より濃く…より深く…」
それは、命令だった。
わたしを、さらなる恐怖の深淵へと突き落とすための、未来の自分自身からの、冷酷な命令。
そして、その命令に従うことに、わたしの意志は、もはや介在しない。
脳内を駆け巡る無数の悲鳴、異形の光景、そして皮膚の奥底で蠢く刻印が、わたしが塔のシステムに完全に組み込まれつつあることを、まざまざと示していた。
意識の断片が、塔の巨大な構造物と重なり合っていく。
わたしは、この塔そのものになっていく。
否、すでに、わたしは塔だった。過去のわたしが、この塔の餌となり、未来のわたしとして、また別の過去のわたしを誘い込む。
無限に続く、終わりのない、恐怖の饗宴が、今、まさに始まろうとしていた。
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