ABC杯③別れる覚悟
その日の夜、みさき先生からメールが届いた。
開くのに勇気がいった。
会ったんだよね。
先生が私じゃない誰かと会う。
それを想像しただけで涙が溢れ
同時に
罪悪感みたいな
黒くて嫌な感情にがんじがらめにされる感じがした。
『会えたよ!
やばいの、やっぱり大好きすぎるー!
色々思い出しちゃったよ(泣)
一途なんだよね〜誠実でさ。
待ち合わせの感じも好きだったの思い出した。
頑張る!絶対よりも出したい!
向こうも思い出したと思うの、最高潮だった頃。
て言うかメールじゃ書ききれないよ〜
早く学校来て!』
ただただ涙が出て、なにも考えられなかった。
ちはちゃんとメールするときみたいだなって思った。
友達とメールする感じ。
友達だもん。
「あらかなちゃん、コンタクトどうしたの?」
「なんか眠れなかったら目が痛い」
泣きながら寝たからコンタクト無理だった。
「オシャレなメガネに変えたい」
「早く終わる日に駅ビル行ってらっしゃいよ」
朝ごはんのおにぎりにかぶりつくいたとこで、お父さんが新聞を下ろしてこっちを見た。
「早く終わる日あるなら
紫藤先生と嶺先生に来るように言って。
まだ泡盛もあるし」
無理。
「行ってきます」
「かなちゃん残ってるわよ」
「帰ってから食べる」
大会2日目。
重い気持ちが足までも重くする。
引きずりながら球場に到着した。
「あれ?田沢さんは?」
「今日は大学、補講日だって」
吉田先生がスコアシートを重ねて卓でトントンする。
「かなちゃんなんでメガネ?」
「目が腫れて」
「寝る前にジュース飲んだんだろ、おねしょするぞ」
「しないし」
機械のスイッチを押して回り、バックスクリーンに今日の試合予定を表示する。
「かな〜審判室行ってこい」
「あ、監督
山下さんに練習メニューメールしといて」
「書いてないのか?ボード」
「こっちに直接来たし」
お茶とコップ、布巾を持って審判室へ。
窓を開けて空気を入れ替える。
ここはいつ入ってもおじさん臭い。
そしてテーブルも大体汚れてる。
「かなちゃん」
ドアも開けていたから気付かなかった。
「今日たけのとこにきつねうどん食べに行かない?」
「あ…」
「明日早いよね?第一試合。
食べたらすぐ送るから」
「今日は…その…」
「何か予定ある?」
「えっと…」
「そろそろ会いたいんだけどダメ?」
「今…会ってる」
「そういうことじゃなくて」
距離を詰めた先生が私の手を取る。
先生の甘い匂いが心の奥にかすめ
「ご…ごめんなさい!
今日は帰りたい…ちょっと疲れてて…」
その手を払ってしまった。
先生はみさき先生を好きだったのかな。
大好きなあの優しい笑顔も、空気も、甘い匂いも
私のためだけにあったんじゃない。
わかってるつもりなのに。
昨日、何を話したの?
やっぱりみさき先生なの?
いつもは楽しい大会期間が苦しかった。
グラウンドに帰りたい。
そしたら考えなくて済むのに。
泣かなくて済むのに。
『本日の第一試合…成城高校と…
天堂学園高校の試合は…間も無く開始でございます…』
マイクのスイッチをスッとスライドさせる。
「あーーお腹すいた」
「まだ弁当も届いてませんが」
隣でパソコンとボールカウントを押すのは監督。
「あ、さっき職員室でもらったんだった」
ポケットから出てきたのは変形した
「これ何?」
「博多通りもん、味は一緒だ」
監督のぬくむもり満載のぬるい通りもんをいただいた。
「お前大貴と喧嘩してんの?」
「してないけど」
「田沢が怪しいって言ってた」
「どこが」
「まぁお前大体野球絡むとそっけないもんな」
「そんなことないけど」
「ほら、始まるぞ」
審判が出てきて、ベンチ前に並んだ選手が位置につく。
主審の合図で駆け寄り、球場の空に大きな声が響き渡る。
守備に散る選手。
そのタイミングで私はマイクのスイッチを入れた。
『第一試合…成城高校対天堂学園高校…
まず守ります天堂学園高校の…ピッチャーは…』
先生はチケットやスタンドにいて、全然降りてこない。
避けたのは私なのに。
先生が離れてしまう不安に潰されそうになった。
避けるということは
そういうことなのに。
これで終わりなの?
「お嬢さんバッターコール」
「あ」
私がそう仕向けてそれを選んでいるのに、心のどこかで終わるはずないと思ってる。
じゃあみさき先生の気持ちは?
先生の気持ちは変わらない?
会って話して変わったかもしれない。
「どうしたんだよ」
「ごめん…」
「みや子さん呼ぶ?」
「い…いい!大丈夫!ちゃんと出来る!」
集中しなきゃ。
私と先生がどうなっても、ここで係をすることは続くんだから。
「疲れた?
終わったらマック行って帰るか?」
先生がいなくなったとしても大丈夫。
「練習行ってから」
「あいつらお前が帰ってくるの待ってるぞ」
私にはみんながいる。
野球がある。
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