ABC杯②手強い元カノ


「あとなんだ、行動班と飛行機とバス」


修学旅行の班決めがあるという。

淳一はビール片手にプリントと睨めっこ。

「ホテルは?」

「3〜4人」

「これ男女混合ダメなの?」

「そりゃダメだろ」

「いやホテルじゃなくて他の」

「特に決まり書いてないんだよな」

「じゃあ3人で組ませよう、それしかない」

しばらく考え込む淳一。

「よし、ダメと言われたらまた考えよう」

「先に確認するとそうするしかなくなるしな」

空になった缶を持って立ち上がる。

「大貴まだ入ってる?」

「ちょうだい」


修学旅行の班割の作戦を練る深夜。


「あとは部屋だよな…」

「男女混合でいいのに…」

「彼氏のセリフと思えないな」

「人数分けするのほんとストレス」

学校というところは、どうしても男女に、数人に分ける作業が出てくる。

それを決めるホームルームは嫌な汗をかくことも多い。

サッと決まる子たちとそうじゃない子がいる。

どこか入れてやってという言葉は絶対に言いたくない。

どれほど傷つけ屈辱的か。

決める側の教師でさえ、種類は違えど苦しいというのに、本人はどんなに苦痛か。


部屋分けは、野球部の子たちは助けてやれないんだ。

それをわかっているから淳一も頭を抱える。


「なんなら淳一の部屋でいいのに」

「それな」

「よし、名簿順」

「反発でない?」

名簿の上から順に線で区切っていく。

「それ最後2人じゃない?」

「ほんとだ」

やり直す。

「よし完璧」

かなちゃんの名前の前後の2人。

「どんな子?」

「わからん、でもそんなに派手な感じじゃない」

目立つような見た目や言動がないから淳一はわからないと言うんだと思う。

それだけで決めつけられないけど、ましかもしれない。

「最初に部屋割り言って落としてから

 行動班は自由でいいぞって餌やるか」

「うん、その方が反発は少ないかも」

そんな決め方だった。

クラスのことを考えていない、たった1人の女の子のことだけを考えた班割りの仕方。


「公私混同駄目教師2人爆誕」


そんなことを言って笑った。




かなちゃんの様子がおかしい気がすると言えなかった。


淳一が何も言わないということは学校では変わりない。

ということは僕だ。


連絡がないのはいつものことだけど、それとは違う。

かけた電話に折り返してくれないし、メールも返事が必要な内容じゃなければ返信はない。


忙しいのは承知しているけど、それだけではない気がする。


だからABC杯が始まったのはタイミングが良かった。

絶対に顔を合わせるし、避けることはできない。




「おはよう」


振り向く2人。


「はざーーっす」


眠そうな田沢くんの少し後ろで、かなちゃんはスッとうつむいた。


何かあるのは確かだと確信した。


「かなちゃん」


「おはようございます」



事務所に入るとブラインドを上げ始めた。

「田沢くん給湯室わかる?」

「オッケーオッケーお茶ね

 冷水機持ってくるよ」

春の大会、選抜に行っていてここにはいなかったから、田沢くんがどこまで把握しているのかはわからない。

だけどなんだろう。

ずっといたかのような馴染みよう。

倉庫の鍵を取り靴を履いた田沢くんが出ていく。



田沢くんにお茶の準備を振ったのは、そこまで考えていた訳じゃない。

田沢くんが行って2人になる。


「かなちゃん」


「……」


え?


「た…田沢さん待って!

 給湯室は私行くから冷水機だけお願い!

 両方は大変だよ水こぼしちゃう」


靴を履いて追いかけていく。



初めてだった。


困惑したような、泣きそうな表情の中にほんの少し




僕に対しての拒否を感じた。





ブーブーブー

ポケットの中で震えた携帯。

メールの差出人は



みさき




僕はたぶん、今のかなちゃんより露骨に拒否を表していると思う。


『今日何時にどこに行ったらいい?』


ため息が出た。


本当は会いたくなんてない。

何度言われても気持ちは変わらないんだ。


『終わる頃連絡します』送信





「田沢さんそれそこです」

「コンセントこれ?」

「うん、それでコップそこの台に」

「かなちゃんやかん貸して」

「ゆっくり入れ…」「ぎゃーー!」

アハハハ

「ゆっくり入れないとそうなります」

「言うの遅い!」


ほんとにこっちを見ない。

何があったんだ。



「田沢くんこっち立ち上げできる?」

「イエース」

「かなちゃん、上の準備手伝って」

「えっと…」

「いちゃこくなよ〜」ヒューヒュー

「言い方古いね」アハハ


「かなちゃん行こう」


チケットブースの鍵を取り事務所を出る。

「金庫は持つよ、貸して」

「うん」

「あ、かなちゃん戻るときにコーヒーよろ」

田沢くんが財布を出す。

「田沢くんいいよ、僕も飲みたいから買ってくるね」

「ラッキー」


「行こっか」


球場の表に出ると、太陽が眩しく照りつけた。


「今日は暑くなりそうだね」

「うん…」


ずっと俯いたまま。


階段を上がり、2階エントランスのチケットブースを開ける。


「かなちゃ…」「先生…」


顔を上げてくれた。


「うん、何?」


「先生今日…終わってから行っていい?」


なんで今日なんだ…

みさきを断る?

だけど早く終わらせないとまた家に来るかもしれない。


先延ばしにすると、ちゃんと話そうと覚悟した気持ちが折れてしまうかもしれない。


なにより、余計な不安を与えたくないんだ。




「ごめん、今日は人に会う約束してるんだ」




「誰…?」




「かなちゃんの知らない人だよ」




それからかなちゃんはいつも通りだった。



「かなちゃん大丈夫?両方」


アナウンスをしながら記録を取る背後から声をかけると、振り向いて笑った。


「大丈夫〜!」

「俺の心配もして!

 もう電話いやだーー!」

「交代来て、ちょうど電話鳴ったら地獄〜」アハハ

「すぐ戻るね」


人が足りず、事務所は田沢くんとかなちゃんだけで、合間合間に吉田先生や僕が様子を見に顔を出した。


2試合目は青藍が試合。

4試合目はうちが試合。

試合が終わって事務所に行くともう片付けは終わっていて、ブラインドを下ろした薄暗い事務所で、かなちゃんと田沢くんと淳一が遊んでいた。


「もぉ監督ずるい!」

かなちゃんが淳一の手の平を叩く。

「煎餅が一定のリズムで焼けると思うなよ!」

煎餅って何。


「あ、大貴俺送ってくからいいぞ」

「監督マックは?」

「だから明日もあるだろ、早よ帰る」


「うん、じゃあお疲れ様」


駐車場へ向かう間、かなちゃんは一度も僕を見なかった。


先に出た淳一の車からも、こっちを見なかった。


いつもなら見えなくなるまで手を振るのに。




「や……」ハァ…



絶対何かある。




ブーブーブー

『そろそろ終わりそ?

 球場の近くのモスにいる』


開けた車の鍵をかけ、歩いて向かった。

車で送ったりはしたくない。


モスなんてあったか覚えがなかったけど、最近店が増えてきた埋立地の方に行くと、確かにモスがあった。


歩道に面したカウンターにみさきが見えた。

僕に気付き手を振ると、横の席を指す。

一緒にお茶をしたい訳じゃないし、そんなワクワクして手を振るような待ち合わせではないとみさきもわかっているはず。


『出てきて』送信


携帯を見て顔を上げたみさきはコーヒーカップを指す。

飲み始めたばかりなんだろう。


『飲んだら出てきて』送信


すぐ近くにあったバス停のベンチに座り、みさきを待った。


話が済んだ後、迎えに行ってもいいだろうか。

帰りがけの俯く顔がよぎる。


『これから少し会えない?』


送信を押す指が迷う。


会いたくないと思っているとしたら。

気持ちが離れてしまったとしたら。



「大貴お待たせ!」



お店から出てきたみさきが嬉しそうに駆け寄る。


『先生!』


思い出すのはあの顔。

僕を見つけて喜びを溢れさせるあの笑顔。



「みさきごめん」

「え?」


「何度も言うけど、もう家に来るのやめてくれないか」


「だって…」


「好きな人が…大切な人がいるんだ」


「だってそうでもしなきゃ会ってくれないじゃん」

「会う必要はないだろ。

 僕はもうみさきと戻ることはない」

「一方的にそうされたら私の気持ちはどうなるの?

 私は大貴とじゃないと幸せになれないよ。

 諦めて我慢するしかないの?」

「ない」

「そんなの酷いよ…」


変わってないな、みさきは。

あの頃と同じだ。


「この先、絶対に彼女しかありえないんだ。

 少しも不安になってほしくないから

 家に来るのも連絡してくるのもやめてくれ」


はっきり言うしかない。

何度も無理だとは伝えた。

それでも諦めてはくれない。


「大貴がその人にそう思うように

 私は大貴をそう思ってるの」


今更なにを、と言いそうになる。

だけど過去はもういいんだ。

それを責めるつもりはない。



「思うのはいい。それはみさきの自由だ。

 でも受け入れることはない」




「そんなにズバズバ言わないでよ…

 私、傷ついてるよ…」




「僕は困ってるよ、みさきが聞き入れてくれなくて」




結局、みさきがわかったと承諾することはなく、話は平行線だった。




RRRRR RRRRR RRP


球場に、車に戻りながら電話をかけた。

だけど出なかった。

寝たとは思えない時間。

かかってくる事もメールもなかった。








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