いちご味じゃない

本日決勝戦。

試合ではない、ただのお当番。


「かなちゃん、嶺先生、お昼ご飯食べて来た?」

「私パン持って来ました!」

窓の外のグラウンドは静か。

まだ塁の土の上にはシートが被せてある。

高須先生は窓を開け、お弁当の包を開けた。


「高須先生のお弁当美味しそう~」

「ホント美味そう」

愛妻弁当感がすごい。

「奥さん、料理上手なんですか?」

「あ、うちの奥さんも同級生だよ

 智くんも知ってる」

「そうなんだ!」

高須先生とうちのお父さんは高校の同級生だったと冬に発覚。

*参照①

「うちの奥さんの友達が智くんのこと好きでね」

「えぇ?!」

「智くんはモテたもんな~

 成績よくて運動もそこそこ

 そして誰にでも優しくて裏表もない」

信じられない。

「お父さんモテる感じするじゃん」

「でしょ?二物も三物も与えられたタイプ」ワハハハ

「絶対ウソ」

早く球場に着いてしまった高須先生と監督と私が食べ終わる頃、吉田先生と先生が来た。


「準備終わってなかった」

「ご飯食べてた」

吉田先生は準備が終わってるんじゃないかと期待したらしい。

「かなちゃんボール取ってきて、紫藤先生」

「「はーい」」

倉庫は一塁側通用口を通り抜けた先にひっそりとある。

壁と同化した緑色だから、普通は気づきもしないかもしれない。

鍵を開け、先生が扉を開けるとむわっと香る埃臭。

「3ケースくらいでいいかな」

「1試合だしね」

先生が棚から箱をとり、私の腕に積み重ねる。

「重くない?」

「全然平気」

三箱目を乗せ、振り向く先生と

「あ、カラーコーン倒れて…」

先生の向こう側が気になった私が至近距離ぶつかる。


「わ、ごめん」


ニタァァァァ


体育倉庫ラブみたい!

いや、体育倉庫じゃないけど。


「痛っ」


「え…あ、かなちゃん待って

 ボタンに引っかかってる」


ぶつかった拍子に私の髪が先生のボタンに引っかかってしまったらしい。


それを解こうと真剣な眼差しの先生が超至近距離。

やばい…

なんてカッコイイの!

先生の空気が香る。


このままギュッとしてくれないかな。


「かなちゃん…」


「ん?」ウルウル


「見過ぎ」


するっと解けた髪の毛。

先生は私の手からボール箱を取って先に出た。





今日の当番は平和。

自分の試合はないし、メンバーは揃ってるからバタバタすることもない。


『本日の決勝戦…前浜高校対…

 工科大附属高校の試合は…

 まもなく開始でございます』


マイクのスイッチを切ると、スッとその横に置かれたのはいつものヨーグルッペ。

置いた人は微笑むだけで隣の記録室に去って行く。

「今日も先生が書くの?スコア」

「そうじゃねぇの?向こうにいるし」

隣がよかったな。

記録から干されている監督が隣に座る。

干されている訳じゃないんだろうけど、例えばよくある全ページでもあったこんな場面。


「大貴〜どっち?」


記録を付ける人にジャッジを確認する事はよくある。

隣の記録室はアクリル板の窓に仕切られ、ドアで行き来するようになっている。

その透明なアクリル板越し、記録をつける先生が「安打」と言うのが聞こえた。

「だと思ったけど〜」

と言いながらヒットのスイッチを押す監督。

あとで訂正する方が面倒だから確認した方がいいし、先生のこの感じも好き。

目線は記録用紙で声だけ返ってくるのが、窓越しに見える。

何かを書く時の先生の横顔が好き。


「かなちゃーん、バッターコールね」


苦笑いがこっちを見る、窓越しに。

それもなんか好き。


「恋する乙女か」

「ち…違うし!」

別に否定しなくてもいいんだけど。

「かっこいい?記録つける大貴」ニヤニヤ

「別に」

「公式記録書けるJKのお前の方が

 100倍かっけーけどな」

「え!」

でも誰も私にジャッジ確認してくれない。

「まぁでも」

窓の外のグラウンドに目を向ける監督。

我関せずの白熱の決勝戦に

「お前がどこまでわかってるのか知らないけどさ」

監督はあくびをかます。


「俺と大貴が同じ実力の選手たちで監督したとして

 俺は大貴に勝てない自信が絶対的にある」


「え?」


「公立の進学校でさ

 大した推薦も優遇もないとこで

 甲子園のベスト4に勝ち上がらせるって

 どんだけだよって話」


「そっか」

確かに青藍は私立で、野球部に対する力の注ぎ様はすごいかもしれない。



「もし大貴が青藍だっ…」

「でも監督は連覇したよ!」



「お前とあいつらの力だ、俺じゃない」



指導者としての実力とか、そういうのはわからない。


そう語る監督の表情がどこか嬉しそうだし、その事に負の気持ちがあるようには見えない。

それはなんだか安心した。


監督にそう言わせるほど、先生は野球人としてすごいのか。

自分のチームでもないのに若干微笑んでグラウンドを見つめる目。

ペンをクルクルしたり、スコアシートを眺めたり。


ここにいる先生は、私にとって野球じゃないんだと思う。

グラウンドで、試合で会うのと違う。

気持ちの部分じゃなくて、本能的な何かで、先生は好きな人になったりまるっきり他人の、対岸の人となるんだと思う。


そんな事を考えるぼんやりアナウンスで決勝戦は幕を閉じた。


「全部片付けか~…だりぃ」

と、リセットボタン押しながら監督がぼやくように、大会最終日すなわち決勝戦の後というのはだるい。

全てを片付けなくてはならない。

ここは市営球場。

高校野球の専用球場なわけではない。

所詮は借り物。

「手あいたら審判室撤収してきて~」

「誰か旗おろして」

「補助員にスタンド見回らせて」


「かなちゃん上行って精算してきて!」


と言う吉田先生からの命を受け、チケットブースへ向かう。

監督はバックスクリーンのてっぺんの旗を降ろしに行ったし、先生はそのまま記録室片付けてるし。

チケットブースへ行き、補助員だった立真舘の選手にはスタンドの見回りへ行ってもらい、入場券の半券数えに勤しむ私。

大人、中高生、子供、優待、外野、それぞれに色が違うチケットがある。

それの枚数と現金を合わせるというなんともアナログな世界。

だから大体役員が付いてると、都度、10枚合わせして精算の時に楽しようとするんだけど、なんということでしょう…


チケットばらっっばら


少しも数えられてない。

一から数えるパターン。



窓口のシャッターを降ろして、水色の券から数える。

数えたら捨てるだけだからホチキスがもったいなくて、10枚ごとに置いていく。


丁度240枚を数えた時だった。


急にふわっと入り込む風。



それに舞うチケット。



わ、すごい



花が舞う景色と一瞬重なる。



「あ、ごめん」



チケットブースの扉を開けたのは先生だった。



「もぉ~!ノックしてよ!」



床に舞い落ちるチケット。


キャスターが滑る椅子は、床にしゃがみ込んだ私に押されて壁にぶつかり離れていく。


「また1からじゃん…」


半券を拾い集めていると、すぐ目の前に先生がしゃがみこむ。




目が合う。





「先生、手伝いに来てくれ…」




何が起こったのかわからなかった。




拾い集めた半券がまた空に舞う。




先生の手が私の手首を取り





極至近距離な先生と





唇が重なっていた。







苺の味は?





と思った瞬間、耳と頬と、何故か背中が猛烈に熱を発した。





「あんま見つめないで」




離れた唇の間から、先生の声が聞こえた。

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