第4話 公開捜査(ホラー)
テレビがついている。
ここは室内で、2人の青年が丸いちゃぶ台を囲んでテレビを見ている。
「特集!! 公開捜査!!」
テレビには音とテロップが同時に流れ出す。
画面の向こうには白い長机がアーチ状につづいていて、6人の男女が老若問わず一列に並んで座っている。
「スタジオにはM・Tさん35歳のご家族にお越しいただきました」
実際には番組の中では、M・Tさんの名前は実名である。この35歳の女性は半年前、急に姿を消したという。
「M⋯⋯!! 帰ってきてちょうだい⋯⋯!!」
60代を過ぎたという母親がハンカチで涙をぬぐっている。
「失踪時、Mさんの持ちものは財布とハンドバッグだけとみられる。実家のMさんの部屋はMさんの失踪当時のままになっている」
画面に部屋の中が映る。壁際の書棚、白い花柄のふとんカバーをかけたベッドと大きなくまのぬいぐるみがいくつか映っている。カーテンはピンクの花柄にしてある。
場面が変わり、スタジオの机の中心に座った男性が映る。男性は隣の席のMさんの母親に話しかけた。
「Mさんはぬいぐるみがお好きだったんですか?」
「ええ、そうです。とても大事にしていました」
「そんな大切なぬいぐるみをそのままにして、いなくなられたんですね?」
「M⋯⋯!! Mー!! 帰っておいで!! なんでこんな心配させるの!! もう!!」
母親はわあっとまくしたてるように言う。
「髪型も服も全部、私が決めてました。本当に手のかかる子で⋯⋯!! 就職先だって、進学先だって私がついていっていっしょに探したんですよ? それなのにこんな、こんなことになるなんて⋯⋯!!」
テレビを見ていた二人の青年ははたと、ちゃぶ台のつまみをとる手を止めた。
「なあ、なんか、異常じゃね?」
「髪型と服、親が決めるか? 普通?」
二人の青年はテレビの画面を見直した。まちがいなく、
『M・Tさん(35)』
と右上にテロップが出ている。
画面の中央にはスタジオで号泣する母親の姿を映しながら、画面の下1/4くらいには青い背景が敷かれ、『情報提供』の赤い文字列の下に、黒いふちどりに白抜きの文字で電話番号の数字が表示されている。
画面左手から若い女性のスタッフがやってきて、机の後ろからレポーターの男性にクリーム色の電話の子機をわたす。スタッフはふたたび左手へ去っていった。
「えー、今、情報提供の電話が入っております。〇〇県の女性の方です。ーーもしもし、Mさんに似た方の情報をおよせいただいているとのことですが、」
「はい、まちがいなくMさんだと思います」
中年の女性の声がスタジオに流れている。
ざわつくスタジオ内の出演者たち。
「失礼ですが、情報提供者の方のお名前は教えていただけますか?」
「サイトウと申します」
「サイトウさんはMさんとはどのようなご関係でいらっしゃいますか?」
「職場の同僚です」
「なんのお仕事ですか?」
「衣料品の販売です」
「薬品会社の関係ですか?」
「いえ、服です。服を売ってます、アパレルです」
「ああ、失礼しました、医薬品ではなく、洋服のほうの『いりょう』ですね?」
「そうです」
「さきほど、Mさんに間違いないということでしたが、どのような点でそう思われますか?」
「彼女、写真の人にそっくりだったんで、びっくりして⋯⋯。今はロングヘアーなんですけど、」
男性レポーターは隣の母親に向いた。
「Mさん、失踪時はベリーショートということでしたが⋯⋯」
「ええ、Mにはベリーショートしか似合いませんから、私が母に言って切るようにさせてました。実家の母が美容師なものですから」
「なるほど。それでは、もし、サイトウさんのご同僚がMさんだとしたら、ウィッグかなにかをかぶっていることも考えられますね?」
「意外です、Mはずっと短くしてましたから。長いのはあの子には似合わないので」
テレビの会話はこのあと、サイトウという女性の職場にいるという女性とM・Tという女性との共通点のすり合わせに入った。どうやら、女性の特徴は35歳のM・Tという女性にかぎりなく近いらしかった。
スタジオの母親は泣いて喜んでいた。
取材班はサイトウという女性に取材したい旨の約束をとりつけていた。
画面の外では、つまみの柿の種とピーナッツがつきて、皿がわりのティッシュが一枚だけちゃぶ台の上に残っている。
二人の青年はだまって画面を見つめながら、ちゃぶ台から缶ビールをとりあげて、ちびちび飲みつづけた。
画面の向こう側、白いハンカチで目もとを押さえている老婆が、はたして善意の人間なのだろうかと疑問に思いながら。
それは、岩陰に逃げようとしたカエルから無理やり、隠れている岩を持ち上げて日の下にさらすような、そんな後味の悪さだった。
二人の青年はそのさまをつぶさに見たのだった。
M・TさんのMーー女性の名前はマナミ。
『愛美(マナミ)』ーー。
ーーほんとうにその先に悪意がないと、あなたには言えますか?
※この物語はフィクションです。
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