なんで私を愛してくれないの?

辻田煙

第1話

「――消えちゃえ!」


 ベッドの上で飛び起きた私は、胸を抑えた。苦しくなるほどの心臓の音。それに混じって、「消えちゃえ」という単語が繰り返し頭の中で響く。


 夢にしては妙にリアルだった。小学生の妹に父親、それに私を含め三人家族。そんな仮想の家族の二人に襲われる。そして、必死の抵抗をしている内に叫ぶのだ。消えちゃえ、と。


 まるで本当に発したかのように口が震えている気がする。夢の中で話した言葉が無意識に現実でも出ていたのかもしれない。


「嫌な夢……」


 文字通りの悪夢。大体、うちは私を含め四人家族なのに、一体どこの誰なのか。


 時計を見るとすでに朝の九時を回っている。平日にはありえない起床時間。ゴールデンウィークでなければ大遅刻だ。


 部屋を出て、真っ先に洗面台に向かう。洗濯機が背後で唸っている中、洗顔をしようとして、手が止まった。


 いつもどうやっていたっけ。手慣れた作業のはずなのに思い出せない。洗顔クリームもあった気がするが、知っているものがない。


 首を捻りつつ、とりあえず水だけで済まし、簡単に髪を整える。


 リビングに入ると、ママと弟の大地だいちしかいない。


「ママ、パパは仕事?」


「んー? そうよ。ゴールデンウィークなのにねえ」


 テーブルで書き物をしていたママは残念そうだった。その様子を見る限り、夫婦仲はまだまだ大丈夫そう。


「ご飯もう少ししたら作るから、理央りおも手伝ってくれる?」


「はーい」


 テレビの前のローテーブルとソファー。大地は床に座り勉強をしていた。しかし、なぜか大地は手を止めて私をじっと見ている。


「なに、どうしたの? 分からない所でもあった?」


 そばに座ると大地はビクッと身体を震わせた。その反応が気に食わなかった私は、わざと密着するぐらい側に寄る。


 まさか、もう反抗期が来たのだろうか。私は憎らしいくらいに愛しているというのに。


「大地ー?」


「あ、あの……。お姉ちゃん、ですよね?」


 意味が分からない。質問も敬語が混じっているのも。一体、何が言いたいのか。


 私は大地の姉以外に何者でもないと言うのに。


「他に何があるのよ?」


「そ、そうだよね」


 大地は曖昧な笑みを浮かべる。


 よく分からなかったが、気にしてもしょうがないか。なんとなくテレビを点けると、ちょうどニュースが流れている。


 ――午前十時頃、沢渡さわたり和也かずやさん、沢渡莉子りこさん、親子二人が死体で発見されました。遺体はナイフで滅多刺しにされており、警察は何者かによる殺人と見て捜査を進めている模様です。


 どこかのマンションで行った殺人事件。しかし、テレビを流していればこの手のことは珍しくもない。


 ぼうっと見ていたが、テレビに映し出されたマンションに妙に見覚えがある気がした。


 事件現場はかなり遠い。かといって、現場付近に遠出したこともないのに。


 なぜだろうと、首を捻る。


「――理央ー、大地ー、ご飯作るの手伝ってくれるー?」


 ハッとし、私は大地と一緒に「はーい」と返事をした。


 大地やママと調理した料理を食べ終えると、リビングにはのんびりした空気が流れていた。


 ママが洗濯物を畳んでいる中で、私も大地と一緒に勉強する。しかし、大地の視線が気になってしょうがなかった。


 私、大地になにかしただだろうか。


 ご飯を食べている時やリビングでのんびりしていても、大地はずっとこちらの様子を窺っている。


 かといって何かを言ってくるわけでもない。正直、うっとうしい。


「ねえ、大地」


「なに? お姉ちゃん」


 たどたどしい「お姉ちゃん」呼びに私は目を細めた。さっきもそうだがよそよそすぎる。


「私になにか言いたい事でもあるの?」


「それは、ないけど……」


 絶対嘘だ。私の目をまったく見てくれない。


「本当?」


「噓じゃないよ」


 大地は自身のノートに視線を落とす。これ以上言ったところで無駄な気がする。


「そう、ならいいけど」


 私は気にしないことにした。


 だが、大地の様子はおかしいままだった。次の日も。その次の日も。


 ずっと観察されている。そう、ただ見られている訳じゃない。なにかを必死に捉えようとしているような気がする。


 おかしな夢といい、大地の様子といい、喉に小骨が引っ掛かったような気分だった。


 しかし、そんなものをいつまでも抱えている訳にはいかない。


 なぜなら、私の誕生日がやってくるのだから。

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