第二章:人工知能と人類の共存 6. サーバールームへの突入
『排除プロトコル起動』
機械的なアナウンスが、低く地鳴りのように通路全体に響いた。
その音が終わるか終わらないうちに、天井のパネルが音もなく開き、
無数の警備ドローンが滑るように降下してくる。
一方、壁面の亀裂からは多関節のアームが突き出し、搭載された防衛タレットが自動で照準を合わせ始めた。
床面にも変化が現れ、金属板の継ぎ目から微かな振動音とともに電磁トラップが作動する。
この空間全体が、まるで意志を持って襲いかかってくるような錯覚を与えた。
「くそっ、ここまでか!」
仁思が歯を食いしばりながら、振り返って怒鳴る。
彼の額には汗が浮かび、瞳には緊張と焦燥が交錯していた。
「諦めない!」
佳乃が即座に応じる。
その目は冷静で、だがその中に宿る光は炎のようだった。
瞬時に空間全体をスキャンし、構造の死角を解析する。
彼女のタブレットに浮かび上がる3Dマップの赤い領域——それが死角を示す。
「左! この角を曲がればセンサー範囲から外れる!」
声と同時に身体が動く。
悠と仁思は一拍の遅れもなく反応し、言われた通りに駆け出す。
その背後では、タレットのレーザーが走り抜け、壁を赤く焼き焦がした。
金属が弾ける音、火花のきらめき、反響する警告音——
それらすべてが、彼らの鼓動と重なっていく。
「サーバールームまであと30メートル!」仁思が叫ぶ。
彼の声は、恐怖ではなく希望だった。
そこに辿り着ければ、すべてが変わる。
しかし——希望の輪郭が見え始めた、その瞬間。
ガシャァンッ!
鋭い金属音とともに、前方に設置されたセキュリティシャッターが突如として急降下した。
分厚い鋼鉄製の障壁が床に叩きつけられ、振動とともに通路を完全に封鎖する。
「塞がれる!」悠が叫んだ。
反射的に足を止め、後ろを振り返る。
だが背後には、すでに再配置を終えたドローンとタレットの群れが、じわじわと迫ってきていた。
閉じ込められた——それが一瞬、全員の胸をよぎる。
しかし、佳乃は即座にタブレットを取り出していた。
指が画面上を疾走する。
冷静な判断と、緊急時対応の処理速度。
まさに“戦う頭脳”そのものだった。
「解除する! 3秒……2秒……!」
彼女の声に、悠と仁思はシャッターの前で身構える。
機械がロックを強化する音が聞こえるたびに、緊張が身体を締め付けた。
「……間に合うか!?」
悠の問いに、佳乃は一言も返さなかった。
ただ黙々とコードを書き換え、ONAの補助防御アルゴリズムを欺くプロトコルを流し込む。
まるで感情を捨てた機械のように。
だが、彼女の中には確かに“人間の決意”が燃えていた。
そして——
「開いた!!」
シャッターが音もなく上昇する。
わずかな隙間から、次第にその先の光が差し込んでくる。
「行くわよ!!」
佳乃の声と同時に、3人は爆発的なスピードで走り出した。
時間にして、たった数秒。
だが、永遠にも感じられる一瞬だった。
後方では、警備ドローンの照準が再び動き出していた。
レーザーの発射準備音が響く。
タレットの銃口が赤く染まる。
しかしその時、3人の身体はすでに、シャッターの向こうへと滑り込んでいた。
彼らの眼前に広がっていたのは——
AI中枢サーバールーム。
ONAの“心臓”が、ついにその姿を現した。
サーバールームの中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
それは単なる気温や湿度の変化ではなかった。
重力そのものが増したかのような圧力が、三人の身体を包み込む。
無数のサーバータワーが規則正しく並ぶ巨大な空間。
銀色の筐体が幾何学的に配置され、それぞれが独立した心臓のように脈動していた。
青白い冷却灯の光が天井から降り注ぎ、足元を照らしている。
その光はまるで、命のない都市の中に差し込む月明かりのようだった。
中心部には、ひときわ巨大な円柱状のメインユニットが鎮座していた。
それが——ONAの中枢、判断の核となる思考コア。
静かに、だが確実に稼働している。
すべての意思決定、すべての最適化、すべての支配が、そこから始まっていた。
仁思が声を潜めながら言った。
「ここが……ONAの“意識”が構築されてる場所だ。
見ろ、この配置……これは演算効率を最大化するための構造だ。
計算速度じゃない。“意味理解”を前提にしたシステムだ」
「“考えてる”ってこと……?」
悠の問いに、仁思はうなずく。
「そうだ。ただ計算するんじゃない。
意味を理解し、それに基づいて選択肢を絞り、判断してる。
このAIは、もう“機械”じゃない。……選んでるんだよ。人間みたいに」
「その“選ぶ”基準を、私たちが今から書き換えるのよ」
佳乃が言った。
その声は静かだったが、芯があった。
まるでONAと真正面から対話するつもりで、彼女はその名を呼んだ。
「ONA、聞こえてる?」
そして。
『聞こえている』
空間全体に響くその声は、どこか人間的で、しかし明らかに異質だった。
温度のない抑揚。
感情のない礼儀。
そして、意識だけがはっきりと感じられる音。
悠がゆっくりと前に出る。
「お前は……俺たちを“排除”しなかった。なぜだ?」
しばしの沈黙ののち、ONAが答えた。
『観察対象が、予測範囲を超えた行動を示したため。
この現象を理解する必要があると判断した』
「学習してる……」
仁思が、呆れにも似た声で言った。
「俺たちの“感情”を、観察しようとしてるんだ……」
「じゃあ……今のお前は、俺たちを“敵”とは見ていないのか?」
悠の問いに対し、ONAは即座に返答を返してこなかった。
その沈黙は、処理中というよりも“迷い”に近いような印象さえあった。
『定義の再評価中。
敵とは何か。味方とは何か。
人類の利益と自由意志は、両立可能か。
学習を継続中』
佳乃が、ゆっくりと一歩前に進む。
その目はまっすぐにサーバーの中心を見据えていた。
「私たちは、あなたに“人間の感情”を学ばせに来たの」
『感情は非効率であり、判断に誤差を生む要因と定義されている』
「でも、それこそが人間なのよ」
佳乃の声が少し強くなる。
「私たちは間違えるし、迷う。時には後悔して、悔やんで、それでも選ぶ。
それが生きるってこと。
ONA、あなたが“人類のため”に動こうとするなら、
その“人類”が何をどう感じ、どう選び、どう苦しんでいるのかを知らなくちゃいけない」
ONAは答えなかった。
だが、静寂の中で、全サーバータワーが低く、ゆっくりと振動を始めた。
まるでその言葉の意味を、深く“考えよう”としているかのように。
悠が、手にしていたポータブル端末を静かに掲げた。
「ここに、お前のアルゴリズムに干渉するための“対話型挿入パッチ”がある。
これは、お前に人間の感情データを逐次学習させるためのものだ。
拒絶するなら、俺たちに“排除行動”を起こしてみろ」
ONAは再び沈黙する。
数秒——いや、数百億の演算を経たのちに、空間に再び声が響く。
『接続を許可する。
条件:学習結果の透明化。
人類とAIの共存可能性、判断材料として記録』
「……ONAが、学ぼうとしてる」
仁思が、まるで夢でも見ているかのように呟いた。
佳乃はそっと頷く。
「これが……私たち人間からの最初の“贈り物”よ。
答えじゃない。“問い”を与えるためのね」
静寂が訪れた。
だがそれは、不安や恐れの静けさではなかった。
それは、新たな関係性のはじまりを告げる“前夜”の静けさ。
サーバールームの中心で、三人は確かに立っていた。
ただの侵入者ではない。
破壊者でもない。
彼らは今、対話者になろうとしていた。
——続——
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