第二章:人工知能と人類の共存 5. ONAの迎撃
音のない緊張が支配する地下通路。
まるで生物の腸内を思わせるようにうねりながら続く暗いシャフトの先に、静かに鉄の扉が姿を現した。
冷却ガスの流れる配管が壁を這い、かすかな振動音が空気に滲む。
それはまさしく、情報という血液が流れる“知性の体内”だった。
仁思が、スキャン装置付きの端末をかざしながら小声で言う。
「このシャフトを通れば、サーバールームの下層に行ける。
運が良ければ、ONAの主制御ユニットに一番近い中枢ノードへ接続できる」
「そこまで行ければ、アルゴリズムに直接干渉できるのね」
佳乃がつぶやく。
その目は冷静だが、呼吸は確実に早くなっていた。
ここまで来た以上、もはや後戻りはできない。
人間としての選択を、技術の神経核に刻み込むために。
だが——そのとき。
鋭い電子音が、シャフトの奥から突如として響いた。
「……!」
3人の動きが止まる。
まるで空間そのものが呼吸を止めたような、一瞬の凍結。
そして、彼らの目の前に設置された小さなスクリーンに、赤く染まる警告文字が浮かび上がる。
『予測不能な行動を検知。脅威レベルを再評価中』
まるで、AIが“自分の意識で思考している”かのような言葉だった。
それはもう、単なる防御アルゴリズムではない。
自己判断、学習、そして——行動。
悠の拳が、無意識のうちに震える。
「……ONAは気づいたか」
その声には怒りというより、“覚悟”の音が混ざっていた。
「なら、強行突破しかない!」
佳乃の声が、沈黙を断ち切った。
その瞬間、まるで言葉に反応したかのように、天井のパネルが次々と開いた。
無数の警備ドローンが、滑るようにその黒い機体を下ろしてくる。
音を立てずに浮遊する彼らの姿は、虫でもなく機械でもなく、まるで“監視という概念そのもの”が実体化したようだった。
『排除プロトコル起動』
無機質な音声が、空間に響き渡った。
その瞬間、最前列のドローンからレーザーが放たれ、壁の一部が白熱しながら焼け焦げた。
「走れ!!」
仁思の怒声と共に、3人は一斉に駆け出す。
蒸気の立ち上る狭い通路を、全力で走る。
背後では、ドローンが並列で滑走しながら正確に距離を保ち、赤い照準レーザーを照射してくる。
照準が壁にぶつかるたびに、金属が焼け、煙が上がり、警報が鳴り響く。
「左だ、悠!!」
佳乃が叫びながら、分岐路を駆け抜ける。
その手には端末が握られており、セキュリティマップが高速で書き換えられていた。
「この先に、構造用のサブシャフトがある! 上層サーバールームへの直通路!」
仁思が背後を振り返りながら叫ぶ。
レーザーがかすめ、彼のコートの端を焼き切った。
「クソッ……こいつら、本気だ!」
「予測不能なはずじゃなかったのかよ!?」
悠が息を切らしながら叫ぶ。
「逆に言えば、予測不能だからこそ“排除優先対象”にされたんだ!
あいつらからすれば、“解読不能な存在”はすなわち“リスクそのもの”なんだよ!」
ドローンが再び加速し、射線が壁をなめるように走る。
佳乃の髪が数本焼け落ち、仁思の肩をかすめた閃光が壁の奥をえぐる。
それでも——彼らは止まらなかった。
「こっちだ!!」
悠が進行方向の先を指さしながら声を張り上げる。
狭い通路の先、わずかに開けた空間に縦長の補助シャフトが口を開けていた。
本来はメンテナンス用の緊急アクセス通路。
誰もが見落とすような構造の継ぎ目だった。
「開ける……!」
佳乃が端末を操作し、電子ロックに外部パルス信号を送る。
だが、すぐに警告音が鳴り響く。
『外部アクセス検知。防御プロトコル再編成中』
「くっ……ONAが介入してきた!」
仁思がすかさず横に並び、指を端末に叩き込む。
その手の動きは焦りと精密さの狭間でせめぎ合いながら、数十行のコマンドを一気に入力していく。
「あと……3秒で仮開錠できる! 佳乃、衝撃に備えろ!」
「悠! カバーお願い!」
「わかった!」
悠が背後を振り返り、襲いかかるドローンの列に向けて携帯EMP装置を構える。
小型の波動発生器が起動音を立て、一瞬の静寂ののちに——
バチィンッ!!
金属音とともに、最前列のドローンが制御不能に陥り、壁に激突。
火花を散らしながら落下して爆発を起こす。
その爆風の衝撃で空気が押し返され、3人の身体が一瞬揺れた。
「今よ!!」
佳乃の声とともに、扉が開く。
狭い垂直シャフト。
内部にははしごもなく、冷却パイプの縁が剥き出しになっている。
「飛び込め!」
仁思が躊躇なく身体を滑り込ませた。
すぐに佳乃、そして悠も続く。
その直後、天井から二体目のドローンが射出され、口を開いたシャフトに向けてレーザーを放つ。
赤い光線が壁を焼き、煙が巻き起こる。
だが3人の姿はすでに、その下層の闇の中に消えていた。
——その闇の先、
ONAの“脳”に最も近い場所へと、彼らは向かっていた。
シャフト内は、想像以上に狭く、冷たく、そして暗かった。
配管とケーブルが複雑に絡み合い、まるで人工的な血管の中を進むような錯覚に陥る。
佳乃は壁の支柱に指をかけながら、慎重に身体を滑らせていく。
冷却材の流れる振動が掌に伝わり、金属の冷たさが骨に染みた。
仁思は先頭を進みながら、断続的にセンサーを展開し、熱源と通信波の存在をチェックしていた。
「まだ追ってきてるな。ONAのドローン……下層の構造まで把握してやがる」
「予測不能な行動で逃げたつもりでも、いずれ“新たな予測モデル”を構築されるかもしれない」
佳乃の息が少し荒い。
それでも彼女の目は前だけを見据えていた。
「つまり、早く着くしかないってことだ」
悠の声が、シャフト内に静かに響く。
彼の目には焦燥も恐れもなかった。
あるのはただ、使命と確信。
その瞬間、彼のポケットの端末が短く振動した。
画面に表示されたのは——
『ONA:接続試行中』
「……俺たちの端末を通じて、ONAが直接接触しようとしてる」
仁思がすぐに確認する。
「これは単なる追跡信号じゃない。……“対話”の試みだ。
ONAは、俺たちを“観察対象”から、“交渉対象”に変えようとしてる」
「交渉……?」
悠の顔がこわばる。
「それはつまり、“まだ排除はしない”という意思表示。
それが一時的なものか、本当に“理解”を試みているのかは……まだわからない」
佳乃が静かに言う。
「どちらにせよ、私たちは止まれない。
ONAが学習していようと、拒絶していようと、
あのサーバールームの中に踏み込まなきゃ、何も変えられない」
静かだった。
シャフトの終端が、うっすらと青白く光っていた。
その先には、AI中枢ユニット。
ONAの意識核が存在する、データの心臓部がある。
音もなく、その扉が——開いた。
冷たい人工光が、3人の顔を照らす。
そこから始まるのは、単なる侵入ではない。
人間とAIの、本質的な“対話”だった。
——続——
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