月光の騎士、故にその名を万夫不倒

 「チィッ!」


 ヴォルフガングのもはや何度目かも分からぬ舌打ちであった。

 圧されている。目の前の剣技の冴えに、圧されている。


 振るわれる一斬を迎撃し続けることに問題はない。問題なのは位置。

 空中戦も交え、双方何度も位置を入れ換えながらの斬合死合であったが、趨勢として二機のNEXTはバグダッド、その居住区へと突入しつつあった。


 不味い。

 この男の奇怪な剣は恐らく、機体の整備庫が少数あるのみで限りなく平地に近いこの実働部隊拠点よりも障害物、掩体が多く存在する居住地帯の方が牙を剥く。そして何より―――


 「やるしかない、なァ!」


 腹を括る。

 微かに視線を動かし、カメラアイを動かすと同時、アノーニムが視線の先の廃ビルへと旋回移動し、回し蹴りを叩き込む。瓦礫の群れが散弾めいて飛翔する。当然、こんなモノはNEXTにとって何の痛痒にもなり得ない。であるならばこれは囮。相手がアクションを起こすより前、盾の打撃を背後に振るう。勿論、当たらない。だが動きは一瞬止まる。


 再びの目線移動。アノーニムがその先にある周囲より少し高い廃ビルへと飛翔、次の瞬間には微塵に刻まれる。その瓦礫の一弾一弾を足場として変則的な動きでこちらに近づくアノーニム。もはや剣術でも何でもない。"理外"という単語が鋼鉄の血肉を得て具現化したかのようなその動き。この剣を受ける手立ては騎士剣術には存在しない。故に頼るべきはこの死合の間に見えた相手の癖と自らが鍛え上げてきた長年の経験。即ち――


 ――カァンと甲高い音が響いて、黒金のカタナが月光放つ黄金の盾に吸い込まれる。


 千載一遇。防御気味に構えられるパルスブレードをすり抜けるように突きを放ち、コクピットごと敵を一息のままに貫かんとしたその瞬間、アラート。

 上を見上げれば先程のビルの上部が落ちて来る。其は当に剣の冴えによって再現された、隕石――!


 「――ッ!」

 

 見つめずとも分かる。防御不能、下手に盾で受けようものならマニュピレーターがイカれる。領域は衝撃や機体負荷までカバーできるものではない。周囲は――


 思考を回す暇などない。推力に任せて機体を吹き飛ばし回避、続いて大地に足を踏みしめて、盾を前に押し出し、機体を叩く衝撃波を受ける。


 舞い上がる粉塵で塞がれる視界の先、敵はパルスブレードを逆手で握り占めた左マニュピレーターの指と指の股に何か、細長いモノが――


 あの構えには覚えがある。

 剣鬼が近距離戦しか得手とせぬなど、慢心の類でしかない。


 「投剣術――!」


 恐らく握られているのはビル解体の際に引き抜いたボルトか何か――いや、そんなことはどうでもいい。恐らく敵の狙いは――


 先程の衝撃でレッドアラートを吐く機体に構わず、ミニステリアーレを飛翔させる。NEXTの機体出力で振り抜かれた投剣など、その威力速度は砲弾と比肩する。


 「ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ――!」


 吠える。吠えながら、剣を構える。


 一つ、女子供が住まう建物に向かう一閃を断ち。

 一つ、戦いの疲れを癒す男のねぐらを狙う一閃を落とし。

 一つ、巨人同士の死合に怯える民の避難道を穿つ一閃を斬る。


 この三振の間、実に0.05秒。

 極限化された技術と技量が齎した、同時同瞬の防御斬撃。


 「やっぱりか――」


 ラーベが得心行ったかの様に呟く。


 「貴公、?」


 「貴公の眼の良さを信じさせて貰った」


 剣を振るうモノには、眼の良さが必要となる。


 剣道には「一眼二足三胆四力」という言葉がある。即ち剣の道を学ぶ者にとっての何よりの大事は「眼」であるという事。


 ここで言う「眼」はただ単に視力のみを指すのではない。


 敵の甲冑の継ぎ目はどこか。

 敵の守勢が崩れるのはいつか。

 敵の次の動きは何か。


 どのようにすれば、敵の肉を斬り、致命傷を与えることができるか。


 視覚的に捉える事が可能な情報全てを統合した、剣術死合における状況判断技術、それを「眼」と呼ぶ。

 

 その中には当然、敵の目線から「どう動かれるのが嫌か」を読み取る技術も含まれている。その為剣を振るう者達は敵の眼を見て、次手を組み立てるのだ。


 ヴォルフガングは、それを利用した。

 相手の剣技の冴えを感じとったが故に、ラーベ視点で次手の組み立てに使える『廃ビル』――即ち被害者になり得る民草がいない場所をチラリと見た。

 相手の絶技のキレを受け止めたが故に、自らの視点で狙われたくはない建物――即ち被害者になり得る民草が集まる場所をチラリと見て、攻撃ルートを限定した。


 振るう剣の理と、見抜く眼の理を極め抜いた果てにある絶技。


 

 


 「『万夫不倒』の名、見縊って貰っては困る――!」


 『万夫不倒』とは、「万夫デモ倒セズ」という意味のみを示す言葉ではない。

 

 ――その裏に含まれた意味。即ち、「」。

 

 事実として、ヴォルフガング/ミニステリアーレが出撃した戦闘に於いて『暁たるネルガル』側に死傷者は、戦闘員非戦闘員含めて


 ――故にその名を『万夫不倒』。

 誰も彼もを守護すると、そう誓った、彼の誇りそのものを示す二つ名。


 勝負をかける。もう時間は残されていない。

 振るう剣に乗せるのは、速度か?機体重量か?そのどれも否である。


 ――剣威に乗せるのは、ただひたすらに、己の信念。


 「騎士がッ!」


 右の突き込み、左袈裟斬り、下段薙ぎからの盾打ちと派生させる。

 何度も何度も繰り返し響く金属音。


 「あァ……!」


 陶然としたような声を上げながら、ラーベが機体を後ろに下げ、仕切り直しを図らんとする。

 ――させん。


 「何故剣を振るうかッ!」

 

 一歩踏み込んで大振りの横振りを繰り出す。

 その一閃は受けに回ったパルスブレードの


 最早用を成さぬパルスブレードの残骸を投げ捨て、一刀の構えを取るラーベ。

 黒いカタナと月光の剣が闇夜を切り裂いて幾度となく交錯する。

 

 アノーニムがくるりとその鋼鉄の身体を翻し、下段を狙う。それを上昇で回避

しつつ、剣を前に突き出して突撃チャージ

 受けられる。最早何度目かも分からぬ拮抗。


 「何故武力を持つのかッ!」


 盾打ち。

 爆薬が爆ぜるような衝撃音が鳴って、目の前の敵を大きく後退させる。これ以上無い程明確な隙。

 

 「民を、力持たぬ者を――」


 振りかぶる。

 構えるは堂々たる大上段。込めるのは渾身の信念。裂帛の気合。

 嗚呼、賛美し賜え。これなるは破邪を誇る月光の一閃。守護者たる一撃。大音声。音も高らかに叫ぶ。


 「――ッ!?」


 だが、その口は騎士の誓いをいとも容易く裏切った。

 神経操縦適性が低いのにも関わらず、TMMを無理に使った代償。強固な精神力でTMM由来の精神汚染を強引に押さえ込んでいたが、それもここまで。


 高潔なる魂がドス黒い戦場の殺意の海で薄汚れ、過負荷を受けたシナプスの1本1本が火花を上げてブチ切れていく。


 「どうした、刃筋が乱れたぞ、貴公!」


 剣の鬼、その刃が迫る。

 鈍る意識の中でどうにかその剣を捌くも、先程のように互角の打ち合いとは行かない。

 一方的なまでの剣圧に、ただ翻弄されるばかり。嬲られているという形容が一番適切であったかもしれない。


 夜の廃墟都市に風斬り音と刃鳴りの音が繰り返し響く。


 「ガ……殺、違う、俺が、俺が剣を……理由は……」


 呻くように、己という存在を手繰り寄せるように、ヴォルフガングが呟く。

 それに対して、ラーベが返す言葉もまた、刃のようだった。


 「剣を振るう理由か?そんな物は決まっている。。在ったとて、それは余分だ。刃を濁らせる余分だ。斬り捨て破却すべき余分だ。思考が積み重なった分だけ刃は濁り鈍る。貴公も知っている筈だが」


 「フゥッ……死ね……ッ……」


 「暴力と殺しに御大層な修辞が必要か?義があれば暴力は許容されるか?信念は殺しを正当化するか?手前の殺しは上等でそれ以外の殺しは下等か?違うだろう。。引き金を引いた以上、"殺し"という一線を既に超克した以上、。殺しを厭い、それを声高に非難するのであれば、そもそも殺しの道具NEXTなぞに乗るなという話だろう。

 変わらないんだよ、俺もお前も誰も彼も。殺しの理由があろうがなかろうが、あるのは闘争とその結果としての無惨な死だけだ。それが全てだ。それだけでしかない」


 「違うッ!違……う!そんなモノでは……ッ、殺……ッ!ない!義も、信念も、意味を成さぬと、そう言うのであれば……ァッ!」


 ラーベは眼の前の対象に対する興味を、急速に失いつつあった。

 理想とやらに酔って、自らの所業に対してまともに向き合おうともしない、闘争者として風上にも置けない二流三流の愚劣。

 これで動きが冴えているのであればまだ見どころもあろうという物だが、月光の煌めきは急速に雲に陰り、その輝きは見られない。

 目の前にあるのは、最早何やら喚くだけの木偶でしかない。


 「あぁ、もういい」


 所詮、意味のない雑音。

 戦いの中に於いて、言葉など端から必要のないノイズに過ぎない。 

 いつまでもノイズを吐き散らすイカれたラジオは速やかにブン殴って止めなければならないだろう。この男の声を聴いているだけで、脳味噌の中に毒虫が這いまわっているような不快さが止まらない。


 「黙れ。斬る。」


 それは死刑宣告でも、決意表明でも何でもない。

 ただ"斬る"が故に"斬る"のだ。然るに、それは只の事実の再確認以外の何物でもない。


 凄まじい衝撃がミニステリアーレのコックピットに襲い掛かる。

 ヴォルフガングが朧気な意識で、前蹴りを浴びて機体が真後ろのビル街に叩きつけられた事を理解すると同時、ゴボリと湿った音が喉の奥から鳴って赤黒い血が口の端から噴き出た。それが最早、この機体衝撃故の物なのか、神経負荷がいよいよ身体の限界に達しようとしているからなのかも分からない。


 月が叢雲に隠れる様に、花が風に散りゆく様に、或いは微睡の底に落ちる様に、ヴォルフガングは、その意識を手放した。

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