Story 14. 価値ある三〇〇円

 陳列棚の森がひろがる。

 手前と奥をあわせれば、列が二桁あることはうたがいない。

 トリオが先行して、薫がしたがった。

 天井からぶら下がった案内パネルには目もくれず、まっしぐらに進んでいく。


「――が配信してた……コレだし」

「色、ついてるやつー?」

「ぷるぷる感が――」

「もう夏だよ? いらんくない」


 秒でクライマックスに突入した、ここはコスメゾーン。


「あのー、おやつはどうなったんでしょう」


 水を差さないよう、恐るおそるかおるがきいた。


――こうなるよね、やっぱ


 女子三人が薬局ドラッグストアにくれば、コスメは外せない。

 むらは想像したとおりの現状が気の毒で、


「じゅんび運動なんだよ」


 とわかるような、わからないような説明をした。


「そ、そーなのか」


 とトリオの生態観察にまわった薫は賢明だった。


 リップにはじまり、ネイル、マスカラ、ふたテープ……

 おませな小五女子はファーストコスメの豊かな知識をもっていた。



「つぎ、こちらでーす」


 と足どりにまよいのないひまりは、商品配置を知りつくしているようだった。

 たくさんの小袋菓子をまえにが品定めする。


「あたし、こっち~」


 と歩邑はとなりの通路に移動した。

 いつしかひまりも消えている。


「別行動かよ!」


 変幻自在の集結・散開は、まさしく観察に値する生態だ――と感心した。




――どれにするかなあ


 さっそくしゃがみこみ、箱菓子ゾーンで歩邑がなやんでいる。


 ♪クッキー、ポツキー、ラングドシャ、にゃー!

 ♪クッキー、ポツキー、ラングドシャ、しゃー!


 とそっきょうの歌を口ずさみながら。


 さいごが「にゃー」だったり「しゃー」だったりするのは、“ラングドシャ”がフランス語の“猫の舌”からの連想なのだろう。


――やっぱ、三〇〇円じゃムリだよ~


「きまったか?」


 薫だった。ちょっと困っているらしい。


「かぶらないよーにって、なに買えばいいのか」

「んとね~、たとえば……」


 歩邑は商品に手をのばし、つい口ずさむ。


 ♪クッキー、ポツキー、ラングドシャ、にゃー!


 思わずのけぞりそうになった薫が声をしぼりだした。


「なんだそれ、かわいすぎるだろ……」


 そういって、えもいわれぬ表情で立ちつくす。


「えっ、あたし……?」


 いっしゅんで耳までまっになった歩邑が顔をおおう。


――かわいいっていった? ええ~


「反則やめろ! 禁止禁止、歌禁止」

「じゃ……クッキーかラングドシャ……か、買ってよ」


 歩邑はうつむいたまま、交換条件をだす。

 赤面しているのを悟られまいとしたが、はたして。


「……クッキーと、ラングドシャ? ちょい待ち」


 薫に手首をつかまれ、歩邑はひっぱっていかれた。


――わ、わ、わ……なんだなんだ?


「これ! どっちも買えるんじゃ」

「あ! ああ~」


 プチだった。たしかに、これなら買えそうだ。


「ありがと薫! チョコチップとラングドシャにする」

「ぼくも――ココアと、紅茶、いちごミルク、もうひとつ買えるか」

「あたし、うす焼たべたい」

「なら、そーする」


――やったあ! 今日の運勢はサイコー?



 ふたりは佳奈とひまりのもとへ向かう。

 駄菓子の熱烈アピールに、佳奈もラス一でまよっていた。


「マシュマロとラムネ菓子……どっちだ。あ~」

「あたし、マシュマロたべたい」


 ひょいとつまんで歩邑がカゴに放りこむ。

 しばしのだんまりのあと佳奈は、まいっか――とたちあがった。


「で、とみながは?」

「たぶん……あっち」


 指さした歩邑と佳奈には、こころあたりがあるようだった。



 しゅるいの棚をわきにみてすすむ。

 ちょうどひまりが、こちらにあるいてきた。奥はおつまみコーナー。

 片手に一品ずつつまんで、


「ビーフジャーキーエーンドゥスモークチーズ」


 とネイティブっぽく自慢げに披露した。

 かんにさわったのか薫が皮肉る。


「ぜったいムリだろ、三〇〇円だぞ」

「程度――ですし、ウフフ……」


 とまったく動じない豪胆なひまり。

 さっそく、歩邑たちの商品をチェックする。


「完全なかぶりはありません。が――」


 と薫に視線を向けた。


「クッキー類が多いので三種のうち、ひとつは別のにしませんか?」

「紅茶やめて、チリタコス!」


 と、なぜか歩邑が手をあげる。


「はいはい、みながわには勝てないな。交換したらレジいくわー」


 と薫が笑う。


 歩邑の楽しい遠足イベントは、もうはじまっていた。

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