Story 10. つたえたい真相

 ならんであるく。

 商店街を東へ、むらの家のほうへ。


――今度はあたしの番、つたえなきゃ


「みられちゃったんだ、涙」

「ぼくが正解できなかったせいで――」


 歩邑が上体をよこに倒してかおるのほうを向く。


「あたし――」



  △ △ △



「今日のあたし……ちがわない?」


 質問された薫は、あきらかに動揺していた。

 ろうばいしてあぶらあせをながすようすをみて歩邑は、ちょっと申し訳ないことをした――と思った。


 きっかけは、ほんのささいな好奇心だった。

 ほんとうに変化に気づくかどうかは二の次で、問いかけにどれだけ誠実に向きあってくれるかが知りたかった。


 茶化してくる可能性も考えた。

 スルーされる可能性も考えた。

 オウム返しの可能性も考えた。


 でも、どれもちがった。


――真面目に向きあってくれた!


 うれしくなった歩邑が大げさにヒントをだす。

 薫の席の、左側から右側にまわりこんで、


「どう……かな?」


 ときいた。

 あえて首をかしげることで、髪を故意になびかせたのだ。


 さらり――


 すなおな髪質のたまもの、一本いっぽんがサイドにながれて空気とふれあう。

 ハッとした薫の答えは、


「髪、切った?」


 と正解ではなかったけれど、


――しかったね


 と、こころの中でなぐさめられるほど歩邑は――しあわせを感じていた。



  ▽ ▽ ▽



「あたし――」


 薫のほうを向いていった。


「うれしかったんだよ」


 きらりひかってみえたのは――うれし涙。


――すっごくうれしかったんだよ


「? ?」


 不思議そうに薫が歩邑の顔をみる。


「真剣に考えてくれた。懸命にさがしてくれた」


――知るかよとか、ハァ? とかじゃなく……


 歩邑の「もう、いいんだ」に込められた意味。


「待て待て! がっかりして泣いたんじゃ――」

「やっぱり? 誤解させちゃったなー」


 歩邑はまたも、ぺろりと舌をだしてウインクする。


「ゴメンね。それと――ありがと」


 両ひざに手をつき、息を大きくフーッと吐いた薫は、


「安心した……」


 としぼりだすようにいって、からだを起こした。

 目尻からこぼれそうなひと粒を指ですくいとる。


「そこだよ!」

「どこだよ!」


――本気でなやんでくれて……ありがとう薫




 ごきげんの歩邑が、薫にまとわりつくようにうしろあるきをはじめた。

 うしろ手に組んでやや前傾させた上体を、右に左にゆらして楽しそうだ。


「なにやってんの?」


 薫の疑問ももっともだろう。


「わからないかね? 薫くん」


 くすっとほほ笑む。


 ちょっとだけ元気になった薫の、もっと元気な笑顔がみたい――りない歩邑のいたずらがさくれつした。


「ワイパーごっこだよ~」


 唐突なネタバレからの、ヒントその二。


「汚れてるんで掃除しまーす。わいぱー、わいぱー」

「ぼくの顔が汚いってか!」


 くすくす笑いながら、歩邑は顔を左右にうごかす。

 歩邑の髪が、薫の鼻先をかすめるほどのニアミス距離。


「ちょ……ちかっ」


 甘酸っぱい香りがこうをくすぐった気がした。

 薫が目を大きく見開く。


「シャンプーか!」


 とさけんだ。


「あたり」


 歩邑はニヤリとして、右手を高く上げた。

 おまけに背伸びまでして。


「仲直りのしるしだよ! ハイタッチ~」

「……届かないっての!」


 薫の苦情を待ってましたとばかりに、えへへと手を下げる。

 最高のスマイルだった。

 ふたりの手と手が、いきおいよく――ぶつかる。


 パァーーン!


「よっっしゃー!」


 ようやく胸のつかえがとれた薫の表情は、晴ればれとしていた。

 歩邑を傷つけてはいなかったし、歩邑の、そしてじぶんの笑顔もとりもどせた。

 最高のスマイルが――ふたつ。


――すっごくうれしかったんだよ

 薫、ありがと


 安らぎをとりもどした歩邑と薫。

 ならんであるくふたりの背中が、ゆっくり遠ざかっていった。


 第一章 アイツの帰り道

 ムジカク少女はネバギバ男子に意地悪する おわり

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