あれから、ずっと繰り返し(R15G)
「あに様、師匠、おはようございますわ」
一応皇女としての教育を受けたのだろう。朝部屋へ突撃してくる事はなく、朝の食卓で挨拶をされた。
「おはようベル。よく眠れましたよ、ありがとう」
「ぶー…やっぱり同じ部屋でお眠りになりましたのね」
「あぁ、助かった」
朝食を取りながら今日は皇宮へ行こうとはしゃぐ少女に昔の面影を感じた。
「ふふ、やはりあまり変わってませんね」
「あに様の方が変わってませんわ」
「まぁそれはそうか」
「アッシュ」
「それより先触れは出したのか」
「一応、今朝確認してからと思いましてこれからですわ。影があに様達の事は既に伝えているかもしれませんが」
「わかりました。ところでベル、ビアンカ様と一緒に暮らす予定はないのですか?」
「はは様には特に後宮にいる理由はないのだからこちらへいらっしゃらないかとお誘いしているのですが…、精霊宮でもなく後宮でお暮らしになりたいとおっしゃっていると聞きました」
「聞いたんですか」
「はい、わたくしは後宮へは入城ができないとかで…アリッサ様からお聞きしましたわ」
「……成る程?」
「シエル、顔」
物凄い笑顔だった。
❀❀❀
「お久しぶりですね、陛下」
「これはこれは、シエル殿お変わりなく。歓迎いたしますぞ。先頃は
「あぁ、あの日は少し顔を見せに寄っただけで、すぐに旅立ちましたもので」
貴賓室に通され軽く挨拶がてら茶を飲んでいると久しぶりに母に会いたいとベルがそわそわとせっつく。
「陛下!はは様は今日こちらへいらっしゃいますのでしょう?まだですか!」
「ベル、はしたないな。まだまだ子供ですか」
「ははは、先程君が登城した事はあちらへ伝えてある。もうすぐだろう、待っておくれ」
「もうー、今回はひと月お会いしてません、淋しいですわ」
「おぉ、それはいかんな…、どれいそがせよう」
「どうでもいいがくっつくなチビ」
「さみしいから仕方ないですわぁ」
ぎゅうぎゅうとアッシュの腕にまとわりつきながら甘えるのを見て苦笑を零す。この子は妹のようなものでアッシュも多少甘い。皇帝がチリリと鈴を鳴らし宰相に言伝ると急かすようにと近衛を走らせた。
子供のやった事だと12年前父親に罰を求めず放置したのがいけなかったのか、あの頃16程の少女だったというのに心を折りきれてなかったとは自分もまだまだだ。
『さて、どんな顔を見せてくれるのかな』
「お待たせをいたしました…、アリッサ・カロリーナ・ブラフォード参りました」
ふわりとドレスの裾を広げ優雅に礼をしてみせた。少女の面影は消え、少し色気を纏ったように見える。す、と何食わぬ顔で視線を上げたかと思ったが一瞬ピクリと動きを止めた。
「……ッ、ア…」
アッシュは目線を合わすのも面倒とでも言うかのように顔も上げないで腕にぶら下がるベルの額を指ではじいていたが気づいてはいるだろう。
「アリッサどうした?ビアンカ殿を早く」
「…あ、は はいただいま。ビアンカ様、こちらへ」
「…は、い。ご無沙汰いたしております陛下…、ベル…」
「はは様!」
アリッサの影から少し遠慮がちな様子で顔を見せ、ベルの姿を見て嬉しそうに笑顔を零した。少なくとも健在でいることに安堵する、が 少し足を引きずり疲れたような表情に眉をひそめる。
「ビアンカ様、お怪我でも?何だか…」
「あ…、え いえ何でもありませんわ…。最近少し関節が痛むことがあって、それ以外は元気でやっております」
「はは様お加減悪いのですか…、やっぱりわたくしとタウンハウス、せめて精霊宮で過ごしましょう」
「あ……、いい え…今のお部屋がね、とても気に入っているのよ。もう少し会えるように気を配るから…」
「そうですか…?」
「それよりせっかく久しぶりなのだから、庭に出てゆっくりしましょう」
昏い目と表情の消えた顔で母娘を見つめる令嬢が 固く固くドレスを握り込むのを、静かにカップを傾けながら視線の端で眺めていた。
❀❀❀
「アッシュ、そんな顔しない」
「他に方法はあるだろうに…、なんでお前がその姿になる必要があるんだ」
「まだ予想の範囲ですが、ちょっと頭にきましたので」
「前回来たのが4年前くらいか。あの時はまだ精霊宮にいらしたな…、ちびが成人したのがまだ最近なのは救いか」
「後宮の侍女頭とはね。一体何をしているのだか」
「理由はまぁ…、わかるが 思惑は全くわからん…」
深いため息をつくとチラリとシエルに視線を向ける。こんなお前を誰が自分以外の目に写したいものか。
「人間達の戯れくらい、普段ならば気にもとめませんが…、自分の後始末となれば仕方ない」
「…お前がそれだけ立腹するのは珍しいな」
「僕の可愛いペットに懸想だなんて…、身の程を知るといい」
「こんな時くらいは恋人と言え」
さら、と長い裾をひらめかせて俺の好きな、すべてを屈服させる制圧者の目で挑戦的に双眸を薄めた。最後に薄いヴェールで口元を覆ってクツ、と笑うと似合いますか?と首を傾げて見せる。
元々容貌は
「何よりも
「アッシュ」
「…わかったよ」
シャラ、と髪に飾ったプラチナの髪飾りがよく似合うのが憎らしかった。
後宮の端、人も通らぬ離れへの通路で何かを打つ音が小さく響き渡る。
「おまえが…ッおまえがあの時あんな女を精霊宮に引き入れなければ……ッ」
「あぁッ……ッ、ぅ……ッ」
「わたくしのアッシュ様が…ッあんな、何処の出自かもわからぬ女に…、あぁ…アッシュ様、まさか今もあの女と…」
ピシッパシッと鋭い音が止むことなく繰り返し繰り返し。
「どうしても…あの場所にわたくしが入り込む事が叶わない…何年経ってもあの光景がわたくしを
「…お赦し、を…、私はどうなっても構いませんが、どう かベルには、この事は…」
「言うわけがないでしょう…、憎たらしい事に大陸全土の民の命を握っているガキが…」
宮殿内のにビアンカの気配を探りふわりと薄暗い廊下に降り立つと、予想以上の場面に出くわして そっと柱の影に身を隠す。薄暗がりの中恐らくはムチの痕を知られないようにするためだろう、足の甲を血が流れ出る程に打っていた。
「わたくしのアッシュ様に馴れ馴れしく…、あのガキもめちゃくちゃにしてやりたいのを我慢してやってるのよ…ッ」
がしりとビアンカの下顎をとらえ憎々しげにぐりぐりと顔を歪ませるほどに手に力を込めた。
力任せに床へ放るとヒールで傷ついた足を踏みにじり悲鳴を上げ苦しむ夫人をにたにたと意地悪く見下ろす。年月を煮詰めたような醜悪な顔、憐れだとは思うが何を思うでもない、が 痛みに顔を歪ませるビアンカを見ていると少しだけ胸が落ち着かなかった。
そっと柱から姿を現そうとするのを背後から覆いかぶさるように抱き締められた。
「…ん、何を……」
「…待て」
ふと カツン、と小石を蹴る音に顔をあげた。人の気配、こんな時間にこんな場所へ…振り返れば柱の陰に誰かがいる?掴み上げた下顎を無造作に振り払い、声がする方へと意識をやる。
「アッシュ…、ぁ…こら…」
「じっとしていろ」
「だ……、誰ッ」
不意に何処からか聞こえる艶を含んだ声。アッシュ…?アッシュといったか?
まさか、何故貴方がここに?柱の陰で衣擦れの音と、愛しい人の半身が見えた。まさか、わたくしに会うためにこんな所まで忍んでいらしたの…?
ふら とそちらへ一歩足をやると、その腕の中に誰かの影が見えてギクリと身体を強張らせる。
「お、ま…、え……おまえ…、お前、が…ッ」
大切に守られるように優しく抱きしめられるのにカッと目の前が燃える。12年前から狂ったように目の裏に焼き付いた光景に絶望していた。
幻のような女。毎晩夢に出てきては
あの光景を見てしまった自分はもう2度と
あの幻は色褪せることなく、今も、これからも、一生自分を苦しめ続ける。
そして、あの女は、今また目の前に、現れて、今も一部の、遜色もなく、美しく、鮮やかに、存在して
ちゅ、というリップ音が頭の中を真っ白にした。
わたくしに再び見せ付けに現れたなんて!
「殺してやる!!」
髪を振り乱し、瞼を限界まで見開いて掴みかかろうと向かってくる女が憐れだった。アッシュが咄嗟に腕に庇う。
「…餌にかかる魚ですか。疑問も持たずに我を忘れるなんて」
貴賓室で見た彼女はまったく正気に見えた、大したものだ。時が経つうちにだんだんと彼女を蝕んでいたのかと思えば、無造作に追い払った自分も、あの一部の手心もなく異性を恋に叩き落とすアッシュも悪いのかな、などと考える。
「でも、ビアンカ様への仕打ちは許しません」
つい、と指を払えば鬼女のような顔で襲いかかろうとする女ががくりと動きを止めた。
「ガアぁアァぁぁ…、…か…ッ」
一瞬で、床に縫い付けられるように凍りついた片足に倒れきる事も出来ずもがいてそれでもシエルへと手を伸ばそうとする。
「…触るな」
「あまり無理に動けば、その足砕けますよ…」
「殺して…ッ殺してやる……ッ!」
わざとギリギリに届かない距離で傍をすり抜けると、ムチ打たれてボロボロの足で座り込むビアンカへと手を伸ばした。
「ビアンカ様…どうして
「…アッシュ様、と…あなた様は…、一体…」
「いえ、あの狂いようでは何も聞かなかったのでしょうね… すみません、浅はかにも彼女の恋心を最悪の方向へ刺激してしまっていたようです」
「ベル自身にも恨みを持っていたようで…、下手な言い訳は逆効果でした」
背後で暴れ狂う女に、一時の小さな怒りで悪戯に刺激してしまった事を少しだけ反省する。
「私がこんな扱いを受けたなんて…ベルにはとても話せません…」
「逆に脅しもされていた、と言うところでしょうか、人間の扱いと言うのは難しいものですね」
あの母を愛してやまない少女が知れば、怒り、嘆き、何も気づかなかった自分を憎みすらするかもしれない。
そんな感情が大地になんの影響も及ぼさないわけがなかった。
大陸の全民を人質にして狂った怒りをぶつけていたのか。
「まだ理性が欠片でも残っていたらしい事を感謝すべきなのかな、足の傷だけですんでいるうちにここに来れてよかった」
このまま放置していたら間違いなくエスカレートしていた事だろう。
シエルが小さく呪文を囁くと肌も破れ骨が見えかけていた足が塞がってゆく。骨折もしているらしく宮廷医師にも看せられなかっただろうに、相当辛かったはずだ。しかも狡猾にもそれでも歩けるようにだろう、左足のみに暴行している。
「治癒術…、聖女様でしたか。本当にありがとうございます」
「ん、僕の術だけでは綺麗に消えませんね、リリィ」
鈴の音のような笑い声と共に少女の姿をした精霊が現れふわりと周りを一周したかと思うと足元へキスをする。淡い光に包まれ傷は跡形も無く消え去った。
「あ、…え?リリィローズ様… え、まさか…」
「行きましょう、ベルが待っていますから」
にっこりと、今日初めていつもの優しい微笑を浮かべて、まだ信じられないという顔をした
背後では繰り返しアッシュの名を呼びながら啜り泣く女の声がする。
「あ、でも この事はあの
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