どれも同じ。

「え…ぁ…、ごめ、なさ…」


ふるふると頭を振ってにっこりと天使が微笑みを浮かべる。


「すみません、違うんです。責めていません、貴女は悪くない」

「ただ、神って奴らはって事で、それが一番簡単だって事だ」

「……シエルくんは、神様なの」

「いいえ」

「じゃあ…違うのに、神様みたいな事するの」

「…時には、ね」


悲しそうな顔をするシエルくんをアッシュさんが抱き上げる。あぁ…、安定の過保護だなぁとぼんやり思った。


「本当はね、この世界の安定の為にあの人を甘やかして、優しくして、笑えるように助けなければいけないんです。あんな風に我慢させないで、簡単に好きなようにさせてあげたらそれが一番なんです」


だって、闇が狂えば光を喰らい、光が消えれば闇も消えてしまうから。

何もない無の世界に生は存在できないでしょう。


「あの欠片達が戯れ合う事で、この世界は存在できてるんですよ」


だって退屈は神を殺すから


「神はいつも退屈してるんです、楽しいことをいつでも探していておもしろければ何でもしますし、飽きたら見向きもしません」

「お前と違って誰にも助けられずに見捨てられる人間もたくさんいる」

こくりと喉が鳴った。この人達は何を知っているんだろう。本当に、一体誰なんだろう。


ベリルでさえ、箱庭で飼われている神の玩具なんでしょう」

「…あのバカは彼奴等の手先みたいなものだ」

ふん、と鼻を鳴らしてアッシュが呆れたように言う。

やっぱりバカさんっていうのはあの方の事なんだろうか…。


「じゃあ…あたしの事、助けたら大変な事になるの」

「なりませんよ」

ふふ、と今度は悲しげではない優しい天使が笑ってくれる。ほ、っと安心した。安心、できた。


「僕が、歌いますから」





❀❀❀





次の日の昼過ぎに、本当に豪華な馬車が迎えに来た。

お世話になった男爵家では早朝から大騒ぎで、届けられたドレスを着付け、お化粧と髪を結ってくれた。ずっとこの家の令嬢達には羨ましがられてしまって申し訳無い気持ちでいっぱいである。


かといってよくあるような嫉妬からの意地悪な事をされたりするわけでなく、みんな話を聞かせてねと楽しそうに言ってくれるのは育てた男爵夫人の心根の良さからだろう。

加護持ちを保護して守った家門はお役目を果たせば新しい領地と爵位を一つ上げて貰えるそうで、メイドの仕事は貰ってたとはいえ簡単で楽なものばかりだったし、とても大切に扱っていただいていた。


『え、シエルくん歌えないんじゃなかったの』

『歌えないのではなく歌わないだけですよ』


あのまま二人とは男爵家の前で別れたきりだ。

いつ歌うんだろう。あたしも聴けるかなぁ。聴きたいな。

最後に少し零れる光が小さくなった白い花を髪に挿して準備はできた。

花が枯れて、加護が消えて、そしたらあの美しい神様がもしあたしを食べに来たとしても…、悲しまないようにしよう。


「マルル、お支度はいいかしら」


シャルドネ男爵夫人が迎えが来た事を伝えてくれる。優しい夫人だ、巻き込んでしまった事を申し訳なく思う。もし自分がこの地を去っても穏やかに暮らして欲しい。


門には豪華な馬車と、20代半ばくらいの長い亜麻色の髪を束ねた線の細い、優しげな紳士が待っていた。恭しく一礼をするとにっこりと微笑み右手を差し出す。


「本日エスコートを賜りました、キース・フェルディナンド・リーフと申します。我が主君の命により、これより城までご案内させていただきます、どうぞ」

「は、は、は…ハジメマシテッヨロシクお願いしますッ」


我ながらぎこちなく手を差し出すとそれはもうスマートかつ優しく馬車へ導いてくれた。凄い、流石だ。


馬車に乗るとゆっくりと馬達が走り出す。

街は少し浮かれていた。年に一度の生誕祭、と同時に建国祭でもあるらしい。一年で一番大きな祭りで、10日の間 国を上げて祝うと言うことだ。前夜祭はその始まりの前日、王による生誕祭の開催の宣言のような舞踏会だ。

大陸一の舞踏ホールが開放され、選ばれた各国の王、またはその代理と限られた貴族しか入ることも叶わない。

他にはない大陸唯一の美しいシャンデリアと、何十年に一度だけ聞ける歌姫の舞台があるという、生誕祭にだけ開かれるホールだ。

噂でしか聞いたことが無いが、何故か見上げるような高い位置に作られた手摺もない階段もない、足場だけが張り出した不思議な舞台らしい。どうやってそこへ登るのかも分からない舞台で、最後に使われたのは50年ほど前の前王の時代だと言う。

そんな昔ではその歌姫も生存されているかもわからないが、その歌声は大陸全土の人が今でも語り継ぐほどだ。子供の頃に隣に住んでいた優しい老夫婦が聞いたと言うが、若い頃にこの国に来ていたと言う事だろうか。


そして、我に返る。なんでそんな場所に今自分は向かっているのだろうか。ガタガタと足が震えて止まらない誰か助けて。


大きな扉の前で深呼吸をすると 大丈夫ですよ、と優しく声をかけられた。

ダンスを踊るのは無理だろうからと、ホールを見渡せる休憩ボックスを用意してくれていると言う事だ。もうそこへさっさと逃げ込んで一刻も早く一息つきたい。いやまだ何も始まっていないのだが。


両脇に立つ近衛がリーフ侯爵から招待状を受け取ると一礼して、恭しくゆっくりと扉を開く。

見たこともない煌びやかな世界に一瞬目眩がした、なんなのこの別世界は。


「これは、リーフ侯 本日はお見かけしないと思っておりましたら…、そちらはいずれのご令嬢でいらっしゃるので」

「お珍しい事…、もしやとうとうご婚約されたのかしら」

「悲しまれるご令嬢がどれほどいらっしゃることでしょう、ハッハッハ、うちの娘もそのうちの一人ですがな」


友好的にも探るようにも聞こえる貴族達の挨拶に、宰相様が先程までの優しげな笑顔ではない種の微笑みで応えている。王の最側近、その上中性的で穏やかな美形でこの若さ、婚約者がいないって本当ですか。

それはご令嬢方が黙っていないな…。こっそり冷や汗を流しながら休憩ボックスとやらを探していると聞き慣れた声に呼び止められた。


「やぁキース、ご苦労さま。マルル、これはよく似合いますね、可愛らしくしていただいたみたいだ」


かけられた声に静かに一礼で応える侯爵。剣士を従えた小さな美貌の少年に誰もが目を奪われていたようで、その少年に声をかけられ しかも宰相にエスコートを受ける見たことも無い令嬢が誰なのかとヒソヒソと空気がさざめくのを感じた。

い、いたたまれない…。


「シエルくん!わ、私なんかが来ていい場所じゃないのに、えっと、これからどこへいけばいいのかな?」

「君なんかがだなんて、どうしてそう思うの?」

「…だって私、ただの平民だよ」


ザワッと一瞬音が消え、すぐに囁きあう小さな気配が包む。まさかただの平民が、とあちらこちらから聞こえてきた。

にっこりと微笑む美しい少年が、マルルの手を取り可愛らしい仕草でその甲に口吻る。


「貴族とは、なんでしょうね」

「人だね、そして民もすべて等しく人だ」


ははは、といつの間にか金髪の美しい青年がシエルの傍にたっていた。アッシュがうんざりとした顔を隠しもしないのに思わず笑ってしまう。

周囲の貴族がさわさわと囁きあっていた声をおさめ、ハッとしたかと思うと一斉に頭を垂れ、礼をとる。


「僕も平民、と言うものなんでしょうが…」

「へぇ、そうなのかい?」


間抜けな顔で首を傾げる王様を尻目にちらりと周囲に目をやると少し意地悪くくすりと笑った。


「クロード、僕は貴族になれますか?」

「うん、君が望むのならこの国の大公位をいつでも用意しよう、領地は西の国境近くのリンデル辺りはどうかな」


さらりと答えるのに今度こそ声にならないざわめきが一瞬で会場を包んだ。


「あはは、簡単に言いますね」

「簡単な事だろう。なんなら王太子にでもなるかい?君は息子の様なものだし立太子する?50年くらい私の治世を譲ってもいい。君なら問題なく治めるだろう」


王の血族の存在しないこの国に、大公の爵位は存在しない。王太子などなおさらだ。なのに平民の少年に欲しいのならあげようなどとあり得ない事をさらりと口にする王に、誰もが驚きそっと囁きあう。神の欠片に代理などあり得ないのだから。


「まぁ、今はいりません。縛られるのも困ります」

「おや、残念だ。楽ができるかと思ったのに」

「まぁ簡単な事なんですよ」


たった今、マルルや自分に対して侮蔑の声や視線を寄越した貴族達は覚えた。まだまだ一部にはそんな高位貴族がいるのだなと呆れてしまう。

心根の優れた人々は驚きはしても向ける視線が違う、こんな簡単な言葉1つでわかってしまうものなのだ。

優秀な宰相は何食わぬ顔をしてマルルの手を取って控えているが、生誕祭が終われば直ぐに動いてくれるのかな。


「貴族が優れていて平民が劣っているなどと言うわけはありません、尊いだとか汚れているとかそんな違いもありません、ただの役割です。つまり貴女はそんな風に萎縮する必要無いんですよ。ご招待を受けた一人のレディです」


無礼とはまた違うものですがね、と平然と周りの貴族達の矜持を刺激するような言葉を口にする少年に、二通りの視線が向けられる。

侮蔑と感嘆。


人間とは、なんと小さくて可愛らしい。


マルルを休憩ボックスへと見送ると、自分もさっさと会場を見渡せる2階通路にむかった。手摺に行儀悪く座ると、万が一にも落ちないようにアッシュが両脇から腕を回して腰を抱きこむように肘を置く。

くるくると回る淑女達のドレスを眺めていたらこの舞踏会と言うものも滑稽にすら見えてくる。美しいステップ、リードする紳士達の腕に、身を任せて揺れる淑女達の身体。最後に一礼をするのまでを不思議な気持ちで眺めていた。


「貴族の儀礼と言うものもよくわからないな」

「…あれは楽しいのか。オルゴールの人形のようだな」


平民達を治め、統率する役目を軽んじているわけではない。それなりの重責とその見返りの裕福な生活だろう。長い歴史の中で必要にかられて出来てきた彼らの慣例も否定するわけではない。

だけどお前達が区別した階級を理由に、蔑んで、侮蔑の目を向け、足蹴にしていいわけではないのだ。

彼らの言う『高貴な血統』『下賤な血』とやらは一体何なんだろうか。


お前達はどれも同じ小さな命だろう?


くるくる回るドレスを無感動に眺めながら、同じ時間慈しみ合って簡素な食事をしているであろう人々が居るだろうことを考える。

こんな無意味な事も、君達にはとても大切な事なんだね。



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