35.最後の
『お前は、神なのか』
彼はその問いに笑ってみせた。
「だったらどうする?ああ、お前の理論で言えば神にならば罪を裁く権利があるとも捉えられるな」
「…………」
「最早反論する気力も無いか。……さて、それでは提案だ」
再び無表情に戻った彼は、右手の黒刀を【剣聖】に向けて言った。
「大人しく死んでくれ。これ以上は時間の無駄だ」
心の底から面倒である、という感情を前面に押し出している彼。
しかし【剣聖】は唯一の違和感を見抜いていた。
「警戒しているんだろう、お前は」
「……全く。最後の提案を、してやっているというのに」
「違うな。お前は俺を警戒している。……違うか」
彼は、思わず舌打ちをした。【剣聖】の目は澱んでいる。理由は、言わずもがな。
だが、同時にその澱みはそれ以外の一切の考えを捨て去った、とも考えられる。
【剣聖】も、彼と同じように右手を前に出した。
折れた長剣が溶けるように消えていき、溶けた残骸を元にして現れるのは虹色に輝く長剣。装飾らしいデザインは一切ない、簡素な刃。
その虹の光は膨大なエネルギーを秘めていた。
剣が現れると同時に、破壊と再生を繰り返していた右脇腹の傷が完全に再生。まるで時が戻ったように傷が消えていった。
「【天魔】の…………最後、の、魔術だ。俺の体と同化している。まさに、魔剣、だな」
自嘲するように呟いて【剣聖】は魔剣を構えた。怒りと憎悪に染まった瞳が彼に向いた。
対比的に見える二つの刃が、お互いに向けられる。
彼の黒刀と、【剣聖】の魔剣。
あらゆる色を塗り潰す黒と、あらゆる色を調和させる虹。
攻撃的な武器である刀と、対応力に優れた剣。
彼は、静かに最後の警告を行った。
「警告はした」
「違うな。お前は、この剣を、力を警戒している。二度とお前には騙されない。饒舌になって勝ちを確信したように見せかけていたが、俺を直接殺そうとしなかったのはこの力が理由だろう」
「……だから頭が回るやつは嫌いなんだ。大人しく諦めろ。そもそも、だ」
彼は、呆れた声色で【剣聖】に言った。
心の底から理解出来ない、そういった眼差しが【剣聖】へと向けられた。
「お前にはもう、何も無い。都市は崩れ、英雄達も人々も死んだ。戦う理由があるのか?」
「ある」
【剣聖】は確信を持って言った。
その言葉を言った、その瞬間。
纏う雰囲気が変化した。【剣聖】という肩書きを持っていた。この世界を守る使命を負っていた。
彼の言う通り、既に守るものは無い。
だが、それでも、【剣聖】は一人の人間だ。どれだけ自身に非があると言われようと。どれだけ不合理であろうと。
怒りは、憤りは、悔しさは、殺意は。
割り切れるものではなかった。
「お前を殺す」
何も無い、だから何だと言うのか。
大人しく死ね、そんな言葉に従う理由はない。
勝てるわけがない、ならば彼の完全勝利だけでも潰す。
勝利したところで何も変わらない、どうでも良い。
誰も帰ってこない、そんな事は分かっている。
ただでは死んでやらない。あわよくば、殺してやる。
殺意。
魔剣が軋むほどに、【剣聖】の右手に力が込められていた。
「全て失った。俺、以外の全てを。……お前は人間をよく知っているんだろう?なら、分かるはずだ」
彼は本能的に長刀を構えた。自身の前面に押し出すように、防御の構えを取ったその瞬間。【剣聖】は動きを終えていた。
空気が爆ぜたような、轟音が鳴った。
最早人間の出せる威力と速度ではない。防御は間に合わず、彼の左腕が宙を舞った。
そして、何よりの問題として。
彼の左腕の再生はすぐには始まらなかった。
「……消滅魔術か」
彼は、静かに黒刀を構え直した。
消滅魔術。簡単に説明すれば、全属性の魔術を極める事で、法則を無視して相手を消滅させる魔術。
普通は不可能だ。
そもそも、魔術の適正を持つ者自体が千人に一人の確率でしか生まれない。
二つ以上の適性は、魔術の適性を持つ者のうち、五人に一人。
全ての魔術の適性など、数百年から数千年に一人生まれるかどうか、という確率。
その才能こそが、【天魔】が英雄とされた理由。
そしてその才能全てで作り出されたのが、【剣聖】の持つ魔剣。使用者に対して、身体強化魔術、知覚強化魔術、治癒魔術を。弱体化、即死耐性を。魔剣による攻撃には、消滅属性を付与する。
魔剣を警戒する彼へ。
その憎悪に満ちた視線を向けた【剣聖】は落胆したように言った。
「弱い」
彼は【剣聖】の憎悪に満ちた視線を真っ向から受け止め、言葉を返した。
「【天魔】を犠牲にして尚、その程度の力のお前自身が、か?」
「何を言って……!?」
【剣聖】の右腕から血が噴き出た。再生した事で既に痕は見られないが、決して浅くは無い傷が腕に刻まれていた。
「違うか。この世界の住民全員を犠牲にし、怒りを原動力にしてもなおその程度の力、と言い換えた方がいいか」
「……ッ」
「どうした?……俺を殺すんだろう?」
再生した左手で、来い、と言うように。彼は、【剣聖】を挑発した。
「さっさと斬りかかってこい。終わらせてやるよ」
その言葉の返事は、斬撃だった。
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