34.善悪と罪咎
凡そ、彼は都市の全ての確認を終わらせた。生存者はいない。例外なく彼の手でその生を終わらせている。
唯一、まだ一人。生き残っている者。
彼は城門跡の前でその人物を待ち続けた。手頃な大きさの瓦礫に腰を下ろし、その人物が来るであろう方向を静かに見つめていた。
「……本当に、諦めの悪い」
億劫そうに立ち上がった彼の視線の先。
右手には折れた長剣。右脇腹からはとめどなく血が溢れ、しかしその傷跡は破壊と再生を繰り返している。ボロボロ、と言っても過言ではないほどに満身創痍の様子。
【剣聖】が、そこに立っていた。
「……」
立ち上がった彼を睥睨する【剣聖】。その激変した雰囲気に、彼は胸中で呟いた。
(……たった数時間で、これか)
憎悪の視線。彼と対峙していた時は違った。歩み寄り、という選択肢を捨てず、また彼を御し切れる自信があった故に【剣聖】には余裕があった。
だが、今は違う。
【剣聖】の予想を超える力。
英雄は【剣聖】を残して全滅。
都市は崩壊し、彼は万全の状態で待っていた。
それが例え自身の欠点を責めるものだったとしても、怒りを持たない方がおかしいだろう。現に【剣聖】は今にも彼へと斬りかかるのではないか、と思えるほどに長剣を持つ手が怒りに震えていた。
「……お前の、目的は何だ?」
その質問に溢れかけたため息を抑え、彼は答えた。
「【世界の柱】、つまり精霊の回収……」
「ふざけるな!!!!」
怒声が、彼の答えを遮る。
「精霊の回収、だと!?ならば、何故、何でルナ達を殺した!!あれだけの力を持っていたなら、殺さなくても何とかなったはずだ!!俺達を欺き、騙し、力を隠して不意打ちで、一撃で、確実に殺しにかかっていた!!お前の本当の目的は、精霊の回収じゃない!!お前は……お前はぁっ!!!!」
「何を言い出すかと思えば、そんなふざけた質問か」
彼は、心底うんざりした表情で【剣聖】を見た。
怒り、悲しみ、後悔の織り混ざった複雑な表情。おそらくは、英雄達を、都市を、守れなかった自責。そして、それをもたらした彼への憤り。
彼は、ぶつけられる感情に何も感じていないかのように淡々と言葉を返した。
「そもそも根本的に、精霊を渡さないどころか俺を殺そうとしたのはお前らだろう。そして反撃して殺したら今度は『殺さない方法があったはず』だと?馬鹿にするな。精霊の返還という提案を蹴った時点でお前らにやる慈悲は無かった」
「そ、れはっ………」
「それとも何だ?俺は黙って殺されていれば良かったと?」
感情を見せず、彼は無表情に言い放った。
「精霊の返還は嫌だ。殺されるのは嫌だ。他の方法を探せ。俺たちの要求を聞け。……お前らが言ったのはこういう内容だ。挙げ句の果てに、俺たちは殺そうとしてもいいがお前は殺さないべきだった、か。馬鹿かお前は。それはただの自己中心的なエゴでしかないだろう」
「…………黙れ」
「ああ、それとも俺は再生能力を持っているから殺そうとしても問題ないと?……間違いではないな」
「黙れ…………!!」
「黙らねえよ」
「黙れ!!!!」
【剣聖】の怒声。
彼は眉を顰めた。
「俺には、この世界を、都市を、守る義務がある!!!!敵が居るのならば、殺す!!!!それだけの話だ!!!!」
「譲歩案は提示した」
「俺たちがそれに頷かないと、分かっていたんだろう!?」
「……思ったよりもよく頭が回るな」
彼は、【剣聖】の冷静な思考に心の中で舌打ちをした。怒りは判断力を鈍らせるが、普段は感情を抑え気味な人間にとっては、頭の回転力を促進させる場合がある。
今の【剣聖】はまさにその状態。
故に、彼は素直に答える事にした。
「ああ、分かっていたとも。お前らが提案を拒否し、俺を襲撃することもな」
「ッ!!だったら!!」
「だから俺は人質をとった。……少なくとも、俺は二度はチャンスをくれてやった。放棄したのはお前らだろう。俺の行動のどこがおかしい?」
彼の言葉に、一層怒気が強まった。
それでも、【剣聖】は再び彼に問いかけた。
「……お前の、狙いは、最初から、この世界の、全員を、殺す事、だったのか?」
無駄な問答と断じることは出来ない。
途切れ途切れに繋げられた【剣聖】の言葉は明確な憤りを含んでいた。怒り故の冷静な思考。それが彼の本当の目的を見抜いた。
【世界の柱】を奪う。それが、彼の狙いだと【剣聖】は思っていた。
だが、何か違和感がある、とも感じていた。
彼と最初に剣を合わせた時。
【牢獄】の囚人達を彼が殺した時。
都市内で数名を斬り殺した時。
ナユをあっさりと解放した時。
【極藝】を煽った時。
【真影】を取り戻そうとした【護心】と戦った時。
英雄達を殺した時。
いずれも彼は対処していた。
言動こそ一方的な物ではあったが、その行動に油断や驕りは無かった。再生能力を持っている以上、負傷してもどうにでもなる、と考えてもおかしくはないはずだった。
最初の【剣聖】の奇襲は、確実に回避していた。
【極藝】の攻撃も、丁寧に弾いていた。
【天魔】の魔術、【護心】の拳撃に対しては防御に撤していた。
【真影】の奇襲は土壇場での一撃を食らったが、その一度だけ。
英雄達全員で彼と戦った際、彼は様々な方法で思考を誘導していた。
城門前でのやり取りによって、彼の長刀への執着心を見せつけた。
人質を盾にしないという行為を【護心】に見せつけた。
人質としていた【真影】を、今にして思えば簡単に手放した。
だが、それらは全て英雄達に思い込ませるための彼の布石だったと考えればどうか。
『【世界の柱】を回収出来れば、それでいい』という投げやりな思考ではなく、『【世界の柱】の回収は
彼は、そもそもの問題としてこの世界の破壊を目的としていたのではないか。
そういった結論に【剣聖】は辿り着いた。
そして、その【剣聖】の問いに。
彼は平然と答えた。
「ああ」
「何故だ!!!!」
「必要だったからだ」
【剣聖】の怒気に押されること無く、彼は答えた。
「そもそもの話だが。根本的な原因は、お前達が精霊を強奪したことにある。……まさかとは思うが、返したからそれでこの話は終わり、そんなふざけた思考は持っていないよな?」
「それと、皆を殺した事に、何の関係がある!?答えろ!!!!」
「当然だろう。
彼のその言葉に、【剣聖】は怒鳴った。
「罪人だと!?ルナ達は、二度目の幸福な人生という俺の理想を叶えるために協力した!!都市の人々は、幸せに暮らしていただけだ!!何処に罪人がいる!?溜め息を吐くな!!馬鹿にしてるのか!?」
言葉を連ねる【剣聖】の言葉。
彼は溜め息を吐いて聞いていた
どうしたらいいか、というように左手で口元を隠して。
その彼の態度に、【剣聖】は怒気を更に増した。
「答えろ!!!!」
「答えたばかりだが。都市の住民は、例外なく罪人だ。そこに間違いはない」
「ふざれるな!!彼らは善人だ!!罪など犯していない!!」
「……ああ、理性を失っているな。仕方ない、懇切丁寧に説明してやるよ」
彼は、心の底からの落胆をその顔に浮かべて言った。
「善悪と罪咎、何の関係もない。分かるか?」
「何の話だ!?論点をすり替えるつもりか!?」
「善人は罪を犯さないのか?悪人は罪を犯すのか?罪人は必ず悪人か?罪人は善人ではないのか?」
「間違っていない!!」
「いいや違う。罪咎を負うのは悪人だけではない」
彼は、鋭い視線を【剣聖】に向けて続けた。
「例え話だがな…………何も知らない餓鬼が剣をふざけて振っていたら人を斬ってしまった。餓鬼は悪人か?」
「そんな状況、あり得ないだろう!?」
「例え話だ。…………ある魔術師見習いが魔術を人に向けて撃ちました。撃たれた人間は大怪我をした。だが、見習いは魔術が人を傷つけるとは知りませんでした、もしくはそんな威力が出るとは思っていませんでした。だから、見習いは無罪です」
例え話というには、あまりにも生々しい内容だった。【剣聖】達の元の世界でもそういった事故が一定数起こっている。魔術というのは才能があれば容易に扱える反面、相性が良すぎる事が原因で暴発する事故も起こる。
【天魔】が初めて魔術を扱った時ですら暴走しかけたことがある。それを思い出した【剣聖】は、ゆっくりと理性を取り戻していった。
「……それ……は……………」
「頭が冷めてきたか?要は、悪人だから罪人、罪人だから悪人って話じゃねえんだよ。本質が善人だろうが罪を犯せば罪人なんだよ」
呆れたように言い切った彼に。
しかし、【剣聖】は反論した。
「……この世界の人々は、罪を犯していない」
「お前、気づいてるのに気づいていないフリをしているのか?タチが悪いぞ」
「違う…………!!皆は、何も……!!」
「精霊を殺しかけた」
淡々と、彼は事実を告げた。
「精霊の犠牲も知らず、のうのうと生きていた。それどころか、精霊の存在を削ったこの世界の安定という幸福を、徴収していた。知らなかったで済まされるとでも?遠くない未来、精霊が死んでしまった事でこの世界の安定が失われる。だが、精霊が【世界の柱】となって命を削っていた、そんな事は知らなかった。だから人々に罪は無い。お前はそう言いたいわけだな?」
「……ッ!!」
「知ってる知らない関わらず、それはお前達、【英雄】も同様に負うべき罪咎だ。何度反論しようが罪人は罪人だ。それがお前の質問に対する俺の答えだ。納得したか?いいや、納得しろ」
「ふざ、けるなッ!!!!」
【剣聖】は彼を認めない。
行動も、言動も、態度も、思想も。
意地と言い換えても良い。彼の一切を、【剣聖】は拒絶した。
「お前は神にでもなったつもりか!?この世界で罪を裁く権利はお前には無い!!!!世界の外からやってきた余所者が、偉そうに善悪を騙るな!!!!」
【剣聖】の怒号に。
彼は答えるように呟いた。
「神……ねえ」
意味深な言葉を吐いた彼。【剣聖】は否が応でもその言葉の意味を考えざるを得なくなった。
何故そんな呟きを、何故目の前で。
そして、一つの結論に辿り着いた。あまりにも馬鹿馬鹿しく、非現実的な理論。
だが【剣聖】には否定が出来なかった。その言葉は自然に【剣聖】の口から零れ落ちていた。
「お前は…………神、なのか?」
その質問を聞いた彼は。
静かに笑みを浮かべた。
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