同封MP3音源の書き起こし - ④

 柿本くんが永井と溝口先生にコンタクトを取ったのは、お互いに立場が違うからかな。いやあの二人、そこまで仲良くないだろ。表面上はとりあえず仕事はしっかりやってるし、お互いのやることの邪魔はしないって感じで。とにかくスタンスが違うと言うべきか。そういうところは君の選択に間違いは無いと言いたいね。全く異なる視点の人間を関わらせることが出来る巻き込むことが可能であるということは、確かに希有な才能だろう。

 ただし、二人とも揃ってこういうことについては専門外だ。溝口先生は教育の方面での意見を取り入れられるから良いとして、永井はそもそも論外だ。知らなかったわけではないだろう。他の連中だって同じように言ってる筈だし、そもそも溝口先生が忠告くらいしてるだろ。そういう意味で、そこはあまり得策とは言えない。とりあえず名前を入れるだけであれば、まあこの手の話を中心に据えないなら別にどうってことは無いんだがね。

 で、本来ならこういうのは溝口先生が指揮を執るべきだし、ディスカッションなら彼としてくれと言いたいところだが。あーそう。ふーん。溝口先生は名前だけってね。じゃあ俺は指導協力にでも入れておいてくれや。それだけで読む人には大分通じるさ。美味いところだけ掻っ攫おうってわけじゃない。誰が実際に動いていたのかを見せるならそれで十分という話だ。

 まあそうだね。ディスカッションに戻ろう。録音するのならお好きにどうぞ。あー、もうやってる。次は一言入れなさい。黙ってそれは流石に引っぱたくぞ。次やったらこの部屋出禁な。

 で、ディスカッションだが。

 金剛夜叉明王についてはあまり触れない方向で行くんだな。であれば、そもそも単語すら出さない方が良いんじゃないか。校則の在り方にフォーカスするなら、深く書きすぎない方が良い。校則と【N教】に関わりがあるのは町の人間ならなんとなく理解しているところだし、教育者側に立っている人間は言わずもがなだ。と、すると、あまり藪を突くのもよろしくはない。し、話がブレる。君は校則の在り方について問いたいのか、それともこの町の宗教と義務教育の接点を糾弾したいのか、どちらだと言うのかな。

 それらの点について、この初稿を見る限り、君の考えは、無いに等しい。

 目の前に良い題材があったから拾い上げて書き連ねた。ただそれだけにしか見えない。いや、それでも良いんだ。学生のレポートだもの。求められるのはご立派な文章を書けているかどうかでしかない。だが、その一点においても、これはいささか酷すぎるな。どんな調査をやったのかは理解した。だがデータが圧倒的に足りない。対象としている町が鴉在町だけという点が悪さをしている。校則という点において議論するのであれば、同じ市内の別の町の校則を収集するべきだ。伝手がなかったというのは良いわけに過ぎない。私を頼ればいくらでも紹介したし、何より溝口先生が手を回してくれただろう。だが君はそうしなかった。確実に突っ込まれる点だろうね。うん、だろうね。溝口先生がそれを指摘してこない筈がない。それで、君はそれをどうやって補うつもりなんだね。

 うーん。だからさ。君は何のためにこのレポートを書くんだよ。鴉在町の義務教育の校則の問題点を、地域に根を張った一人の男の引き起こした暴走みたいな感じで書きたいんだろう。だったら、そう書くべきだ。【個人名E】のことを擁護する必要は無いんだよ。【N教】のことだって酷い書きようをして構わない。むしろそう書くべきだ。君の主張に統一性を見せるならば、それで良い。これがインターネット上のブログだのであったら問題だが、これはレポートだ。学生のレポート。学術の世界で主張する分には、ただ学問的な視点から考え出した主張に過ぎない。それも学術界には出すものではない。評価者は大学の先生方。勿論、心象は悪くなるかもしれない。だが大体の先生は君とは見知った仲だ。君自身がそこまでヘイトスピーチなんかやらかす馬鹿ではない、それなりに優しい心根を持っているのは理解している。その上で、レポートの視点としてそういうものを書いた、或いは子ども達のために書いた、というのはわかっているだろう。【個人名E】の墓参りに行くくらいで十分だよ。必要があれば所在くらいは教えておいてやる。

 寧ろ【個人名E】のことは、悪く書くくらいが丁度良い。【N教】のこともだ。

(沈黙4秒)

(ペラペラと紙を捲る音。板?おそらく机を叩く音)

 良いかい、そういう類いのものはね、忘れられるべきだ。何故【個人名E】がこの校則を作ったと思っている。

 それ以外にだって、アレを忘れるべく苦慮した人間がごまんといる。君もその一人になるべきだと言っているんだ。

 凡人の死体の積み重ねで歴史は作られる。その中で君は多少の名前を残しつつ、塗り替える手伝いをすれば良い。

 政教分離の違反、地域住民との癒着、【個人名E】という男の非倫理的な行動。それらを上手く使え。人間の行動など視点の一つでいくらでも悪意で満たすことが出来る。

 そういうものであればいくらでも手伝おう。案外、そういった悪巧みは得意な方だ。

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