山の民――暁の王子誕生

 ――山の民は世界を眺む。


 この国では誰一人として、外に出ることも内に入ることも許されない。

 何故ならば、闇魔による被害をこれより外に広げないために女神が結界を張ったからだ。

 東の森を縫えば暗闇、南の海に漕ぎ出せば荒波、西の砂漠は砂嵐で、北の山は吹雪。自然の脅威が、国境で待ち受ける。それを越えることが出来た者はいない。真実を求めた者たちは皆、闇の中に消えていった。


 しかし。毎年一月一日、日の出の刻。 

 外との繋がりが絶たれたこの国で、世界はその瞬間だけ、バグを起こす。


 その年も、初日の出を眺めようと山の民は山頂に集まった。

 中には初めて登る幼子もいた。いつもはぐっすり寝ていて置いてけぼりだから、今年こそは皆と一緒に朝を迎えるのだと意気込んでいた。

 太陽のお目見えと共に、人々がキョロキョロと首を動かす。不思議に思いながらそれに倣った幼子は、目に映る景色に圧倒された。


 そこには普段は見ることの出来ない外の世界が広がっていた。

 この山はどうやら大陸の真ん中に位置するらしい、我が国のある南を除いた二百七十度が、知らない世界で囲まれている。

 北西を向けば山脈が繋がり、山脈の向こうには知らない建造物がポツポツと見える。西の砂漠も東の森も知っているよりずっと広い。真北から東にかけては広い平野が続いている。

 それらが、徐々に朝日を浴びて輝き始めるのだ。誰もが瞬きもせずにただその光景を目に焼き付けている。


 だがそれも束の間、十分もたっただろうか、たちまち世界は幻影のようにぼやけて、分厚く透明な壁のようなものが国を囲んでしまった。

 余韻を楽しんだ山の民たちが下山を始める。

 幼子は一人、自分の目を信じられないまま吹雪の中目を凝らしていた。まもなく親に急かされて、仕方なしに背を向ける。


 しかしその幼子は諦めの悪いたちだった。

 もう一度あの景色が見たくて、毎朝早起きをするようになった。大人たちがどれだけ無駄だと言い聞かせようと、性懲りもなく。日の出前に山の高いところへ登っては、ぼやけた視界の中で目を凝らし続け、十分に日が上った頃に帰る、その繰り返し。はじめは渋々付き合っていた親も、やがて見向きもしなくなってしまった。それでも幼子はめげることなく、毎日、毎日。


 ――その朝も幼子は、半ば義務的に山を登った。相変わらず雪が降っていた。

 かれこれ二ヶ月早起きに耐えた。本当はとっくに、あの遠く視える世界は特別なものだとわかっていた。けれど。どうしてもこの山の向こう側が見たくて。新鮮で胸の高鳴るあの瞬間を今一度感じたくて。 


 たった二ヶ月の努力の結果なんて言ったら、嗤われるだけだけれど。

 神の悪戯か、遂にその刻が訪れたのだ。


 まだ朝日が水平線を超える手前の頃だった。

 突如雪が止んで、まっさらな視界の中に、有明の月――そして、待ち望んだ世界があった。

 しかも、幻じゃなかった。いつまで経ってもなくならない。

 幼子ははしゃいだ。大きく息を吸って、やっほーと叫んで、指眼鏡を覗いて。色んな角度で、色んな世界を眺めて、存分に楽しんだ。立っているのは見慣れた山なのに、世界がガラリと変わったような気がした。


 ……いや、きっと変わったのだろう。

 幼子が結界の消滅を発見した数日後、国の王族が元に、新たな王子が誕生したとの知らせが届いたのだった。

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