第三章 廃工場の番人、一本だたらの歌
祭りが終わると、夏休みも後半戦に突入していた。「恵美須西ふしぎ探検隊」の活動も、いよいよ本格化する。彼らの次のターゲットは、タイショウが最初に言っていた、あの廃工場やった。
「夜中に、トントン音がする」という噂の真相を確かめるべく、三人は昼間のうちに、偵察に行くことにした。
その工場は、町の外れに、まるで忘れられたように建っていた。赤錆びたトタンの壁は、あちこちが剥がれ、窓ガラスは割れている。入口の門には、分厚い鎖と南京錠がかかっており、人の出入りを拒んでいた。
「うわあ……。なんか、ほんまに出そうやな……」
レンが、ゴクリと喉を鳴らした。
「大丈夫やって! 昼間は、お化けも寝てるわ!」
タイショウは、強がって言うが、その声も少しだけ震えている。
三人は、工場の周りをぐるりと一周してみることにした。すると、裏手に、金網が破れて人が一人、やっと通れるくらいの穴が開いているのを見つけた。
「ここや! ここから入れるで!」
タイショウが、興奮して言った。
「えっ、入るん? 勝手に入ったら、泥棒やで」
ミウが、不安そうに言う。
「探検や! 探検に、遠慮は無用や!」
タイショウは、そう言うと、躊躇なく金網の穴をくぐり抜けて、工場の敷地内へと侵入した。ミウとレンも、仕方なくその後を追う。
敷地内は、雑草が生い茂り、打ち捨てられた機械の部品が、墓石のように点々と転がっていた。工場の建物に近づくと、中から、ひんやりとした、鉄の匂いが漂ってくる。
「……静かやな」
何も起きへんな、とタイショウが呟いた、その時やった。
ガシャン! という大きな音が、工場の中から響き渡った。
「「「ひいっ!」」」
三人は、同時に悲鳴を上げた。
「な、なんや、今の音!?」
「誰か、おるんちゃうか!?」
恐怖心と好奇心がないまぜになりながら、三人は、割れた窓からそっと中を覗き込んだ。
工場の中は、薄暗く、巨大な機械が、まるで眠る巨人たちのように鎮座していた。その一番奥で、何かが動いている。
それは、一本足の、巨人のような男やった。頭には手ぬぐいを巻き、手には大きな金槌を持っている。彼が、何かを叩いている音やった。――一本だたらや。この工場に住み着いている、鍛冶のあやかしやった。
一本だたらは、彼らの視線に気づいたようやった。ギロリ、と一つの大きな目で、こちらを睨みつける。
「……なんや、お前ら。人の仕事場を、ジロジロ見よって」
その声は、低く、地響きのように響いた。
「うわあああ! 出たー!」
三人は、一目散に逃げ出した。金網の穴を転がるようにくぐり抜け、まぼろし堂まで、息もつかずに走り続けた。
「はあ、はあ……。フミばあ、おったで! お化け、おった!」
店に転がり込んできた三人は、ぜえぜえと息をしながら、フミに報告した。
「お化けやない。あそこにおるのは、一本だたらや」
フミは、落ち着き払って言った。
「一本だたら?」
「ああ。昔から、腕のええ鍛冶屋に住み着く、あやかしや。鉄を打つのが、何より好きでな。あの工場が潰れてからも、ずっとあそこで、一人で鉄を打ち続けてるんや」
「でも、すっごい怖い顔で、睨まれたで!」
「そら、そうやろ。仕事の邪魔されたんやからな。あいつは、根は悪いやつやない。ただ、ちょっと気難しいだけや」
フミの話を聞いても、子どもたちの恐怖は、まだ収まらんようやった。
その日の夜、タイショウは、夢を見た。
一本だたらが、汗だくになって、真っ赤に焼けた鉄を打っている夢や。その顔は、昼間見たような怖い顔やなく、どこか悲しそうな、寂しそうな顔をしとった。
翌日、タイショウは、一人でまぼろし堂を訪れた。
「フミばあ。おれ、もう一回、あの工場、行ってみようと思う」
「……なんでや?」
「なんか、気になるんや。あの一本だたら、ただの怖いおっさんやないような気がしてな」
タイショウの真剣な目に、フミは、何も言わずに頷いた。
タイショウは、ミウとレンにも声をかけたが、二人は「絶対いやや!」と首を縦に振らんかった。仕方なく、タイショウは、一人で再び廃工場へと向かった。
昨日と同じように、金網の穴をくぐり、工場の中を覗く。すると、今日も、一本だたらが、カン、カン、と鉄を打っていた。
タイショウは、意を決して、声をかけた。
「……おっちゃーん!」
一本だたらは、ぴたりと手を止め、ギロリとタイショウを睨んだ。
「……また来たんか、小僧。今度は、なんの用や」
「用ってわけやないけど……。おっちゃん、なんで、誰も使わんのに、そんなもん、作ってるん?」
タイショウの、子どもらしい、素直な疑問やった。その言葉に、一本だたらは、ふっと表情を緩めた。
「……なんで、やろな。わしにも、ようわからん。ただ、こうして鉄を打っておらんと、落ち着かんのや。これが、わしの生き甲斐っちゅうもんや」
「生き甲斐……」
「せや。お前ら人間かて、そうやろ。野球が好きやったり、インベーダーが好きやったり。それと同じや。わしは、鉄を打つんが、好きで好きで、たまらんのや」
一本だたらは、そう言うと、また、鉄を打ち始めた。カン、カン、というリズミカルな音が、薄暗い工場に響き渡る。その音は、昨日聞いた時のような、不気味な音には聞こえんかった。どこか、力強く、そして誇り高い、音に聞こえた。
タイショウは、しばらく、その姿を黙って見つめていた。
このおっちゃんは、ただ、自分の好きなことを、一生懸命やってるだけなんや。
その時、タイショウの親父、源五郎の言葉が、ふと頭をよぎった。
『仕事っちゅうのはな、自分が惚れたもんに、とことん打ち込むことや』。
親父も、この一本だたらと、同じなんかもしれん。
タイショウは、何も言わずに、その場をそっと離れた。
店に戻ったタイショウから話を聞いたフミは、満足そうに頷いた。
「そうか。お前も、少しはわかってきたようやな」
「……うん」
「世の中にはな、いろんな生き方があるんや。人間に見えようが、見えまいが、みんな、必死で、自分の生き甲斐ってもんを探して、生きてるんやで」
フミの言葉が、タイショウの
夏の終わりの、夕暮れ時。
遠くの廃工場から、カン、カン、という音が、風に乗って聞こえてくるような気がした。それは、一人のあやかしが、自分の存在を証明するために奏でる、力強い歌のようやった。
探検隊の冒険は、また一つ、大きな謎を解き明かした。それは、ただ怖いだけやと思っていたお化けにも、ちゃんと心があるんや、という、大切な発見だった。
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