6.

「まったく、すっかり遅くなっちゃいましたよ」


 隣を歩く月上の愚痴っぽい口調に、おれは苦笑を浮かべる。


「月上だって、ずいぶんのめり込んでたじゃないか。一日でこんなに何回もUNOをやらされたのは初めてだぜ」


 つん、と拗ねたようにお嬢さまは鼻先を逸らす。


 校内は宵闇の帳に覆われ、しんと静まり返っている。校舎にも明かりの灯っている窓はもうほとんど見当たらない。


「ゲームのセンスといい負けん気といい、なかなか素質があるよ、月上は。やはりおれの目に狂いはなかったな」

「ボードゲームの素質なんてあってどうするんですか」

「文芸部員には必要なものさ」


 結局、ボドゲ大会は盛り上がりに盛り上がり、解散になったのは完全下校時刻を二十分も過ぎたころだった。その解散自体も外因に依るところが大きく――つまるところは、部室棟の見回りにきた用務員のおじさんに、無理やり下校させされたわけである。


 部員の四人はみな自転車通学だが、月上は迎えの車を校門に回させているということだったので、おれが代表して送る流れになった。なにやらほかの面々が気を利かせてくれたみたいでもある。


「それでどうだ、月上。文芸部に入ってくれるか?」

「……そう、ですねぇ」


 月上は思わせぶりな調子で、言葉を尻上がりにさせる。


「とりあえず、今日牧野先輩に借りた本は、ちゃんと読まなくちゃいけませんからね」


 自身の通学カバンを叩いてみせ、にっと彼女は笑う。


 涼やかな夜風が校庭を吹き抜け、散りかけの桜の枝があちこちで囁き声を交わしている。


 迎えの車はすでに校門前で待っていた。


 闇に溶けるような、黒塗りのロールスロイス。圧倒されるおれの前で、運転席のドアが開き、スーツ姿のショートヘアの女性が降りてくる。


「おかえりなさいませ、お嬢さま」

「ありがとう、舞塚まいづかさん。こんな時間になったの、パパには内緒にしててくれる?」


 無言のまま微笑みを浮かべると、舞塚と呼ばれた女性は後部ドアを開けて乗車を促す。


 月上は踏み出そうとして、ちらりと背後のおれを振り返った。


「それじゃあ、牧野先輩……」

「ああ。また来週な、月上」


 少女の切れ長の瞳が、嬉しげに瞬いたように見えた。


 月上が後部シートに収まると、スーツ姿の女性もおれに向かって一礼してから運転席に戻り、漆黒のロールスロイスは走り出す。


 夜道を遠ざかっていく真っ赤なテールランプを眺めながら、おれは充足感のある疲労が全身に染み渡るのを感じていた。


 実に長く、前途多難に思えた一週間。それでもいまようやく、おれはひとつ目のステップを越えることができたのだ。

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