第2話 凡人の近くは物理的に危ない

 夜、戦闘があった。



「――サラ、3秒だけ待って!」


 そのセリフを言い終わる前に勇者アリシアの一閃が飛ぶ。

 次の瞬間、世界がひっくり返っていた。


 爆ぜた。

 俺の足元が、**ズガァッ!**的な音と共に爆散したんだ。


 反射的に身をすくめたけど、もう遅い。地面の衝撃が体を持ち上げ、

 宙を舞って――そして、ドンッ!!と、木の根っこに背中から叩きつけられた。


 

「――ぐっっふぅ……っ!?」


 声が出なかった。息もできない。

 背骨が一瞬バグって、体全体が“ビリビリ”って音がしそうなくらい震えた。

 腰と肩の間が熱い。いや、熱いっていうか、ぶち抜かれた感覚。


「……あれ? 俺、今、原型とどめてる?」


 


 気づけば、魔獣はもういない。

 さっきまで目の前にいた牙の魔獣は、真っ二つにされて地面に転がっていた。

 その隣で、アリシアが剣を納めながら振り返ってくる。


 


「うん、討伐完了。ケイル、大丈夫?」


 やたら爽やかに言うなぁおい。

 こっちは今、肺の位置がズレた気がしてるんですけど。


「だっ、大丈夫……じゃない、かも……背中とかが……」


「よかったー! ぎりぎり間に合った!」


 本当に心配してるのか?

 ……いや、たぶん“本気で心配はしてくれてる”んだよな。




 賢者サラに回復魔法と薬草を重ねがけされつつ、

 俺は地面に寝転んだまま、このもう2度と立ち上がりたくない感覚を反芻していた。


「ケイルさん、ほんとすみません。アリシアさんちょっと色々とバグってるんですよ」


「……いや、いいんだ……」


「しかも、彼女なりに“ちょっと気をつけた”つもりなんです」


「この状態で……!? いや、俺、あの時マジで背骨が“メキィ”って……」


「いや、骨は折れてないです。筋はイッてますけど」


「筋はイッてんのかよ……!」



 確かに、助かったのは間違いない。

 タイミングがあと0.5秒でも遅れてたら、俺は魔獣に



 ……だけど助けられた代償として、爆風+衝撃+地面ドンは正直わりとつらい。



 それでも俺は、この旅をやめたいとは思わない。


 たとえ肋骨がギシギシ音を立てようが。

 胃袋が空中で三回転しようが。

 背中に木の皮の模様がくっきり残ろうが。



 俺は、この“すごさ”の近くにいたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る