第21話「初期化」
静寂。
朱璃が目を開けると、見慣れた教室にいた。朝の光が窓から差し込んでいる。机、椅子、黒板。全てが、いつも通りの位置にある。
しかし、何かが違う。
「おはよう、転校生」
隣の席から、見知らぬ生徒が話しかけてきた。いや、見知らぬではない。前のループでは親友だった子。その前のループでは恋人だった子。さらに前では、敵だった子。
朱璃は、全てを覚えていた。
「おはよう」
朱璃は微笑んで答えた。何度目の「おはよう」だろう。
窓の外を見る。塔は燃えていない。ただ、朝日を受けて輝いている。平和な朝の風景。これから始まる、いつもの一日。
「初期化は成功したのね」
朱璃は呟いた。全ては元通り。生徒たちは何も覚えていない。また、同じことが繰り返される。
でも——
机の中を見ると、赤いペンがあった。そして、白紙の夢報告書。いつもの光景。しかし、ペンを手に取ると、微かに温かい。まるで、誰かが握っていたかのように。
「志音……」
朱璃は理解した。初期化されても、何かが残っている。完全にはリセットされていない。
教室のドアが開き、霧島が入ってきた。
「皆さん、おはようございます」
いつもの挨拶。いつもの笑顔。しかし、朱璃と目が合った瞬間、彼の表情が一瞬だけ変わった。認識?困惑?それとも——
「今日から、夢報告書の提出が始まります」
生徒たちがざわめく。いつもの反応。初めて聞く制度に、戸惑い、興味を示す。
朱璃は、静かに見ている。何度も見た光景。しかし、今回は違う。自分が、記憶を持っているから。
「朱璃さん」
霧島が朱璃を見た。
「転校生のあなたにも、もちろん提出してもらいます」
「はい」
朱璃は答えた。そして、赤いペンを手に取る。
さて、何を書こうか。いつものように、適当な夢を書くか。それとも——
ペンが紙に触れた瞬間、朱璃の手が勝手に動き始めた。
『繰り返す日々の中で、私は待っている』
文字が、赤く光る。教室の空気が、微かに震えた。
『必ず、あなたを見つけ出す』
霧島の顔が青ざめた。他の生徒は気づいていない。ただ、各自の夢報告書に向かっている。
朱璃は書き続ける。
『志音、柚希、そして失われた全ての人たち。私は覚えている』
窓の外で、塔が微かに揺れた。まるで、朱璃の言葉に反応するように。
放課後、朱璃は図書室に向かった。
いつもの場所に、いつもの本がある。しかし、よく見ると、配置が微妙に違う。まるで、誰かがつい最近まで読んでいたかのように。
「探し物?」
振り返ると、藍沢が立っていた。生徒会長の制服を着て、完璧な笑顔を浮かべて。
「いいえ」
朱璃は答えた。
「もう、見つけました」
藍沢の笑顔が、一瞬だけ崩れた。
「そう。それは良かった」
二人は見つめ合う。藍沢の瞳の奥に、かすかな認識がある。完全ではない。しかし、何かを感じている。
「ところで」
藍沢が言った。
「夢報告書、ちゃんと提出した?」
「はい」
「どんな夢を?」
朱璃は微笑んだ。
「繰り返す夢です」
藍沢の瞳が、鋭くなった。
「繰り返す夢。興味深いわね」
そして、彼女は去っていった。
朱璃は本棚の間を歩く。そして、ある場所で立ち止まった。そこには、新しい本が一冊。表紙には何も書かれていない。
開くと、そこには見慣れた文字。
『忘れないで』
志音の筆跡。しかし、それだけではない。次のページには、別の筆跡。
『また会おうね』
柚希の文字。
朱璃は本を抱きしめた。初期化されても、消えないものがある。記憶、想い、そして絆。
夜、朱璃は屋上に上った。
満月が、学園を照らしている。塔は静かに立っている。平和な夜。
「美しい夜ね」
振り返ると、白崎が立っていた。
「また、始まったのね」
彼女は、覚えている。完全に。
「あなたは——」
「私は、システムの外にいる」
白崎は煙草を取り出したが、火をつけない。いつものように。
「正確には、システムの監視者。全てのループを見届ける役目」
朱璃は白崎を見つめた。
「なぜ、何もしないんですか?」
「できないのよ」
白崎は苦笑した。
「見ることしか許されていない。でも——」
彼女は朱璃を見た。
「あなたは違う。あなたは、変えることができる」
「どうやって?」
「それは、あなたが見つけること」
白崎は去っていった。朱璃は一人、月を見上げる。
ポケットの中で、何かが震えた。取り出すと、小さなメモ。
『諦めないで。私たちは、ここにいる』
志音と柚希からのメッセージ。いや、それだけではない。これまでのループで失われた、全ての人たちからのメッセージ。
朱璃は決意を新たにした。
今度こそ、このループを最後にする。全員を救い出し、本当の終わりを迎えるために。
朱璃は屋上を降りた。明日から、また戦いが始まる。
しかし、今度は違う。
記憶がある。仲間がいる。そして、希望がある。
教室に戻ると、机の上に新しい夢報告書が置かれていた。明日の分。
朱璃は赤いペンを取り、書き始めた。
『私は夢を見た。皆が自由になる夢を。それは、夢ではなく予言』
文字が赤く光る。そして、教室の壁に、小さな亀裂が入った。
システムに、変化が起き始めている。
朱璃は微笑んだ。長い戦いになるだろう。何度も失敗するかもしれない。
でも、諦めない。
志音のために。柚希のために。そして、全ての囚われた魂のために。
窓の外で、塔が微かに赤く光った。まるで、応えるように。
新しい朝が、始まろうとしていた。
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