第14話 信と毒

「ユリーシャ、だと?」


 反響した自身の声に嫌でも警戒心がにじんでいるのが分かった。

 それに応じるようにルチアは静かに首肯する。


「うん。信じられないけど──色が同じだったの」

「同じって?」

「……ジゼルさんを操っていた人とユリーシャさんの色、全く同じなの。最初は『あれ?』って思ったし、勘違いじゃないか? なんて疑ったけど」

「何か決め手があったのか」

「……色々かな。どんなに同じ気持ちを抱いていても、色の混ざり方まで一致するなんて普通はないよ。それに──誰かを助けようと思ってる人が【白灰色】を持つなんてあり得ない」

「白灰……それはどんな感情だ?」


 無感情、あるいは虚無とルチアは即答する。


「他にもユリーシャさんについては引っかかることがあるかな。あのね、誰かを助ける時ってね、色は澄んでいるの。なのに──ユリーシャさんの色は動きがない。澄みもしなければ濁りもしない、そんな生きているとは思えない色をしている」


 言いながらルチアの体を震わせた。

 透明蛙が彼女の腕のなかでピクリと動き、かすかに鳴く。


「あくまで可能性の話だけど、シーから見てユリーシャさんが襲撃犯だと思う?」

「どうだろうな。俺が見た犯人は黒づくめで、ガスマスクもつけていたから顔は知らん。頭部も帽子をかぶっていて、とことん特徴を隠していた。ただ……」

「ただ?」

「男であるのは間違いない。えらくガタイがよかったからよ」


 しばらくシーもルチアも黙り込んだ。

 ルチアは視線を落とし、唇を噛む。シーは腕を組むと何度も金属の人さし指で腕を叩いた。その音が廊下にかすかな反響をつくったあと、シーは短く呟く。


「つまりコレはアレか? ジゼルに香水を渡したのは座長本人ってことか?」

「断定はできない。でも……」


 そこでルチアは頭を振った。


「ううん。だとしてもこの事件はおかしなことが多すぎる。見落としか、あるいは前提が間違っているかもしれない」

「何故そう思う」

「まずユリーシャさんが白灰色をしているから、かな。ああした色をしている人は基本的に他人に興味がないの。だから自ら進んで誰かに危害を加えようともしないんだよね」

「その場合、ユリーシャがジゼルへ香水を渡した線はなくなる──が、ユリーシャがジゼルと犯人をつなげる橋渡し役だったとしたらどうだ?」


 シーの鋭い物言いにルチアの喉がうなる。


「それは私も考えた。というよりもエリザ先生から話を聞かされた時、気づくべきだった」

「あん? 奴が何か言ったか?」

「先生は『ジゼルが最近使っている香水から感情ポーションや記憶ポーションに似た成分が見つかった』って言っていたけど……いくらポーションのレシピが流れているとはいえ、スラムで手に入る薬なんてたかが知れてる」


 少なくとも演技に支障がきたすほどの効果が出せるとは思えない、とルチアは灰色の髪を揺らしながら付け加えた。


「最近という意味合いを二、三か月、長くても数か月と仮定しても、やっぱりその期間で人間ひとりを壊せるなんて説得力がないよ」

「……効果があるポーションはたしか、かなり高値だったよな?」

「うん、密売人がふっかけてくる。それだけの効果があるからね」

「犯人が自作した可能性は?」

「それも考えたけど……そうなると精神を壊そうとした思惑が分からなくなるかな。ジゼルさんを壊したいならもっと効率がいい方法があったはずなのに」


 違和感だらけだよ、とルチアは小さく息をつく。


(違和感……)


 ふとシーの頭に閃きが横切った。

 違和感と言えば『これ』もまた違和感だろう。シーはルチアを見下ろす。その目は探るようでありながらも、どこか確信をはらんでいた。


「……なあ、ルチア」

「なに?」

「お前、エリザは疑わないんだな」


 唐突な言葉にえっ、とルチアの口が固まる。

 シーは視線を逸らさずに続けた。


「考えてもみろ。事情はどうあれ、ジゼルの香水を怪しんだユリーシャはあの女……エリザを頼った。逆に言えばエリザはリュミエール座とそれなりに関係を持っていると考えていい」

「ま、待ってよっ。シーは先生がジゼルさんの香水に禁止薬を混ぜた犯人だと言いたいのっ」

「端的に言えばそうだ」


 とたん、ルチアの顔から血の気が引いていく。

 そして弾かれたようにシーへと詰め寄った。


「思い出して、ユリーシャさんは『ジゼルは香水を仲間から貰った』って言っていたんだよっ。なら先生じゃないよっ、だって先生は劇団員じゃないんだからっ」

「それだ」

「え?」

「この件に関係あるかどうかは知らんが、俺の違和感はルチア──お前が奴を最初から聖人扱いしていることだ」

「そんなつもりは」

「ずっと気になっていた。普段のお前は警戒心が強いくせに、エリザだけは素直に信じやがる」


 ルチアの呼吸が浅くなる。

 特別な目を持たなくても分かる。こちらを見上げる瞳には初めて拒絶の色が浮かんでいた。


「……先生は違うよ。あの人は私たちのそばに立ってくれている。薬を分けてくれたもの、ジゼルさんを治療したのも先生だよ」

「薬、ね」


 とシーは声を落とした。


「だからこそ問題かもしれん」

「どういう意味?」

「ジゼルの香水には禁止された感情ポーションや記憶ポーションに似た成分が入っている──それを最初に指摘したのは誰だ?」

「それは……先生が分析をして」

「そう、できたんだよな。こんな腐った町で誰も知らないような成分をたった三週間で言い当てた。まるで最初から中身を知っていたようにな」


 ルチアはわずかに唇を動かしたが、言葉は出てこない。

 シーは哀れみと憂鬱を半分ずつ噛みしめつつ、壁にもたれた。


「俺は疑っている。あの女、お前にも盛ったんじゃないかってな。こんな町で国の犬やってる医者なら禁止薬のひとつやふたつ、土下座すりゃ手に入るだろ」

「……そんなわけない」

「そう言い切れる根拠があるか?」


 問いかけはあえて刃のように鋭く、そして静かに突き刺す。

 遠くから誰かの話し声が漏れてくるが、どうやらこんな診療所で世話になっている患者たちのようだ。


(契騎の身体能力さまさまだな)


 引き継いだ能力が肉体強化だけであればと歪んだ笑みを浮かべながら、ルチアの反応を待つ。沈黙が重い。あれだけ鬱陶しがっても近づいてきた少女は途方に暮れたように立ち尽くしていた。

 仕方がない、とシーは口火を切る。


「お前、言っていただろ。『誰かを助けようとする人が白灰色を持つことはあり得ない』『澄んだ色をしている』って」

「……」

「ならあのヤブ医者がどんな色をしてるか、もう一度見てみろ。もしもお前の目と喋っていることが違ってたら──何か、隠してるってことだ」


 ルチアは黙り込んだまま、透明蛙を抱きしめた。

 肩を落とし、目をしぼませた少女はやがて絞り出したように口を開く。


「もし本当に先生が関わっているなら……私、きっと信じられない」

「だろうな」


 シーは乾いた笑みをこぼした。


「俺もそうだった。国が騎士を裏切るなんて、思いもしなかった」


 鉄の指先が軋む。

 その音をルチアは顔を伏せて聞いていた。


「信じられないのは正常だ。だが──今は見て、選ばなきゃならん。あの女が裏切ってたら、どうするのか」


 俺のようにならないためにも。

 夢見た国によって生き人形にされた挙句、使えないとなると適当な死地に放り込まれないように──


(続く)

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