第2話:雨の神社で出会ったびしょ濡れ美少女との邂逅(かいこう)
玄関を出ると、海からの湿った風が頬を撫でていく。空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな気配だった。遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえる。
高台から街へ続く坂道を下りながら、蓮太は海を見下ろした。普段なら美しいはずの景色も、今日は灰色の雲に覆われて重苦しい。まるで自分の心境を映しているようだった。
商店街に着く頃には、空の雲がさらに厚くなっていた。湿度が高く、汗が額に滲む。蓮太は急いで必要最低限の食材を買い物かごに入れた。冷凍のハンバーグ、インスタントのみそ汁、食パン。いつもと変わらない、一人暮らしの男の買い物だった。
レジで会計を済ませている時、店の外で風が強くなっているのに気づいた。木の葉がざわめき、看板が軋む音が聞こえる。
「今日は早めに帰った方が良さそうですね」
レジの店員が心配そうに言った。蓮太は頷いて店を出たが、その瞬間、大粒の雨が顔に当たった。
「やばい」
急いで歩こうとしたが、雨は瞬く間に激しくなった。梅雨の夕立特有の、突然で容赦ない雨だった。蓮太は買い物袋を濡らさないよう胸に抱え、慌てて近くの神社に駆け込んだ。
古い木造の社殿が立つ小さな神社だった。境内には大きな樹齢の古い杉の木が何本も立ち並び、雨音を吸収するように静寂を保っている。薄暗い境内に、雨に打たれて光る石畳が美しく見えた。
蓮太は社殿の軒下に避難し、買い物袋が無事だったことを確認した。雨は激しさを増し、境内の石畳に踊るように跳ね返っている。雷の音も近くなってきた。
境内を見回していると、向こう側に人影があることに気づいた。
大きな旅行鞄を抱えるようにして座っている、小さな人影。薄暗い中でも、金髪が雨に濡れてキラキラと光っているのが見えた。
よく見ると、とても美しい顔立ちをしているが、どこか疲れた様子も見える。身長は152センチくらいだろうか、小柄で華奢な体型だ。白いブラウスに紺色のスカートという清楚な格好だが、長時間歩き回っていたのか、服の裾や袖口が少し汚れている。靴も泥で汚れ、金髪の髪先も雨でしっとりと濡れて、頬に張り付いていた。しかも、ブラウスがびしょびしょで、中に着ている下着の色が見えるほどだ。
蓮太は目のやり場に困った。
『こんな状況、エロゲにもあったよな...』
でも、これは現実だ。目の前にいるのは困っている女性で、自分がすべきことは助けることだった。
そして、小さく震えているのが見えた。
『声をかけた方がいいのかな...』
蓮太の心に迷いが生じた。
『でも、こんな俺が声をかけたら、不審者だと思われるかな?』
32歳の男が、18歳から20代前半くらいに見える若い女性に一人で声をかける。どう考えても怪しく見えるだろう。特に、今日一日で散々「モテない男」の現実を突きつけられた後では、自信など微塵もない。
『もし話しかけて無視されたらどうしよう?気まずいだろうな...』
想像するだけで胃が痛くなりそうだった。きっと冷たい視線を向けられて、「あの人、何?」みたいな反応をされるに違いない。
『やめておこう...』
蓮太は自分の方に視線を戻そうとした。
しかし、雷がまた鳴った瞬間、女性がビクッと体を震わせるのが見えた。雨に濡れて、寒そうに身を縮めている。大きな旅行鞄を抱えて、頼るもののない心細さが痛いほど伝わってきた。
『でも、あまりにも震えていて、見てられない...』
蓮太の優しさが、恐怖心を上回った。
思い切って、独り言のように呟いた。
「これじゃあ、止みそうにないですね...」
女性がこちらを見た。大きな瞳に、戸惑いと警戒心が混じっていた。
「...はい」
小さな声で返事が返ってきた。女性の声だった。
蓮太はもう少し近づいて声をかけた。
「旅行中?」
蓮太が尋ねると、女性は少し躊躇してから答えた。
「...家出中です」
その率直な答えに、蓮太は驚いた。普通なら嘘をついてもおかしくない状況で、なぜそんなに正直に答えるのだろう。確かに、よく見れば旅行というには荷物も服装も心もとない感じがする。
雨はますます激しくなり、雷の音も近づいてくる。女性が小さく震えているのを見て、蓮太は放っておけない気持ちになった。
「もう夜だし、この雨だと危険だ。良かったら家で雨宿りしていくか?」
我ながら突然の提案だったが、蓮太は本気だった。この小さな女性を雨の中に放っておくわけにはいかない。
女性は驚いて蓮太を見た。
「え...?」
「いや、その...怪しい者じゃない。この近くに住んでるから」
蓮太は女性をよく見た。若く見えるが、もしかして未成年だったらまずいかもしれない。
「あ、でも...未成年じゃないよな?」
「成人してます」
女性は少し警戒しながらも、きっぱりと答えた。その声には芯の強さが感じられた。
「そうか...なら、とりあえず雨が止むまででも」
蓮太は安心して提案を続けた。
女性はしばらく考えた後、小さく頷いた。
「...雨が止むまでだけ、お願いします」
『え...まさか本当に来てくれるのか?』
蓮太は内心で驚いていた。まさか自分みたいな男の提案を受け入れてくれるなんて。
『これって、エロゲーでよくあるパターンじゃないか?』
頭の中に、昨夜プレイしたゲームの記憶が蘇った。雨の日に美少女と出会って、家に連れて帰る...そんなシチュエーションは何度も見たことがある。
『まさか俺がエロゲーの主人公に?』
一瞬、そんな馬鹿げた考えが頭をよぎった。
『このまま良い雰囲気になって...ついに、童貞卒業か?』
32年間一度も経験したことのない展開への期待が、心の奥で膨らみ始める。
『やばい、こんなときのためにゴムを用意していなかった』
現実的な心配も同時に湧き上がった。家にそんなものがあるわけもない。32歳童貞の家に、そんな必需品があるはずがなかった。
『現実はそんなに甘くない』
すぐに現実に引き戻される。
これまで何度も、嫌というほど思い知らされた現実だ。
俺は主人公なんかじゃない、ただの32歳の童貞だ。
『でも、これは現実だ。ゲームじゃない』
目の前にいるのは、画面の中のキャラクターではなく、本物の女性。しかも、本当に自分の家に来ることになるなんて。
『どうしよう、本当に女性が家に来るなんて...こんなこと人生で初めてだ』
心臓がドキドキと音を立て始めた。
落ち着け、今は紳士的に振る舞わなければ。手のひらに汗が滲んでいるのに気づいた。
蓮太は女性の重そうな旅行鞄を持った。
予想以上に重く、中に何が入っているのか気になったが、詮索するのはやめた。
「走るぞ」
エロゲーだったら、ここで「手を繋ごう」って言うんだろうな。でも現実の俺がそんなことを言ったら、完全に変質者扱いされる。
一瞬、手を差し出そうかと思ったが、やめた。さすがに初対面でそれは図々しいだろう。転ばないよう気をつけて走ってもらうしかない。
二人は雨の中を駆け出した。
雨粒が頬を打ち、足元の水たまりが跳ね上がる。でも不思議と、蓮太の心は軽やかだった。
海が見える高台への坂道を登りながら、蓮太は横を走る女性を見た。雨に濡れた金髪が風になびき、その横顔は神秘的で美しかった。
何かが変わる予感がした。
今日という日が、自分の人生にとって特別な日になるような、そんな予感が胸の奥で静かに芽生えていた。
家の明かりが見えてきた時、蓮太は急に不安になった。見知らぬ女性を家に連れて帰るなんて、自分でも何を考えているのかわからない。部屋は散らかったままだし、どう接すればいいのかも全くわからない。
でも、あの雨の中に彼女を放っておくことはできなかった。それだけは確かだった。隣を走る女性は、まだ警戒心を抱いているようで、蓮太自身も何が正解なのか分からないまま、ただ一歩ずつ家に向かって歩いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます