なぁリリア、君に教わったことを君に試したら?~こじらせ32歳男子と男性不信の元アイドル住み込み美少女メイドの恋愛レッスン~
ヒカゲ
第1話:恋愛偏差値30の屈辱的現実
「女って、結局イケメンなら何しても許されるんだろ?」
『ただし、イケメンに限る』という言葉があるくらいだから。
桐島蓮太は、海が見える高台の実家のリビングでテレビの恋愛バラエティ番組を見ながらそう呟いた。画面では、筋肉質なイケメンと美女が運命的な再会を演出している。
そして番組がクライマックスに向かうと、二人は夕日をバックに情熱的なキスシーンを繰り広げた。カメラが回り込み、ロマンチックな音楽が流れる中、完璧な恋愛の瞬間が映し出される。
スタジオの女性タレントたちが「きゃー、素敵!」と黄色い声を上げるのを見て、蓮太は深いため息をついた。
「結局、こんなドラマチックな展開も、イケメンだから成立するんだろうな...」
32歳、年収300万円、恋愛経験なし。童貞の現実は、テレビの中の甘い世界とはあまりにもかけ離れていて、過酷だった。
窓の外では、6月特有の重い雲が海の向こうに立ち込んでいる。この海辺の高台にある実家で一人暮らしを始めてもう3年。両親を交通事故で亡くしてから、フリーランスのWebデザイナーとして細々と生計を立てている。
蓮太の脳裏に、昨夜の屈辱的な記憶が蘇った。
カラオケ好きが集まるオフ会に参加した時のことだ。30人ほどの参加者が3~4人のグループに分かれてカラオケを楽しむイベントだった。俺(蓮太)は抽選で爽やかなイケメンのシステムエンジニアと、彼と同い年くらいの可愛らしい女性と同じグループになった。
その女性は、膝上10センチほどのミニスカートを着ており、座るたびに綺麗な素足が露わになっていた。最初はみんなで楽しく歌っていたのだが、時間が経つにつれて二人の距離が縮まっていく。
そして事件は起きた。
イケメンが何の躊躇もなく、女性の太ももに手を置いたのだ。蓮太は思わず息を呑んだ。これは完全にアウトだろう、と。もし、モテナイ連中が見たら「精子脳」やろうと避難するだろう。
しかも、ただ手を置いただけではなかった。イケメンは太ももを撫でるように、ゆっくりと手を動かし始めたのだ。体感で一分ほど、もしかしたらもっと長かったかもしれない。その手は股に近い位置を撫でており、あと1センチでもずれれば確実にスカートの中に入ってしまうような際どい場所だった。
ところが女性の反応は予想外だった。
「もう、どこ触ってるの?もう、やーねー♪」
嬉しそうに笑いながら、彼女はイケメンの手を軽く払っただけだった。そればかりか、その後も何事もなかったかのようにイケメンと会話を続けている。
その瞬間、蓮太の心に怒りにも似た感情が湧き上がった。
『これが許されるのは、イケメンだからなんだ...』
『なんて世の中は理不尽なんだろう』
『ただし、イケメンに限る』とは、このためにあるようなものだ。
蓮太は気まずくて、残りの時間をどう過ごせばいいのか分からなかった。
『俺が同じことしたら、確実にセクハラで通報されるな...』
心の中でそう呟きながら、蓮太は一人でドリンクを注文し続けた。結局、その後イケメンと女性は「今度二人でも来ようか」なんて話をしていて、蓮太だけが場違いな存在になっていた。
もう一つ、先週の婚活パーティでの出来事も思い出す。
男女各4人ずつの小規模なパーティだったが、案の定、蓮太は誰からも興味を持たれなかった。
そのパーティで驚いたのは、女性たちの希望条件だった。
男性に対しては「年収1000万円以上希望」と堂々と言うのに、自分たちの年収を聞かれると「200万円くらいです」という答えが返ってくる。年収300万円という数字を聞いた瞬間の女性たちの微妙な表情の変化を、蓮太は見逃さなかった。
『俺の年収300万円すら低く見られるのに、自分たちは200万円なのか...』
パーティが終わって会場を出た時、女性陣が建物の陰でウンコ座りをしてタバコを吸っているのを見つけてしまった。
「今日もハズレばっかりだったね」
「あの年収300万の人、マジで無理だった」
「32歳でその年収って、将来性ゼロじゃん」
蓮太は足音を立てないよう、そっとその場を離れた。自分が「ハズレ」扱いされている現実を、まざまざと突きつけられた瞬間だった。
帰り道、街を歩いていると、手をつないで歩くカップルとすれ違った。彼らと目が合った瞬間、蓮太は胸が締め付けられるような思いに駆られた。
『まるで「うわ、モテなさそう」って言ってるみたいだ...』
街ゆくカップルたちが、自分をバカにしているように思えてならない。みんな幸せそうで、輝いて見える。それに比べて自分は...
『くそう、エロゲーの主人公は良いよな』
蓮太の心に、いつもの逃避願望が湧き上がった。
『女の子にモテモテで、みんなから愛されて...』
でも、ふと気づく。エロゲーも言い換えると「モテる男を、傍から見ている」だけなのではないか。画面の向こうの主人公がモテているのを、こちら側で見ているだけ。
『そう考えると、モテない俺は惨めだ...』
現実逃避すらも、結局は自分の惨めさを再確認するだけの行為なのかもしれない。
テレビから聞こえる甲高い笑い声が、やけに耳に痛い。蓮太はリモコンでテレビを消した。
部屋に静寂が戻る。外では鳥のさえずりが聞こえ、遠くから波の音が微かに響いてくる。この家は海が見える高台にあるため、晴れた日は絶景が楽しめるのだが、今の蓮太にはその美しさも虚しく感じられた。
パソコンの画面には、朝から開いたままの婚活サイトが表示されている。年収欄に「300万円」と入力したまま、登録ボタンを押せずにいた。
「どうせ俺なんて...」
自分でも情けないと思いながら、蓮太は立ち上がった。また今日もエロ漫画で寂しさを紛らわすしかないのだろうか。現実の女性との関わりがない分、二次元の世界にばかり逃げ込んでしまう自分が惨めだった。
冷蔵庫を開けてみると、賞味期限が切れかけの牛乳と、しなびた野菜が少し入っているだけだった。また冷凍食品とカップラーメンの夕食になりそうだ。
時計を見ると午後7時を回っている。空は次第に暗くなり始め、雲行きも怪しくなってきた。梅雨時期特有の重い湿気が部屋に漂っている。
「このままじゃダメだ」
蓮太は財布と鍵を手に取った。せめて買い物くらいしよう。そんな些細な決断も、今の彼にとっては大きな一歩だった。
この時の蓮太は、これから起こる運命的な出会いを、まだ知る由もなかった。
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