むすびの記憶──祈る人がいた場所へ

福野神尾(お麻(ま)もり作家 ヒロ)

第1話 麻の目覚め──むすびの起源と失われた力

祖母が撚っていたのは、神さまに捧げる糸──精麻。

むすびの記憶をたどるように、私はその糸と再び向き合い始めた。

この物語は、《むすび》が持つ目には見えない力と、

それを忘れかけた私たちがもう一度思い出すための、

祈りのような物語です。



むすびの記憶|精麻とわたし


祖母は昔から、特別な糸を撚っていた。

それは、ふつうの糸じゃない。

精麻──神さまに捧げる、特別な麻の繊維だった。


《これはね、天と地をつなぐむすびなのよ》

幼い頃、祖母がそう話してくれたのを、私は今でもよく覚えている。


あれから何年も経った今、私はふたたびその糸と向き合おうとしている。



天地のはじまり──むすびの誕生


まだこの世界に、空も海もなかったころ。

光も影もない、まるで夢のような混沌の中から、生まれたものがあった。


それが、《むすび》。

分かたれたものをつなぎ、新しい命を生む力。

天地を創った神々──イザナギとイザナミも、

この《むすび》の力で、世界を形づくったと言われている。



天と地をつなぐ柱と、精麻の役目


神々は天と地のあいだに《天の御柱(あめのみはしら)》を立てた。

その柱に巻かれていたのが、精麻。

真っ白で、まっすぐで、そしてやわらかなその繊維は、

神々の力を通す《導きの糸》だった。


精麻には、ふしぎな性質があるという。

それは昔から、人を守り、場を整え、悪いものを払いのけてきた。

 ・神社のしめ縄になるのは、その清らかな力ゆえ。

 ・家に飾れば、空気がすっと澄んでくるような気がする。

 ・手に触れると、どこか安心する──そんな感覚も、きっと《むすび》の力。



命をつなぐ、目には見えない糸


祖母はよく言っていた。

《結ぶってね、人と人だけじゃないの。

空と海、過去と未来、神さまと私たち──

みんな、糸でつながってるのよ》


風が水と結ばれて、雲になり、雨を降らせる。

夫婦が結ばれて、新しい命が生まれる。

想いと想いが結ばれて、文化が育っていく。


そんな目に見えない《むすび》の力が、

私たちの暮らしの中に、ちゃんと息づいているのだ。



忘れられていった《むすび》


けれど、いつからか人々は、その力を忘れていった。


《むすび》は儀式の中にだけ閉じ込められ、

精麻は《特別な人たちだけのもの》とされ、

本来の意味や力は、形ばかりが残されていった。


目に見えないものよりも、目に見えるもの。

心で感じるよりも、効率やスピード。

私たちは、そんなふうに暮らしを変えてきたのかもしれない。



そして今、旅がはじまる


でも、忘れたつもりでも、心のどこかには残っている。


昔聞いた物語。

手のひらに残る、あの麻の感触。

風の音にまぎれて聞こえる、かすかな祈り。


私たちがもう一度むすびの意味を思い出せたなら──

世界はきっと、やさしく変わっていける。



【あとがき】


この物語に登場する《叶え結び》や精麻は、

実際に私が扱っている素材と深くつながっています。


私の父は藁でしめ縄を編む人で、

私は現在、精麻を使ったお守りやアクセサリーを制作・販売しています。


撫子のように、失われかけた《むすび》の感覚を、

もう一度手のひらに取り戻したい──

そんな気持ちを込めて、この物語を書いています。



✨次回予告


《精麻とエネルギー──古代の叡智と現代の支配》へ、つづく。

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