私たちは運命の恋に落ちたのですわ -3
航海は順調に進み、予定通りトルバニウス公爵領の港湾都市グーンバルに到着する。
ロアーナは、なにやら手続きがあるとかで、船長とエルトンとシェナを引き連れ、オフィス街に消えていった。
その間に、ヴィサルティスは飲み屋街を訪れた。大きな町には、傭兵の派遣を請け負う元締めのような酒場が存在する。まだ昼過ぎなので店は閉まっているが、アースクレイルとともに少々強引なおはようの挨拶をし、「カントベルツ傭兵団」への連絡を依頼した。
「さて、ここからどうする?」
最初にロアーナたちと別れた公園のベンチに座るヴィサルティス。冬空の下でも噴水がなみなみと水を吹き出しており、見た目に寒々しいためか人気は少ない。
「彼らの服でも買いに行きましょうか」
アースクレイルの言う彼らとは、シャノンとレックのことだ。彼らには少し小遣いを渡して、屋台で食べ歩きをしてもらっていた。
「えー、オレべつに寒くないよ?」
「見た目からそれっぽくしようって話だろ。お前はいつまで食ってるんだよ」
両手に串焼きを持つ青いつば広帽子と、小言の多い青バンダナの少年。このままでは目立ってしまう。
四人が動き出そうとしたところへ、ロアーナたちが戻って来た。
それはいいのだが、人数が増えている。貴族の使用人のような身なりをした中年の男性が軽く会釈をした。
「やれやれ、お嬢さん。この短時間で、また新しい手下を増やしたんじゃないよな?」
呆れたようにヴィサルティスがからかうと、ロアーナは「失礼ですよ」とたしなめた。
「ある貴族の方から、昼食のご招待を受けました。おふたりとも準備してください」
そんなわけで、一行は急いで荷物を預けた宿に戻り、客船で使用していた衣服に着替える。
ヴィサルティスは、光沢のある白いシャツに折り目のついた黒いズボン、刺繡入りの紺色のジャケット。ロアーナは、腰に小さな水色のリボンがついたレースのワンピースの上に、襟のない紺色のジャケットを羽織っていた。
ロアーナの可愛さをどう表現しようか悩んでいるヴィサルティスの耳に、アースクレイルの声が入ってくる。
「ロアーナ様、ご招待くださったのは、信頼のおける方でしょうか」
「はい、オルジュ商会の大手の取引先で、私のこともなにかと目にかけてくださいます」
「では、私は遠慮しておきます。バルザス海輸団のみなさんと一緒に、必要なものを買い出しにに行って来ますので」
アースクレイルの謝絶に、ロアーナは表情を曇らせた。
「デルフィーノ卿。もし本当の意味で遠慮なさっているのでしたら、その必要はありません。略式の食事会ですし、私はあなたのことをヴィサルティスさまのご家族だと思っています」
ロアーナは意外と心配性だな、とヴィサルティスは思った。
アースクレイルは騎士なので、どこにでも連れて行けるが、それはあくまで家臣として。主人と同格に扱われることはないし、ヴィサルティスの芝居に付き合わせたため、社交界には彼を不愉快に思っている人々がいることも確かだ。食事に誘ったことで、アースクレイルが気を悪くしたのではと心配したのだろう。
だが、そのぐらいで動揺するようなやわな男なら、最初から巻き込んだりしない。
アースクレイルは、凪いだ海のような瞳を和ませた。
「ありがとうございます。それならば、ぜひ名前で呼んでいただけると嬉しいです。
他意はありません。時間は貴重ですから、ほかの用事を済ませようと思っただけすよ」
ロアーナ安心したように頷いた。
「そうですか。では、後ほど宿にて合流しましょう、アースさま」
そうしてヴィサルティスは、ロアーナとシェナとともに、用意された馬車に乗り込んだ。
時間はそれほどかからなかった。オレンジや黄色など明るい色調の建物が連なる大通りを進むと、辿り着いた場所には小さな噴水を備えた緑色の庭園があり、その奥に鎮座する建物は白い外壁と大きなガラス張りの窓、装飾的なバルコニーから、高級な場所であることが一目で分かる。
「ここは?」
「王国でも三本の指に入るホテル『ブランシュ・アンバール』です。こちらを経営されているのは、トルバニウス公爵閣下なのですが、ちょうど視察にいらしていたそうですわ」
その可能性も考えてはいたが、それが現実となると多少の緊張を覚えるヴィサルティス。
公爵家とは王の血族ということであり、他の貴族とは一線を画す身分だ。ヴィッターリス王国にはふたつの公爵家があり、トルエノ辺境伯は、同じく東の国境沿いに位置するサルディン公爵家との付き合いが深い。
「まぁ、べつに二つの公爵家が仲悪いってこともないし、食事したくらいで問題にならないよな。俺、閣下の顔覚えてないんだけど、どんな人?」
ロアーナは少し考え、
「愉快なおじさまです」
と言った。
「なかなかクセのある御仁ですが、悪い方ではないと思います」
「……俺、今年は愉快な人たちに出会う星巡りなのかなぁ」
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