ご令嬢が光を連れてきてくれたようだ -2
シェナが、ロアーナにマントを羽織らせた。
「お嬢さまは、ことが成就するのをどーんと待っていらっしゃればいいのです。男連中が頼りにならないときは、このシェナが、パンイチで素潜りしてお宝を探して来ますから。あ、報酬は弾んでくださいね?」
ロアーナの凝り固まった表情筋をくすぐる能力を、シェナは持っているようだった。
「ふふ。年頃の女性が、そんなことを言うものではありませんわ」
「そうですね。もしもの時は、彼らの服を売り払って軍資金に充てればいいんです。そしてパンイチの写真を撮ってサイン付きで売りましょう。まぁまぁの美形ですから、そこそこのお値段で売れるでしょう」
「デルフィーノ卿は、よほど趣味の変わった女性でなければ、美しいと褒めたたえるでしょう」
ふーん、とシェナは、若草の瞳に面白そうな光を浮かべて笑った。
「それで、その変わった趣味のお嬢さまとしては、もうお一方のことをどう思ってらっしゃるんです?」
「……上背も厚みも足りません。もっと食べさせなくてはいけませんね」
「あぁもう、シャノンは選外です!」
そんな話をしながら時計を確認していると、正午が迫っている。
海面に上がって来たアースクレイルとシャノンに陸に上がるよう促したものの、ヴィサルティスが戻って来る気配がない。
(まさか、もう流された?)
そわそわと落ち着くをなくすロアーナに向かって、アースクレイルが白湯を差し出す。
「主君の水練の腕は並み以上です。ご心配には及びません」
「ですが、人の力は大自然には遠く及びません。離岸流のせいで戻れなくなっているのかも……舟を出しましょう」
「ご令嬢、もしそうなら、舟もこの島に戻れなくなります。私が海岸を見回ってきますから、このままお待ちください」
アースクレイルは再び潜水服に着替えると、ロアーナたちを置いて歩み去った。
静かな波の音と海鳥の声が響く。朝一番より冷える気がして、ロアーナは自分自身を抱き締めた。
そんな時間は、長くは続かなかった。
「あ! 水色の髪の兄さんの声だ!」
シャノンがいち早く気付き、三人で声のしたほうへ移動する。
飛び石のように岩が点在するゴツゴツした岬は、あちこちで白い飛沫が跳ね上がっている。その先端で、アースクレイルとヴィサルティスが手招きしていた。
足元に注意しつつ精一杯急いで駆け寄ると、彼が持っていたのは――銀食器。それも月と蔦、ブラウリーデ聖王国の紋章入りの品物だ。
わっと歓声が上がる。
抱き合って喜ぶシェナとシャノンを横目に、感動の涙ひとつ流れない自分を恨めしく思ったが、内心でその何倍も安堵するロアーナ。
前世で財宝船を発見した地学者は、地図作成のためにブラウリーデ聖王国の海岸線を巡っていたと報じられていた。潜水の装備を持っていた可能性は低い。きっと、人間の手の届く沿岸部に痕跡があるはずだという推測が現実のものとなってよかった。なにより、ヴィサルティスが無事に戻ってよかった。
「この辺だけ急に深くなってるから、もしかしてと思ってさ。泥の底に、間違いなくなにか大きなものがあるぜ」
ヴィサルティスは、変形した銀の皿、陶磁器の欠片、そしてイヤリングの片方と思われるものを岩の上に並べた。
「お嬢さん、帰りの船は?」
「明日の夕方、バルザス海輸団のみなさんがいらっしゃいます」
「それまでに、潜水できる機会は?」
「朝と、日没直前が機会ですが、もう品物を見つけたではありませんか」
ヴィサルティスは、どうせならもっと確実に相手を説得できる状況を作りたいと言う。夕方、もう一度三人でこの付近を捜索することになった。
岬に立ったヴィサルティスは、海水のしたたる黒髪を掻きあげながら、艶っぽいウィンクをロアーナに贈る。
「ところでお嬢さん、俺の待遇改善について、話し合う気になったかな?」
「……まずは、温かい食事をしてからですわ」
「やったね!」
ヴィサルティスはご機嫌に言い、アースクレイルの肩を抱いて、船体とおぼしき物体を見つけたときの様子を語り始めた。
口数の多い男だとロアーナは思ったが、不快ではなかった。
(むしろ、あの声が聞こえないとちょっと物足りない、ような)
これでもかと魚の切り身を盛りつけたスープをヴィサルティスに手渡し「待遇を改善しました」と言うと「これじゃ、敵将の首ぐらい持ってこないと、ほっぺにチューはしてもらえないなぁ」といやらしく笑うので、シャノンにご褒美のチューを命じたら、どちらにもすごく嫌な顔をされたので、ロアーナは満足した。
どういうわけか、ヴィサルティスの豊かな表情は、それが明るいものでも険しいものでも、ロアーナの鼓動を速くさせるのだった。
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