ご令嬢が光を連れてきてくれたようだ -1

 ロアーナは全知でも全能でもなかったから、地図のない島のどこに難破した船が沈んでいるかは知りようがない。不確かな前世の記憶と、そこから導き出される推論に他者を巻き込むのは心苦しいがどうしようもなかった。

 潮流の関係から、島の北西側にある可能性が高いことを告げ、積み荷のリストを書いた羊皮紙を手渡すと、ヴィサルティスはあっさり頷き、服を脱いだ。

「金貨が見つかると、手っ取り早いよな。王家の紋章入ってるし。よし、アース。どっちが早く見つけるか競争しようぜ」

 高い背に無駄のない筋肉、健康的な弾力を感じさせる肌と傷跡……かなりの時間見つめてから、ハッと我に返るロアーナ。

「ま、待ってください! 真冬の海に入るのに適した格好ではありませんわ」

 シェナが走って来て、ヴィサルティスとアースクレイルに、伸縮性の高い白の衣類を手渡す。

「なんだこの、白くてパツパツしたものは?」

 ロアーナが用意したのは、素潜りで貝を獲ることを専門にする漁師から着想を得た、潜水用の衣服だ。保温効果と、水の抵抗を弱める効果を持つ。騎士であるヴィサルティスが見慣れないのも無理はない。

 シャノンも潜水は得意だというので、シェナ用に準備していた衣服を渡す。

 男性陣が着替え終わりテントから出てくると、ほかのふたりと比べ、アースクレイルがやけに神妙な顔をしていた。


「デルフィーノ卿、なにか問題が?」

 ロアーナが尋ねると、彼は「いいえ」と首を横に振った。

「ただなんと言いますか、蝋燭か大根にでもなったような気分でして……」

「ご意見は、商品開発の参考にさせていただきます」

 たしかに、見た目に大いに問題があるようだ。

 ひょろりと細いシャノンなどはひょうきんなだけだが、いい体格の騎士ふたりが真っ白で体のラインが出る衣服で並んでいると、圧迫感が凄まじい。デザイナーに改良を依頼する必要がある。


「現在、最も潮が弱まっている時刻です。昼ごろにはまた強い潮流が戻ります。流される危険がありますから、時間までに必ず海から上がってください……そのくらいの情報しかご提供できず、申し訳ないのですけど」

 ロアーナは運動は不得意で、潜水に参加できない。

 気まずさに目を伏せていると、ヴィサルティスが軽く肩を叩いた。

「何言ってんだ。兵のための聖水を手に入れるために頑張るのは、指揮官おれの役目さ。暖かくして待ってな」

 三人は、冬の海に飛び込んでいった。


 時折、息継ぎのために顔を出すので、特に体が未発達のシャノンは途中で呼び戻し、焚火のそばで軽い食べ物を与える。

「これは? お宝?」

「貝殻の破片ですね。キレイですが」

「よし、じゃあ次はお宝のカケラ取って来るな!」

 シャノンは、また元気よく海に飛び込んだ。


(純粋な力がないことがもどかしい)

 紛争地帯を旅する行商には危険がつきもので、ロアーナは養父母から護身術を習った。だが少しも才能がなかったようで、せいぜいそれっぽく銃を扱える程度だ。


 ロアーナは、白い手を胸の前で握り合わせた。それは祈りのポーズにも似ていたが、ロアーナに祈りを捧げるべき神はいない。ただただ、広大な海に向かって語りかける、どうか彼らにとって優しい存在であってくださいと。真冬の海に放り込んだのは自分のくせに。

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