今度は、俺が君に、俺の価値を証明しよう -2

 ロアーナが手配したのは、貴族から裕福な平民まで幅広く利用する客船で、ふたりはその時、夕焼けを反射するオレンジ色の海を眺めながら、早めの夕食を取っていた。

 その美しい景色をかき分けて、黒い帆を掲げた船が一艘、近づいてくる。ほかの客らも気付き、船内レストランが落ち着きのない空気に包まれる。

 ヴィサルティスは「へぇ」と感嘆の声を漏らした。

「クルーズ中にトラブルに見舞われたトラット令嬢をトルエノ辺境伯が救出し熱愛関係に……っていう筋書きだったな。海賊船まで用意するなんて、見事な手際だ」

 紙ナプキンで口元を拭いながら、こともなげにロアーナは言う。

「そのようなものは手配していません。私がしたのは、この船員たちをお金その他で抱き込むことぐらいですわ」

「つまり、奴らは想定漢そうていガイですね!」

 ロアーナとヴィサルティスだけに聞こえるようにシェナが言い、ロアーナはこっくりと頷く。

「……シャレを言ってる場合か!」


 アースクレイル を伴って甲板に出ると、海賊船は接舷用の小舟3隻を下ろしたところだった。数はおよそ20人。海賊船の規模としてはこんなものだろう。あまり大人数だと、取り締まりが厳しくなり、海賊業も困難になると聞く。

 ヴィサルティスは身分を明かし、船員に救命ボートを1隻準備するよう依頼する。そして、アースクレイルに船員たちを指揮して客船を守るよう指示した。腰に剣があることを確認し、ボートに飛び降りる。

 手すりに掴まって見下ろすロアーナを見上げ、ウィンクを送った。

「よーく見てな。今度は、俺が君に、俺の価値を証明しよう」


 トルエノ辺境伯は、五光湖にある神の島を巡って戦ってきた家門。水上の戦いをためらう理由はどこにもない。

 ヴィサルティスは慣れた手つきでボートを漕ぎ、最も近くにいた海賊の小舟に乗り移ると、一気に4人を、まとめて海に蹴り落した。残る小舟はアースクレイルに任せることにし、本船へと乗り込む。


 もつれた茶髪の、大きな赤いバンダナを額に巻いた男が、5人の手下たちとともに威嚇してきた。

「キサマァ! 俺たちを天下のバルザス海賊団と知っての狼藉か!」

 ヴィサルティスは記憶をたぐったが、少なくともヴィッターリス王国の新聞記事を賑わせるような大海賊ではなかったはずである。他国では有名なのかもしれないが。

「いや、たぶん知らない」

 と答えると、意外と若そうなバンダナの船長は、顔を真っ赤にして怒った。

「なんて物分かりの悪いヤツだ! 海賊を見たら、まずは震えあがって悲鳴を上げるのが礼儀だぞ」

「……いや、そんな礼儀は知らん」


 あまり強そうな相手ではないな、と判断した。

 このくだらないやり取りの間に数発は発砲できそうなものなのに、ヴィサルティスを取り囲んで銃剣を向ける以上のことはしてこない。

(こっちから仕掛けるか)


 ヴィサルティスは剣を抜くと、正面に進むと見せかけて、まず左にいる赤髭の男の剣を叩き落とした。その勢いで隣に立つ小太りの男に体当たりし、取り落とした銃を、船の外側まで蹴り飛ばす。


 ――パアァン!


 銃声が響く。船長の動きを横目で確認していたヴィサルティスは、三人目の男の陰に隠れ、銃弾をやり過ごす。


「ぎゃあぁ! ちょいと船長、あたいの胸を撃つなんてひどいじゃないか。へこんだらどうしてくれるんだい!」

「うるせぇ! お前の胸に需要なんざねぇ!」

「はぁ!? ふざけんな、ふたりの息子を育てたあたいの胸に需要がねぇだと!?」

 男だと思っていた女海賊が、バンダナの船長に掴みかかって行く。


(撃たれたんじゃないのか? というか、おっかない姉さんだ)

 呆れているヴィサルティスの前に立ちふさがる、ふたりの若い海賊たち。ひとりは青いつば広の帽子をかぶり、もう片方は青いバンダナで頭部を覆っている。とてもよく似た顔立ちなので、兄弟なのかもしれないと感じた。

 帽子の男が意気込んで剣を向ける。

「へい、貴族の兄ちゃん。こっからは俺たちが相手してやるぜ!」

 バンダナの男は熱意が少ない。

「可能ならお前ひとりでやってくれ」

 そう言いながら、たぶんこの男の構えが最も隙がない。両手に一本ずつの短剣を握っている。


 当然のことながら、一対一よりも、複数相手に立ち回る方が危険は増す。手ごたえを感じなかったため、バンダナ船長はじめ三人の海賊たちにも、大したけがは負わせていない。戦闘に参加することは可能だろう。

 だが、この程度の人数差で怯むようなら『戦神の申し子』などという大層な二つ名で呼ばれることはない。


 ヴィサルティスは、にやりと不敵に微笑み、

「そうか、戦いたくないヤツは、戦わなくていいぞ」

と、青バンダナに語りかけながら、視線すら寄越さずにつば広帽子を切りつけた。彼の剣が折れる。


 青バンダナが反撃するより早く、後ろからやってくる何か。

 避けると、それは剣だった。最初に剣を交えた、赤髭の男が猛然と切りかかって来る。そこへ青バンダナも加わる。


 ヴィサルティスは、赤髭の剣を叩き折った。次いで手を守るガードで、思い切り顎を殴り飛ばす。

 赤髭が倒れるより前に、短剣を繰り出す青バンダナ。

 ヴィサルティスは一歩引いて躱し、剣の柄で、相手の腹を殴る。どちらかというと小柄な青いバンダナは吹っ飛ばされた。


「チクショー、弟のかたき!」

「いや、殺してやるなよ」

 復活したつば広帽子の雑な剣筋を受けると、体格差を利用して追い詰め、船の上から突き落とした。


「うあぁぁ! 弟よ、俺のかたきを取ってくれ!」

(この海賊たちは、ないか叫ばないと戦えないんだろうか)

 冬の海だが、まぁ相手は海賊だ。すぐ拾ってやれば死なないだろう。


 ヴィサルティスは、青バンダナに剣先を向けた。

「さぁ、愛する兄は海に落ちたぞ。降伏するなら、助けに行くのを許してやろう」

 青バンダナは、無気力な様子で、短剣を捨てた。

「べつに愛してないし、助けなくても勝手に戻って来るだろうけど、降伏するよ」

「え、そんな簡単にいいのか?」

 自分から言い出したことなのに驚いたヴィサルティスだが、次のセリフに納得した。

「船長は奥さんとちちくりあってるし、副船長はやられたし。モっさん銃以外使えないし。勝ち目なさそうなのに、働きたくない」

 どうやら、赤髭の男が副船長、銃を奪われた小太りの男がモっさんらしい。そして驚くべきことに、勇ましい女海賊は船長の妻だという。


 ヴィサルティスは、ちらりとロアーナたちの乗っている客船を見た。

 客船の横に2隻の小舟があるが、網をかけられた上から、船員や乗客たちがなんやかんやと物を投げ落としており、海賊たちは自分の頭を守ってわーわーわめいている。


 ヴィサルティスは、剣を収めた。

「お前たち、海賊やめて、海賊風の移動劇団でも始めるほうが向いているぞ」


「実は、俺もそう思ってた。

 船長、奥さん。いい加減にして、貴族の兄さんにへいこら頭下げてよ」

 青バンダナに呼びかけられて初めて、仲間が全員やられたことに気付いたらしい赤バンダナ船長が「俺たちの海賊デビューが何故こんなことに!?」と頭を抱えているのを見て、とどめを刺す価値はないと心底げんなりするヴィサルティスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る