そらの、むこうへ。

夜塩

#00 そらの、むこうへ。(プロローグ)

 青い空が、どこまでも続いている。

 眼下には、白い雲と、真っ青な海。

 氷のように冷たい空気が、身体に沿って流れ、尻尾に向けて収束していくのを感じる。

 収束した空気は、尻尾に沿って放出される。

 僕は、首元につけた、推進機関を意識した。

 空気の流れが速くなり、僕は加速する。

 噴射される空気の反作用によって、加速しているのだ。

 胴に取り付けた機械翼が、僕を更なる高度へと誘う。

 そうして、僕は、冷たい空気の中を切り裂いてゆく。

 青い空の、その先へ。

『いっしょにいこう。そらの、むこうへ』

 不意に、懐かしい声が、心の中で響く。

 ……苦しい。

 そのとき、耳元につけた通信機器を通して連絡が入った。

『こちら、早期警戒部隊、音響索敵班「コウモリ」のウルシ。蝙蝠式音波探索によれば、間も無く会敵あり。注意されたし。進行方向は依然として東、方角4.1。規模は10から12匹と推定される」

 来たか。この規模であれば問題ない。

 僕は気持ちを切り替えると、通信機器を意識する。

「周回打撃部隊、隠密班「タヌキ」のクロ。了解した。敵情報を入手後、撃墜する」

 僕は高度を維持したまま、周囲の気配を探る。

 100拍を数える頃、気配に変化を感じ取った。

 その方向に目を向けると、敵がいた。

 簡易翼をつけた、蜥蜴型飛行爬虫類である。数は12。

 彼らもまた、尻尾に沿って空気を噴射し、その反作用で飛んでいる。

 体の表面と周りの空気が、うっすらと緑色に光っているが、これがこの飛行技術の特徴でもある。ちなみに僕の方は、青い光を放っている。

 僕は改めて敵の方を見た。

 敵の高度は低かったが、真正面から向き合っている形なので、このままだとやりにくい。僕は少し高度を上げると、大回りして敵の背後につけた。

 本来なら目視により発見されてしまうような距離を飛んでいるのだが、そこは僕の種族としての特性、すなわち意識迷彩により、敵には認知されていない。

 敵を射程範囲内に十分収めるような距離まで迫ると、僕は精神干渉を開始した。

 敵の感じている世界を偽物にすり替えるとともに、意識や記憶を読み取る。

 情報がいくつか、僕の中に展開された。

 犯罪者。片道分の推進用結晶。発進基地は敵大陸の沿岸部。到達に成功した場合、哺乳類を虐殺してよい。略奪も許可する。……取り出せたのは、それだけだ。

 おそらくは、口減らし。ついでに、少しでも打撃を与えられれば幸運……そんなところだろう。いつもの敵だ。

 僕は、機械翼に装備した射撃機関を起動する。

 装填は地上に降りなければできないという面倒な代物だが、現在込めてある弾は20発。問題はない。

 意識干渉を維持したまま、まずは少し離れた1匹。

 強力な反動。弾は正確に命中し、その1匹は、いくつかの破片になって落下する。

 残りの敵は、見向きもしない。意識を乗っ取られているので、認識していないのだ。何事もなく、飛び続けていると、思い込んでいる。

 1匹ずつ、僕は撃った。

 敵は次々に墜落し、あっという間に、僕の目の前から敵は消えてしまった。

 地味な戦い方だが、これが僕ら狸のやり方である。確殺に持ち込めるので、撃墜対被撃墜比は極めて良いのだ。

 最後の残骸が海に墜ちたのを見届けてから、意識干渉を解き、通常の意識迷彩のみの展開に戻すと、僕は再び回線を開く。

「こちら周回打撃部隊、隠密班「タヌキ」のクロ。件の敵を全て撃墜した。敵は「口減らし」と判明。残弾4、補給を希望する」

『こちら早期警戒部隊、音響探索班「コウモリ」のウルシ。了解。交代要員を確保次第、連絡する』

 僕は通常の周回経路に復帰しながら、空を見上げた。

 こうして敵の侵入を防ぎ続けていられるのは、あの仔のおかげだ。

 思い出すのは、彼の口癖。

『いっしょにいこう。そらの、むこうへ』

 懐かしく、そして苦しみをもたらす声。

 一緒に行くんじゃ、なかったのかい?

 そんな言葉が頭をめぐるが、すぐに振り払う。とにかく、帰投するまでは敵を警戒し続けなければならないのだ。

 あのとき、気付くことが、できていたならば。あるいは止められたのだろうか?

 通常の周回経路に復帰してからは、どうしてもそんな思考が頭を満たす。とても苦しい時間だが、僕は逃れることができない。

 あの時、一緒に行っていたなら、あるいは、どうなっていただろう?

 この苦しみから逃れるには、戦うしかない。僕が最前線での勤務を望むのは、戦いによって思考を上書きするためなのかもしれない。

 あのとき、あのとき……。

 青い空が、どこまでも、続いている。

 彼の消えていった、あの青い空が、どこまでも。

 僕も行きたかった。

「そらの、むこうへ」

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