#01 しろぎつね
空が赤い。
曇り空で、それも深夜だというのに。
かろうじて生き残った狐たちは、炎上する街に照らされた夜空を見上げながら、呆けていた。
街の半分以上が火の海になり、渦巻く炎が天に向けていくつも立ち上がっている。
本来なら急いで避難しなければ、いずれ死んでしまうのに、彼らは一様に動けなかった。
自分自身が生きていることを、理解できていなかったのだ。
飛行する爬虫類の軍勢が、大陸西岸部への攻撃を開始して32年余り。攻撃対象にされた街のほぼ全てが、灰と化した。無論、住民も皆殺しである。
哺乳類たちは団結して防衛軍を組織し、地表にある敵の拠点を攻撃して対抗したが、空を手に入れた爬虫類たちには敵わなかった。
都市がひとつ、またひとつと消されてゆき、哺乳類たちは東の果てに追いやられていった。他の都市、他の種族との連絡も次第につかなくなり、諦めの雰囲気が哺乳類たちを覆いつつあった。
空襲を知らせる合図が聞こえたときには、皆、死ぬことを覚悟していた。というよりも、ついに自分たちの番が来たのだと、むしろ諦めを通り越して穏やかな心持ちになっていた者さえ多かった。
狐たちにとって、この都市は事実最後の都市だった。この先に、逃げる場所などない。
飛行爬虫類たちは、緑色に輝く点となって夜空に現れた。そう、彼らは飛ぶ時、緑色の光を放つのだ。そして、街が焼かれ始めた。
緑の点が上空を通過して、風切り音がして、炸裂音がして、建物が、畑が、狐たちが、燃え上がる。
高密度の爆撃に晒された区画は、余すことなく火の海であったし、住民のほとんどは、逃げるまもなく殺された。
狐たちの最終都市、クズノハ市は、まさに今日、滅びるはずだったのである。
初手の爆撃による被害を受けていない残りの区画も、次の爆撃隊が来れば、同じ姿になる。
住民を逃がさないため、飛行爬虫類はほとんど間を空けずに第二波攻撃を開始する。
これまでに攻撃された都市はいずれも、その第二波攻撃の際に徹底的に焼き尽くされ、残っていた住民全てが死滅している。
だから、今回も、第一波攻撃の生き残りは、結局のところ、みんなそろって葬られるはずだった。
……そのはずだった。
だが、結果から言えば、それは起こらなかった。
第二波攻撃は来なかった。
いや、正しくは。街の上空には現れたのだが、ほとんど何もできなかったのだ。
数発、爆撃した。しかしその直後。皆、墜落してしまったのだ。
緑色の光は、第一波攻撃よりも、はるかに多かった。だからみな絶望した。諦めたのだ。
しかし、その光が次々に消えていく。
その光景が信じられなくて、狐たちは動くことすらできなくなっていたのだった。
彼らが見たのは、青く輝く小さな点が、赤く照らされた雲を背景に飛び回り、通った場所から悲鳴が聞こえ、緑の輝点が消えて、そして爬虫類の残骸が落ちてくるという光景だった。
これまでは災害のようにしか感じられなかった相手が、ゴミのように散らばっている有様は、容易には信じられないものだった。
しかし、実際に第二波攻撃は防がれ、狐たちは生き残った。
次第に、彼らは理解しはじめた。
飛行爬虫類は、倒すことができる。
倒せるんだ!
クズノハ市防衛戦とのちに呼ばれるこの日の出来事は、全哺乳類を決起させ、2年に及ぶ大陸奪還戦争の幕開けとなった。
そして、この日はまた、哺乳類たちの歴史において、英雄という存在が初めて出現した日ともなった。
この防衛戦を成功に導いた……というよりただ一頭で全ての敵を薙ぎ払った英雄の名は、シロ。
まだ幼さの残る、白狐の少年だった。
◆◆◆◆◆
僕の名はクロ。
狸の生き残りで、狸の最終都市であるチャガマ市の住民だが、今回は訳あって狐たちの最終都市、クズノハ市に来ている。
どちらも山間の街であり、また互いを繋ぐ街道のようなものも整備されていないので、辿り着くこと自体が既にかなり大変だった。
とある装備を輸送するため、小型の荷車を引いてきたのだが、荷車である恩恵をあまり受けられなかった感じもする。標高差もあり、時には崖のような場所さえ越えねばならなかったのだから。……だが、もう良いのだ。なんにしても、到着したのでよしとするべきである。
話を戻す。
今回、ここに来た訳というのは、飛行爬虫類軍団を葬る手段の調査である。
もちろん、狸側においても、爬虫類どもに対する攻撃方法は検討しているし、一定の効果をあげられる手段であれば、すでに開発済みである。
しかし問題がある。その手段というのは、一定の条件下でしか使うことができず、また、根本的な解決をもたらすには不十分であるのだ。
敵内部で「事故」を起こすことにより、混乱させ、判断を鈍らせ、やる気を削ぎ、侵攻速度を抑える。というのが、僕ら狸の陣営がやっていることである。
狸の意識干渉技術を用いて、敵の中に紛れて機を伺い、事故を引き起こす。具体的な手段は2つほどあったが、いずれも本質はそこであった。
不十分とは言っても、一定の効果はあるため、敵前線基地やチャガマ市周辺の広範囲に、仲間たちが潜んで機を伺っている。
この手段の副産物として、敵側の情報もかなりの精度で得られているので、不意打ちで都市を攻撃される心配も、今のところはない。
しかし、都市への攻撃が来るのが時間の問題であることに変わりはない。なにしろ敵は「空」を手に入れているのだ。その圧倒的な技術的優位は、埋めようがないのだった。
だから、都市そのものが攻撃された際……つまり絶望的な状況に追い詰められた状況から、一発逆転、敵を葬り去り、それ以降一度も侵攻を許していないという、この狐たちの防衛手段がどんなものであるのかは、大いに気になるのだった。
僕は、狐の一頭に案内されて、木造の古めかしい住居群の間を歩いている。僕の背後では、ボロボロになった荷車が悲鳴を上げ、その車輪は時々引っかかってひどく抵抗が増える。荷車である意味をほとんど発揮できていないが、もう良いのだ。時折すれ違う狐たちに心配そうな顔をされたりするが、気にしなくて良いのである。
辺りを観察していると、時折、建物の合間から、爆撃にさらされた街が見えるのに気づいた。
大きな通りと交差したのでその先を見てみると、地獄のような光景が広がっていた。
川が流れているようなのだが、川を挟んで向こう側の街は全て焼け落ち、手前側が残ったという感じだろうか。真っ黒に焼け落ちた、もはや平地と化したものが、川の向こう側に広がっていた。
空は曇っていて、山間部なのもあって、雲は低く垂れ込めている。灰色の空に、黒い大地。あの地でたくさんの住民が亡くなったはず。気分が落ちてくるが、そんな気持ちになるためにここにきたのではない。重要なのは、なぜこの街が残ったかということだ。
普通に考えればこの状況まで追い込まれながら反撃して、敵を撃退するというのはいまいち実感が湧かない。
こんなふうになった街を、僕は見たことがある。かつて僕の住んでいたカチカチ市がそうだった。
あの街は、一晩で全て燃やし尽くされてしまった。脱出しながら、振り返ったときの、あの燃え盛る空を、そして、翌日になって遠くから見たあの真っ黒な大地を、忘れることは、ないだろう。
怒りが湧き上がりそうになって、目を瞑る。息をゆっくりと吐きながら、感情を鎮めた。
いまここで怒りを抱いても、意味はない。
僕は、案内してくれている狐の方に目をやる。
彼女はアザミと名乗った。名の通り赤紫色の毛並みをした美しい女性であったが、表情に陰りがある。そして彼女は、後ろ脚を引きずりながら歩いていた。
もちろん、無理しないようにと、声はかけた。しかし彼女は、僕の歩きやすい速度を維持しながら、進み続けてくれている。声をかけた時教えてくれたのだが、彼女は先日の爆撃を受けて負傷したとのことだ。
表面上は笑顔さえ浮かべていたが、その目の奥に、煮えたぎる怒りが渦巻いているのを、僕は感じ取った。
去年くらいに近所に越してきた狸のおばさんが、こんな目をしていた気がする。旦那さんとお子さんを殺されたらしいと、一緒に逃げてきた狸たちから聞いた。
あるいは、この狐もまた、大切な誰かを奪われてしまったのかもしれない。
「こちらで、少しお待ちください」
不意に声をかけられてビクッとする。気づけば、横長の庁舎のような建物の前にいた。
庁舎と思しき建物の前は広場になっており、細かな砂を敷き詰めた、脚に優しい舗装となっていた。
……砂の盛り方に少しムラがあるような気もするが、理由はよくわからない。整備が行き届かないということだろうか。
アザミは、建物の中に入っていく……が、僕はここで待てと言われたので動くわけにはいかない。
なぜかは気になるが、出てくるのを待つしかないだろう。
荷車を開放し、僕は軽く伸びをする。それから建物の入り口から少し離れて、建物全体を見てみる。
2階建てで、1階層の高さは僕の体長の5倍くらいあるだろうか。よくある、背伸びしないと、いろんなものに前脚の届かない規格だ。
机の上は見えないし、椅子と呼ばれるものも大変高い。壁には掲示板と呼ばれるものが付いていたりもするが、普通には届かないし、視線よりずっと高い位置にあるので滅多に使われない。
この規格に合った生き物っているのだろうかと思いつつ、この規格の建物はカチカチ市やチャガマ市にもあったので、かつては対応する生物が存在したということかもしれない。
なんか、そんな生き物に関する伝説とかもあったな……。
ふと気配を感じて視線を上にやると、アザミは、いつの間にやら建物の上…‥屋上にいた。彼女が何かをすると、青い旗が掲げられる。
すると、彼女から声がかかった。
「少し危ないですので、庁舎にもう少し近づいてください。……はい、そのあたりで大丈夫です。まもなく現れると思います」
彼女が言い終わるのとほとんど同時に、たくさんの気配が現れたのを感じた。
驚いたのは、その気配のする方向だった。
なんと、上空だったのだ!
気配のする方を見上げると、灰色の雲を背景に、青い光の点がいくつも見えていた。まさか、あの光の点が狐たちだというのだろうか。
あれはなんだろう。飛行爬虫類どもが飛行する時は、緑色の光を発していたように思うが、もしや……。
すると、光の点のうちのひとつが、ものすごい速度で迫ってくる。
「えっ、速……」
あっという間に光が目の前まで迫り、猛烈な風が吹き荒れる。思わず目を瞑ってしまった。
「アザミおねえちゃん! どうしたの?」
なにやら、可愛らしい声が聞こえる。
目を開けると、砂塵の中に、小さな影がいた。……仔狐だ。真っ白な毛並みをした、まだ幼い仔狐だった。この仔はいったい?
「シロ、お客様よ。チャガマ市から、代表の方がいらっしゃったの。ちょっと待ってて、そちらに行くわ」
アザミが建物の中に戻ろうとすると、再び強い風が巻き起こる。
「アザミおねえちゃんは、むりしないで!」
シロと呼ばれた小狐の声が、上から聞こえる。ほとんど一瞬で、建物の屋上に、移動していたらしい。
直後、アザミのお腹の下に入り込んで持ち上げながら空を飛ぶ仔狐が、僕の真上を通過した。先ほどとは違い、ゆっくりと降下してくる。
ようやく、仔狐の姿をちゃんとみることができた。……この技術、やはり。
彼の首元から青白い光が広がり、体全体をうっすらと覆っている。尻尾の周りは、その光が特に強く、濃くなっているように見えた。
仔狐は、尻尾をまっすぐ、真下に向けている。尻尾に沿って、強い風が起きているようだ。狐2頭分の重さに打ち勝つほどの風だ。地面にぶつかった空気が、周囲に向かって広がり、僕の毛並みをめちゃめちゃにしているのを感じる。
数秒かけて、子狐は、地面に降下した。
僕の姿が見えていなかったのか、それとも単に配慮できない感じなのかはよくわからないが、いずれにしても僕は仔狐の、その行為を気にしてはいなかった。
そうだ。これが、この技術こそが、答えだったのだ!
彼らは、本当の意味で、空を手に入れていたのだ!
全身の毛が、逆立っている気がする。叫び出したい気持ちだったが、それさえできない。身動きが取れないのだ。
それほどの衝撃だった。たった今見た光景が、頭の中で無限に繰り返されている。
あの技術そのものは、飛行爬虫類どもが使用している物と概ね同じはず。僕の幼い頃、その技術をどうにか複製しようと、哺乳類側でも頑張っていた、そんな記憶がある。
具体的に何が問題になっていたのかは忘れたが、課題を解決できず、技術の完成することはなかった。……と、思っていた。
しかし、目の前にいる仔狐は、少なくともその課題を解決して、そこにいるのだ。
「ごめんなさいー! どいてくださいー!!」
上空から、そんな声が聞こえてきた。
僕は、何を言われたのか理解できず、たぶん呆けた顔で、上を見た。
青白い光に包まれた狐たちが、降下してきている。
……が、様子がおかしい。
シロと呼ばれた仔狐と違って、なにやら不安定な様子だ。
右へ左へ、上へ下へとふらつきながら、結構な速度で突っ込んでくる。
「え、ちょ、まって!?」
直後、僕の周囲は砂煙で満たされた。多分、何頭かの狐とは衝突したような気もする。
しばらくの間、叫び声やら悲鳴やらがあたりを満たしていたが、最終的に、うめき声だけになる。
「もう。みんな、だいじょうぶ?」
上空から、仔狐の声がする。
いつのまにか飛び上がっていた仔狐が、上から僕らを見下ろしている。
……前言撤回。
たぶん、空を手に入れていたのは、「彼ら」ではなく、「この仔狐ただ一頭だけ」だったのだ。
「クロさん、はじめまして。そしてごめんなさい、すなまみれにしてしまって」
庁舎と思しき建物の中に移動し、やっぱり存在した妙に高い椅子の上に登って、僕は狐たちの戦闘部隊……防空隊と言うらしいが、彼らの代表と会談を開いていた。
さっきの衝突事故であちこちがジンジンと痛むが、彼は気づいていないようなので、黙っておく。
「いえ、お気になさらず。シロさん」
僕は少年に笑顔を向けた。
……そう、可愛らしい声と外見をした、シロという名の仔狐は、男の仔だった。
アザミが、会見の始まる時に、教えてくれたのだ。よく間違えられるのであらかじめお伝えしておきますが、と前置きをして。
そのアザミは、シロの隣に座っている。彼女自身が戦闘をするわけではないようだが、防空隊の管理を引き受けているらしい。
「ぼく、たぬきさんにお会いするのは、はじめてです。ようこそ、クズノハへ。これからも、よろしくおねがいします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。この度は、ご連絡もせず勝手に押しかけてしまい、申し訳ありません。遣いを出す時間さえも惜しかったため、私が直接赴きました」
シロは、まだ幼いだろうに、丁寧な挨拶をしてくれた。僕が返答すると、今度はアザミが口を開く。
「改めまして、クロさん、この度は、遠いところ、ご足労いただきありがとうございます。今日はゆっくりおやすみいただき……と申し上げたいところでございますが、急ぎのご用件があるのでしたね。お伺いしてもよろしいですか?」
アザミが落ち着いた調子で話す。
そう。もともと急ぎの用ではあったのだが、先の光景を見て、ますますもって急がねばならなくなったのだ。
僕は座り直すと、シロとアザミの目を順に見て、口を開ける。
「ご丁寧に、ありがとうございます。早速ですが、狸の代表として、我々の現状についてお話ししたいと思います」
僕ら狸たちは、最終都市チャガマまで追い詰められていた……そのあたりは狐たちとだいたい同じだ。
現状、都市そのものの場所は発見されていない。今のところは、だが。
そして、直接的な成果としては限定的ではあるが、敵飛行爬虫類を近づけさせない妨害工作を行なっている。
この辺りの大まかな話は、さすがに狐たちも把握していたようで、ふたりともうんうんと頷きながら聴いてくれている。
ただ、具体的な方法については把握していなかったようで、僕はその解説を始める。
「妨害工作の方法は主にふたつ。ひとつは、敵の内部に潜んで、情報を盗みつつ、時折事故を起こして撹乱する方法。僕ら狸は、かなりの長時間、敵に自身の存在を誤認させ続けることができます。そのため、敵の拠点に数日単位で潜り込んで仕事をすることも多いですね。……ただ、このやり方は、あくまでも、都市が発見されるまでの間しか、効果を発揮できません。都市が発見され、情報が伝播して仕舞えば、あとは焼き尽くされるのみです。……そしてもうひとつの方法というのが……今回お話を急いだ理由でもあるのですが……空を飛んで敵に紛れ込む、という方法です」
ここで話を区切る。シロもアザミも、興味を持ってくれた様子。僕は再び口を開く。
「僕らには、あなた方のような、自由に空を飛ぶ技術はありません。そのため、限定的な自由をもたらす、翼を作ったのです」
僕は、壊れた荷車に駆け寄り、幌を外す。
そこには、僕ら狸の秘蔵技術、機械翼が入っていた。
布でできた筒と、帯や紐が何本か。そして、そこに括り付けられた、展張式の機械翼。
機械翼などと格好付けはしたが、ほとんどが木と竹、そして布で作られた、極めて簡易的なものである。次世代型も開発中だが、持ち運びには難があるので、あえて従来型を持ってきたのだ。
僕は布の筒に体を潜り込ませると、帯や紐を締めて、機械翼を背中に固定する。紐を順番に引いていくと、尾翼のついた骨格が後方へと伸び、続いて大きな主翼が展開する。
シロとアザミは、大きく目を見開き、それから、僕の元に駆け寄ってくる。
「クロさん、これはまさか……これを急ぎで、と言うのは、!」
アザミは焦っているのか、言葉をうまく紡げていない。
一方のシロは、機械翼の骨格を慎重に触りながら、興奮した様子で、一言、叫んだ。
「これで、みんなも、たたかえる!」
そう、僕がこれを急いで見せたのは、狐たちの抱える問題に気づいたからだった。
彼らは、おそらく、空を飛ぶための推進力を獲得したのだ。
しかし、制御が難しい。
先の様子を見る限り、制御に成功しているのは、いま目の前にいる仔狐、シロただ一頭だけなのだ。他の狐たちは、おそらくは、かろうじて飛ぶことができている程度である。
最初、彼らの気配が感じられなかったのは、狐たちの意識干渉技術によるものだろう。
彼らの意識干渉は、あまり長時間はもたない。加えて、気配を消す以外の能力は、いわゆる色仕掛けを除けばそれほど優秀とは言えない。
それらから予想されるのは、彼らが、いわゆる待ち伏せ作戦をとっていると言うことだ。敵の通過する空域で空中停止し、ひたすら待つ。敵の接近を察知すると気配を消す。そして、確実に攻撃できる状況になったところで、仕掛ける。
しかし、彼らの練度を見る限り、それさえもまともに機能しているとは思えない。現状、戦力と言えるのは、シロだけなのだ。
その予想は、先ほどのシロの発言により確信に変わった。
やはり、シロ以外は、攻撃に参加できる状況にないのだ。
だからこそ、この技術は、彼らに革新をもたらす。
そして、おそらく、僕ら狸は、この技術を提供する見返りに、彼らの推進機関を、手に入れることができる。そうすれば、都市の安全は間違いなく確保できるだろう。いや、それどころか。
「これで……これで……やっと、あいつらを、ころしつくせる!」
シロが、興奮して叫ぶ。
そうだ。この二つの技術が組み合わされば、都市防衛どころか、やつらを全滅するまで追い回すことさえ、可能となるだろう。
シロが不意に放ち始めた凄まじい殺意に少し戸惑ったが、彼こそがこの都市を守り続けている唯一の戦士なのだから、当然だった。
僕もまた、やつらに対する殺意だけなら負けているつもりはない。
「これは、大変なことになりましたね……。推進装置と、機械翼。これで、奴らに、ようやく……」
ようやく言葉を紡げるようになったアザミは、次第に声を低くしていく。だんだんと、殺意が、溢れてくる。
皆、やつらに対する怒りと憎しみで満たされているのだ。
一般的な、いわゆる取引など、この場において意味がないのだと、全員が暗黙のうちに理解した。
互いに頷き、部屋の扉に向かった。
これから、互いに技術を開示、交換して、哺乳類初の、航空殺戮部隊を作り上げるのだ。そして、飛行爬虫類軍団をこの大空から掃討し……ふぐっ!?
僕は悶絶した。
シロとアザミが振り向く。
僕は、自分の体が急速に発熱しているのに気づいた。
そう、体が発熱しているだけなんだ。決して、決して、閉じ忘れた機械翼が引っかかって、出入り口を通り抜けられなかったわけでは……。
「へやのなかでは、とじていたほうが、いいんだね!」
「うぐっ」
僕はもう一回悶絶した。
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