死にたがり執行官の暗躍録〜断罪組織の裏切り者を1人で追った男が生前に解き明かした真実とその記録〜

なけなしの氷堂

第1話 死にたがり

ブラックローズの花には二つの相反する花言葉がある。

 一つは『独占』一つは『愛』

 混濁する意思は花弁から零れ落ち、引かれ合った二人に溶け込んだ。


「覚悟のある奴はいないのか!! この腑抜けどもが!!」

 夜風吹き荒れる甲板に、張りのある女の声が響いた。

 上は三日月、下は雲海。上空五千メートルに浮かぶ鋼鉄の飛空艇の端に、シルクハットを被った数十人の黒衣が整列している。

 その前で、細剣を持った黒軍服の女が規則的なヒールの音を鳴らす。

「先陣を切るのがそんなに恐ろしいか!? 貴様らそれでも執行候補官か!?」

 細剣の切っ先が「ガギンッ!」と甲板を打つ。その音に同調したように、黒衣の数人がブルりと身体を揺らした。氷点下を遥かに下回った気温に震えたのではないだろう。

 ショートの灰色髪を片耳に掛けた女は、切っ先を黒衣――執行候補官の面々に向ける。

「ミッションを完遂するどころか戦地へ赴くこともできない執行官など我が『天魔機関』には不要! 飯を食う価値もない蛆虫だ! さぁ誰が行く!? 我こそはというものは前に――!」

「僕が行きます」

 整列の中で一つだけ上がった手のひら。彼は冷たい甲板を蹴り、前に出た。

「また貴様か――死にたがり」

 舌打ちをするように吐き捨てた女はその男に近寄る。

 正装の黒いコートに獣毛のフード。首元でなびくクラバットは月夜に煌めいて見える。夜闇を投影したような藍色髪に空色の瞳。

 若干幼さの残った十七歳の面が上がった。

「今回はいつもとは違うぞ? 悪運の強い貴様でも生きて帰れる可能性は極めて低い地獄だ。まぁ、死にたくて仕方がない貴様にとっては天国のような場所かもしれんが」

「自分は死にたいわけではありません、教官。すべては天魔の示す法と秩序のために」

 無機質な言葉に、教官は「ふんっ」と鼻を鳴らすと、男の正面に立った。

「海洋開発企業メガロスワークスの原油切削フロートにおいて、大量殺戮兵器の密造が発覚した。我々のミッションは正務執行官の着陸補助とその援護、そして当兵器の製造を完全に停止させて来ると共に製造のデータを持ち帰ることだ」

「ファイルには目を通してあります」

 甲板の縁に立った男、眼下には乱層雲が渦巻いている。

「下は雷雨だ。穴に飛び込む前に雷に撃たれるやもしれん。本隊からの砲撃もすでに始まっている。巻き込まれない保証もない。それでも行くか?」

「それが任務ですから」

 夜風に呟くと、男はシルクハットを取り、風よけのサングラスを掛けた。コートをバサバサと整え、準備に入る。

 女教官はシルクハットを受け取ると手をかざした。

「下は全員゙執行対象゙だ。遠慮はいらない。誰がいても、こいつで眉間をぶち抜いてやれ」

「――地獄へ通じる棺の蓋はすでに開いている――」

 次の瞬間、男の両手の上で黒い粒子が巻き起こった。星々のように瞬いたそれは徐々にとある形を形成し、重量を持たせてゆく。

 そして重厚な物体が顕現した。

それは銃。魔石が埋め込まれた禍々しい二頭一対の双銃。

 神罰執行兵装 神槍 その自動銃式。

 選ばれた者のみに使用を許された、神の名を持つ兵器が男に握られる。

「貴様の命よりも価値のあるものだ。死んでも持ち帰れ」

 背後の整列の中から舌打ちや歯噛みする雑音が聞こえる。

 気にも留めない男は慣れた手つきで銃巣を確認、感触を確かめ、セーフティーを外した。

「――了解。これより執行任務、作戦名『穴掘り(フォールシェーブ)作戦』に参入します」

「下では暇がない。ここで三女神宣告を」

「はっ」と答えた男はすぅと息を吸い込み月夜に向け告げた。

「――女神アルテミスの大地にて宣告する。違法兵器開発とその他諸々の罪により大罪人は女神ヘスティアの定めし法に反した。よって女神アテナに代わり、我々執行官が神託の黒骸を以て断罪執行する」

「カグラ=フルグラム、出撃します」

 風に身を任せ、彼は空中へ飛び込んだ。

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