第2話 黒式

絹のコートが千切れてしまいそうなほど猛烈な風圧を受けながら、カグラは急降下する。

 暗い雲海が目前に迫る。

 身構えた身体が一瞬にして豪雨に包まれた。ずぶ濡れになった彼の周囲でゴロゴロと雷が鳴るが、臆することなくただ雨粒を切り、そして暗雲を突き抜けた。

 目に入った光景に息を呑む。

「本当に地獄だな……」

 荒れ狂う海の真ん中に建設された鋼の砦とその中心部に空いた大穴。そこに降り注ぐ落雷と爆撃。施設の周りに浮かんだ帆船からの砲撃が辺りを吹き飛ばしていた。

 鉄屑と稲妻が仲良くサーカスでも開いているようである。

「こちらL21。目標施設を視認。これより滑空に入ります」

 頬の無線機に返事の返ってこない連絡を済ませ、コートの中に手を忍ばせると一本の紐を引いた。すると袖と股下に薄い生地が張り、コートはウイニングスーツへと早変わりする。

 出鱈目な風と雨の中、器用に円を描いて滑空し目標地点である大穴――ギガフォールに眼を落とした。

 砲撃によりところどころから炎が上がっている。

「虎穴に入らずんば……か」

 飛んでくる鉄屑と爆風を越え一気に急降下、ギガフォールに到達しその内部の宙を舞う。

 小さな村ならすっぽりと入ってしまいそうなそこは、工場と言うより一つの要塞のようである。

「まだ本隊は侵入していない……着陸して誘導を……」

 その時だった。壁際に沿って飛んでいた彼に向け、弾幕の銃撃が放たれたのだ。

「撃て撃て!! ハエ一匹入れさせるな!!」

 眼を向けるといくつもの銃口が火を噴いている。銃を持つのは逃げ場を失って錯乱状態に陥ったメガロスワークスの従業員たちである。

「ハエとは言ってくれるなぁ」

 距離を取り、上に下に避けて見せた。更なる攻撃が続く。

「ちくしょう!! 俺たちはただ従ってただけなのに、なんでこんな……!! 最悪の死神どもに眼ぇ付けられなきゃいけねぇんだよ!!」

「従っていたことが大問題なんだよ」

 泣き叫びながら乱射を繰り返す男たちに右腕を突き出した。

「神呪の螺鎖よ(チェーン)、降りられよ(オーダー)」

 静かに鳴った詠唱の直後、右腕の袖から三本の漆黒の鎖が放出された。しなったその鎖は竜爪のように男たちを薙ぎ払い、建物ごとバラバラに破壊した。

 執行官の名を冠した者にのみ与えられる神の力――【黒式】と呼ばれる特殊技のその初番。【黒鎖】を以て仇なす敵を粉砕する。

 次々に現れる敵を黒鎖により叩き伏せながら、底へ底へと滑空しそして一つのポイントに眼が止まった。

「重資材用のリフト……あそこが良さそうだ」

 ギガフォールを横断する形で走った大型リフト。着地スペースが確保できそうだ。しかしそれには邪魔がいる。

 舞いながら接近すると、リフトの上で銃を乱射する数人に向け黒鎖を振るい落とした。

「ぎゃああああ!!!」

 悲鳴を上げて落ちてゆく彼らを尻目に、一度クルリと回転して風圧を殺すと膝を着いて着地した。

「死神どもが……!! 人様の家ン中で好き放題してんじゃねぇよ!!」

 一際大きな巨漢が両手にマシンガンを構えている。どうやら他の従業員を盾に黒鎖を上手くやり過ごしたらしい。

「そんなジャラジャラした鎖なんかでこいつに勝てるかぁ!?!?」

 怒号と共に放たれた銃撃。しかしカグラは弾道を読み切り、狼の如くそれをかわして高速で男ににじり寄った。

 頭上から踵落とし一閃。顔を上げた男の眼前にあったものは鎖ではなかった。

 それは二つの銃口。女教官から手渡された歪な黒銃が構えられる。

「これなら勝てそうかな?」

「ま、待ってくれっ……! 執行官様、それだけは――!!」

「ごめんねおじさん。恨んでくれていいから」

 次の瞬間、二つの銃口は火を噴いた。

デコに風穴を二つ作った男。倒れた身体で頭上を見上げると黒い魔法陣が展開されていた。

「い……いやだ……」

 魔法陣から先程と同じような黒い鎖が這い出した。それは意思を持った触手のように、男に近付いてゆく。そして――。

「いやだあああああああああああ!!!!!!」

 巨漢は鎖に縛られ、魔法陣に引きずり込まれていった。

 男が向かった先は、他の死んで行ったものたちとは違う場所。

 罪人の終着点。

 憐れみを浮かべた瞳で魔法陣の消失を見守ったカグラは、再び無線機に指先を添えた。

「こちらL21。ギガフォール内部に侵入成功。これより潜入を開始します」

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