第14話 金持ち王子の初体験


「そこはそう、この熟語わかるかな?」


青波あおなみの声が聞こえる。

かいがピシャっと襖を閉めたので、中の様子はわからないが、どうやら順調に勉強しているようだ。

弟たちも部屋でゲームでも始めたのか、抑えめの声で話している声が聞こえる。


(平和な昼下がりだ。だけど・・・)


海二かいじのことを考えると、またため息がでる。

どうやって向き合えばいいのだろう。

本来は親が向き合うべきだが、母は亡くなっていないし、父はほとんど家には帰ってこない。

他の大人に相談したいが、下手に相談して児童相談所などから連絡が来たら厄介だ。

それに何より、こんなことを他人に話せる気がしない。

航平こうへいの顔が浮かぶが、さすがにこんな内容話したら優しい航平は大いに悩み、困らせるに違いない。

やはり自分が海二と向き合うしかなさそうだ。

相手の女の子の両親はどんな人だろう。

間違いなく怒られ、怒鳴られるだろうか。

そう考えるとまた気が重くなって、ため息が出た。


ピピピピ・・・

「もう3時か」

家庭教師終了時刻の3時のアラームが鳴って、弟たちがぞろぞろと「おやつ!」と出てきた。

おやつを用意していると、海と青波も出てきた。

「お疲れ様」

海に声をかけると「疲れてねぇよ」と言いながら、ひょいっとチョコパイをとると、青波に渡した。

「先生、どうぞ」

「これは・・・?」

不思議そうな顔をして青波はチョコパイを見ている。

「食べたことないの?」

思わず海が驚いて疑問を口にした。

「あぁ・・・こういったお菓子は食べたことないよ」

青波はそう言いながら、海に言われるがまま袋を開けて、チョコパイをかじった。

「美味しい・・・」

目を丸くしてチョコパイを見ている。

青波は大金持ちだ。こんなお菓子ではなく、パティシエが作ったケーキやクッキーを食べていたのだろう。

スーパーに売っているお菓子なんてしらないという感じだった。

「じゃあ、これも食べなよ」

海里かいりが勝手にお菓子の保管場所からポテチを持ってきて、青波に差し出した。

「これは?」

「ポテチだよ!俺の大好物」

「ほぉ・・・ポテチ」

おそるおそるポテチを口に運ぶ。

「・・・お、おいしい!」

「でしょー!」

海里は満足そうに笑った。

スナック菓子まで全く知らないとはどんな浮世離れした生活をしているんだと思っていると、海が青波の肩に優しく手を乗せた。

「先生、苦労してんだな」

海が優しい瞳で青波を見ている。

「海?」

海はどうやらお菓子も食べることができないほど、お金がない人なんだと判断したようだ。

お金持ちすぎてスナック菓子を食べたことないなんて想像もできなかったのだろう。

婚約について話したと言っていたから、青波が御曹司であることを知っていると思っていたので驚きだ。

「先生、ゲームしようぜ」

その後は弟たちに引っ張られてゲームのコントローラーを握らされている。

「ちょっと!先生と会話は・・・」

そう言ったが、もう弟たちの耳には届いていない。

世界的に有名なゲーム機器なのに、青波はこれも知らないようで、弟たちに色々指示されながら一生懸命に操作している。

頭脳明晰で高校ではかっこいいと評判なのに、今は弟たちのおもちゃになっている。

「ひゃー、わー、ああああ!」

青波は必死にコントローラーを振り回している。

何事も無難にこなすと思っていたから、なんだか可愛らしい。


「本当に楽しかったよ。また今度続きをさせてね」

青波がそういうと、弟たちが「もっと上手くならなきゃ相手にならないよ」と偉そうに返事をしている。

「先生にそんな言い方しないの」

「いいんです、ゲームに関してはみんなが僕の先生ですから」

そう言って笑顔でそう言った。

その笑顔がなんだか眩しくて、ドキッとしてしまった。

「じゃあ僕は帰ります。ではまた」

「送る」

私は海に弟たちを任せると、青波と家をでた。

「今日はありがとう」

「いえ、少し勉強を教えただけですし、初めてのお菓子は美味しかったですし、ゲームもすごくおもしろかったので、むしろ僕がお礼いいたいくらいです」

「楽しんでもらえたならよかった」

「すごくいいなって思いました」

青波は足を止めると、寂し気に笑った。

「僕は一人っ子で、母は幼い時に亡くしたし、父は忙しくて家にほとんどいません。じいややメイドさんはいますが、ゲームの相手なんてしてくれませんし、してくれてもわざと僕に負けるんですよ。・・・そんなの面白くない」

「ゲームは本気でやるから面白いんだもんね」

「はい。なので今日は本気で戦ってくれて、みんな御曹司の僕ではなく、久遠青波という人として扱ってくれて嬉しかったです」

「じゃあ今度は私ともゲームで対決しよっか」

「・・・はい!ぜひ」

青波は嬉しそうに顔を輝かせ、帰って行った。


去っていく青波の背中を見ながら、少し複雑な気持ちになった。

婚約者として、義兄として弟たちには申し分ない人だ。


(でも私は―)


「渚?どうした?」

優しい大好きな声がして振り返ると、航平が立っていた。

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