第8話 嵐の前触れ

(嘘でしょ、嘘でしょーーー!?)


担任が「転校生を紹介する」そう言うと、扉が開き、青波あおばが入って来る。

高身長にあのルックスだ。

女子たちから感嘆の声が漏れる。


「おはようございます。今日から一緒に学ばさせていただくことになりました、久遠くおん青波です。宜しくお願い致します」


そう言って一礼すると、担任に案内され、一番廊下側の席に座った。

なんで転校なんてと思ってそちらを見ると、青波がウィンクをしてくる。


(私の穏やかな学園生活が・・・!)


頭を抱えて机に臥せっていると、隣からツンツンとつつかれて起き上がると、航平こうへいが心配そうな顔でこちらを見ている。

「どうした?」

小声で心配そうに聞いてきた。

「なんでもない」

苦笑いでそう答えるしかない。

この町で有名な久遠グループの御曹司が婚約者なんてバレた日には、この穏やかな日常は壊されてしまうに違いない。

とにかく、知り合いであるとすらバレないようにしなければならない。

それにしてもどうして転校してきたというのだろう。

確か偏差値も高く、多くの御曹司が通う私立の有名な高校に通っていたはずだ。

偏差値そこそこの公立高校に来るメリットなんてない。

それに弟たちが幼いこともあり、変に噂が立って生活に影響がでるといけないからと、その時がくるまでは周りに隠しておくという約束だったはずだ。

青波もそれに関しては、同意してくれた。

(なのに、どうして?)


休み時間になると、ひと目御曹司を見ようと、男女構わずたくさんの人たちが廊下に来ていた。そんなやじ馬にも青波は愛想よく相手をして、女子たちに写真を撮りたいと言われれば一緒に写ったりしていた。

青波は朝のウィンク以来、なぎさに話しかけたりすることはなく、婚約者であるそぶりは見せなかった。とはいえ、目的がわからない以上は安心できない。

本人に聞きたいが、あれだけの人が集まっていると呼び出すこともできないので、とにかく様子を見るしかない。


「渚?怖い顔してるよ」

航平が眉間を指差しながら、からかうように笑った。

「そう?」

眉間を伸ばして笑うと、お弁当を広げた。

白ご飯に卵焼きとウィンナー、プチトマトというさっぱりしたお弁当だ。

弟たちは育ちざかりなので、そっちにたくさん入れてその余りを自分のお弁当に詰めるのでいつも彩りも量もないお弁当になってしまう。

航平も隣でお弁当を広げる。

料理上手なおばさんが作っているので、彩りも綺麗で、おかずもたくさん入っている。弟にもこんなお弁当を作ってあげたいが、予算が足りない。

そんなことを考えていると、また眉間に皺がよってしまう。

「渚、最近疲れてるんじゃないか?」

「ちょっと疲れてるかな。弟たちが元気だから相手にするのも大変で・・・」

「そうだよなぁ。週末は俺も家事とか手伝うよ」

「ありがとう。でも大丈夫だよ、ちゃちゃっとやっちゃうし」

「家事くらい俺だってできるんだよ?」

「ほんと?」

「今度やってみせるよ」

「えー」

こんな他愛のない会話をできる航平の存在は自分の中では救いだ。

さり気なく手伝ってくれたり、気遣ってくれる。

航平の両親もうちの事情は理解してくれていて、たまに晩御飯のおかずまで「多く作っちゃったから」と言って持ってきてくれることもある。

航平のこの優しさも両親からきているのだろう。

「渚、からあげ好きだよね?」

航平がそっとからあげをお弁当に乗せてくれる。

「そんな悪いよ」

「母さんの唐揚げ好きだったよね?母さんが渚ちゃんにもって多めに入ってんだよ」

きっと嘘に違いないのにそう言って航平は気を遣わさないようにしてくれる。

「ありがとう」


「君の名前はなんて言うんだい?」


突然の声に振り返ると、青波が立っている。

航平に名前を尋ねているようだ。

「俺の名前?大森航平だよ。よろしく」

航平が手を差し出すと、青波も「久遠青波です。よろしく」と手を握った。


「あ、雨だ」

誰かの声が聞こえて窓の外を見ると、黒い雲が空を覆って、ポツポツ雨が降り出している。

これから先に何が起こるか知る由もなく、ただただ渚は洗濯物が終わったと心の中で嘆いていた。


バイトから帰って、時計を見ると22時を指している。

海斗かいと海里かいり海生かいせいはすでに眠っている。

「ただいま」

「姉ちゃんおかえり」

海二かいじが欠伸をしながら、渚の夕飯を温めてくれる。

「ありがとう。海二も眠いでしょ?先に寝て」

「うん、ありがとう」

「あ、そういえばかいは?」

「まだ帰ってきてないよ」

「・・・また?」

「そう、また帰ってきてない。じゃあ寝る・・・」

そこまでいうと海二は海里と海斗の間に倒れこんだ。

6帖の和室に布団が4枚ぎゅっと敷き詰められ、4人が転がって寝ている。

6人で寝るのにも限界だなと思いながら、すりガラスの引き戸を閉めた。


最近、海の帰りが遅い。

まだ中学3年生なのだから、22時まで外にいていいわけがない。

すぐにでもどこにいるのか聞きたいが、スマホも持たせていないので、帰ってくるのを待つしかない。

イライラしつつ、ご飯を食べてお風呂を上がった頃に扉が開く音がした。

思わず大声で怒鳴りそうになるが、弟たちが起きたら厄介だ。

「海、どこに行ってたの!?」

小さな声で問い詰めるが、「別にいいだろ」そう言ってどこに行ったか答えようとしない。

「あのね、あんたはまだ中学生なのよ?こんな時間までふらついていいわけないでしょう!?」

「俺にだって事情があんだよ」

「事情って何よ?」

その問いには答えずにお風呂に入ってしまった。

海の帰りが遅くなったのは先週くらいからだ。

高校受験することが決まり、勉強を頑張ると思ったらこれだ。

まったく頭が痛い。

こんな時、両親がいればいいのだが、残念ながらうちには両方いない。

親代わりの自分がしっかりしないといけないが、最近の海の考えていることがわからない。

ため息をつくと、もう考えるのは止めだと海生の横に寝転んだ。

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