第21話

 達也の停学が決まった日、私はどうしてもお礼と謝罪がしたくて、見かけた彼に声をかけた。


「柴島くん……」


 彼は私の方へ振り向き、笑顔を浮かべる。


「長柄、大丈夫か?大変だったな」


 彼は停学処分を喰らったにも関わらず、涼しい顔をして私の身を案じてくれた。


「……柴島くん、ごめん……僕のせいで」

「俺がやりたくてやったことだ。気にすんな。2週間したらまた戻って来るよ」


 そう言い残し、彼はその場から去っていった。


 暴力騒動の後、彼が停学中であっても私をいじめてくる人は一人もいなくなった。

 それほどあの時の達也がクラス全員に与えた恐怖は大きかったようだ。


 そして達也は停学中にも関わらず、学校帰りの私を待ち伏せして、声をかけてくれた。


「最近学校はどうだ?」

「まぁいじめられることはなくなったけど、誰も話しかけて来ないね」

「腫れ物に触るような感じなんだろうな」

「オカマってわかったから、どんなふうに接したらいいかわからないか、気持ち悪がられてるかだね」

「生きにくい世の中だよなぁ」


 彼には他のクラスメイト達とは違う懐の深さがあった。

 それは彼の家庭環境の影響なのか、元々の彼が持ち合わせたものなのかはわからないが、そんな彼の存在が私にとっては大きな救いだった。


「長柄の名前は俊彦だよな?女らしい名前で呼ばれたいとかないのか?」

「そんな提案してくれる人、君くらいだよ」

「なんて呼ばれたい?」

「そうだな……アケミとか」

「じゃあ今日からアケミだな。あと無理して男みたいな話し方しなくてもいいぞ」


 彼は私が私らしくあるために、いつも背中を押してくれた。


 それから彼の停学が解けた後も、彼は私をいつも気遣ってくれた。

 彼と出会ってから言葉づかいも女らしくなり、ありのままの自分でいられるようになった。

 こんなことをしてくれる人に、私は今まで出会ったことがなかった。



 一度だけ達也の家にも行ったことがある。

 部屋は物が少なく殺風景なものだったが、私は茶色のフレームに入れられた一枚の写真に目がいった。

 そこには幼い頃の達也と夜の仕事をしていたであろう、派手めな格好をした女性が写っていた。


 達也いわく、高校入学後まもなくして亡くなった母親との写真のようだ。

 母親の写真が他になかったので、遺影代わりに置いているとのこと。


 達也の家族はその母親だけで、彼女が一人で

達也を育ててくれたんだそうだ。

 そんな唯一の家族だった母親が亡くなり、

彼の背負う悲しみは計り知れなかっただろう。


 そして、そんな彼が母親を追うように突然死んでしまうなんて、誰が想像しただろうか。


 2009年7月19日。

 豊崎真由さんとデートの待ち合わせ中、突然トラックに突っ込まれ、達也は亡くなった。


 信じられなかった。

 葬儀に参列するまで全く現実味がなかった。


 私の命を救ってくれた唯一の友達は、出会ってわずか数ヶ月でこの世を去ってしまったのだ。


 

 達也が亡くなってから、私は自分の弱さを振り払うように、自分らしく生きることにこだわった。


 達也はありのままの私を受け入れてくれた。

 私を私でいさせてくれた。

 俊彦ではなく、アケミでいさせてくれたのだ。


 そんな彼がいなくなっても、私の中でまた自分を偽って生きるなんて選択はなかった。


 たった数ヶ月だけど、前を向いて生かせてくれた彼との時間を無駄にしたくはなかった。


 彼がいなくなって私は学校で一人になった。

 それでも気にはしない。

 私は周りに、ありのままの自分をさらけ出した。


 クラスメイトだけでなく、家族からも理解を得られることはなかったが、それでもかまいはしなかった。


 もうあの頃の自分に戻ったりしない。

 自分を偽ったりしない。

 誰にも文句は言わせない。


 彼との出会いを無駄にしないよう強くなるんだと、私は心に誓った。



 達也が亡くなってから、私の身体にある異変が起こった。

 人を見た時、その人とは違う別の誰かが重なって見えることがあったのだ。


 私は初め、霊が見えるようになったと思った。

 でも見えるのはいつも一瞬で、会話ができるわけでも、その人に霊が乗り移っている様子もなく、その人の意識だってもちろんちゃんとあった。


 少々邪魔くさかったが、生活に大きな支障はなかったので、私は特にその事を気にしてはいなかった。



 成人を迎えた私は、オカマバーに勤めることにした。

 そこには私と同じ悩みを持ったもの、そしてそれを乗り越え自分らしく生きることを選んだ人たちが集まる、私たちオネエにとっては楽園のような場所だ。


 そして26歳の時、私は夢だった自分の店「SHELLY」を開業して新しい仲間を募り、彼女たちの居場所を作ってあげることができた。


 開業してまもない頃だった。

 買い出しから戻ると、お店の前で10歳くらいの男の子が店の扉の前に立っている姿が見えた。

 不審に思い、私はその男の子に声をかけた。


「ちょっと僕。悪いけどここは子供が来ちゃいけないところなのよ」


 男の子はこちらを振り返った。

 すると一瞬、その子から見覚えのある男の姿が重なって見えた。


「……達也?」


 一瞬だったが、はっきりと達也の姿が男の子から見えて、私は思わず声を出してしまった。

 すると男の子は、私が達也の名前を言った瞬間、目を見開き、すぐさま立ち去ろうとしたので、私は咄嗟にその子の手を掴んだ。


「達也!?達也なんでしょ!今、達也が見えたの!あなた達也なんでしょ!!」


 咄嗟に動いた私の身体は、自分自身で止めることはできなかった。


 私は男の子をゆすり何度も達也なのかと問いかけた。

 しかし、男の子は何も答えず、ただ固まったままだった。

 そして、正気に戻った私は男の子から手を離した。


「……ごめんなさい。お姉さんの友達に似ててつい。……変なこと言っちゃったわね」


 流れた涙を拭っていると、男の子は口を開いた。


「……久しぶりだな。アケミ」

 

 達也は10年ぶりに小学生の姿で私の前に現れた。

 彼が死んでから私に宿ったこの力。

 私の見る人から重なって見えていたものは、その人の前世の姿だとその時初めてわかった。



 達也の生まれ変わりである康紀は当時、児童擁護施設にいた。

 生まれたのは達也の命日である2009年7月19日。

 彼が前世の記憶を取り戻したのは4歳前後の時だったらしい。


 彼は生まれ変わってから、私と豊崎真由さんのことがずっと気がかりだったようだ。

 

 学校でいじめられていた私が、自分がいなくなっても上手くやっているのかが心配で、ずっと探してくれていたようだ。

 そして私が今もちゃんと生きていること、幸せな人生を送れていることをどうしても確かめたくて、一人でSHELLYに足を運んだのだ。

 

 それを確かめたら、すぐに立ち去るつもりだったようだが、まさか私が彼を一目見ただけで達也だとわかるなんて、思いもしなかったのだろう。


 そして、私は児童養護施設から康紀を養子として引き取り、彼と共に真由さんの捜索を始めた。


 当時、真由さんがどこにいるのかを見つけ出すのは、私たちでは困難だった。

 私と真由さんの面識は達也の葬儀の時に、棺の前で泣き崩れている彼女を見たのが最初で最後だったし、今彼女がどうしているのかはわからなかった。

 

 そこで私は探偵に捜索を依頼し、真由さんの居場所を調べてもらった。

 どうやら地方で高校教員をしているみたいだった。


 彼女は達也が亡くなった後もちゃんと前を向き、教師になる夢を叶えていたのだ。

 そのことを知った康紀は、本当に安心した様子だった。

 

 でも、彼が中学3年になった頃、たまたまうちのお客さんからある噂を聞いた。


 最近、豊崎という先生が北山高校に赴任してきて、その先生はえらく美人なわりに、高校以来ずっと恋人をつくっていないという話だった。


 彼女は達也が突然死んだことによって心に深い傷を残し、今も罪悪感に苦しんでいるとしか考えられなかった。

 そして、それを解消できるのは彼しかいない。


 それを知った康紀は、真由さんに最後の別れを告げるために北山高校に入学を決めた。

 でも、康紀は真由さんに自分が達也であることを知られるわけにはいかなかった。

 

 だから、康紀は自分が達也であることを真由さんに悟られないために、あの行動をとったのだ。

 

 

 これが私の生い立ち、そして彼と出会ってから今に至るまでの話である。

 

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