第20話

 康紀は柴島達也さんの生まれ変わり。


 その事実を耳にした彩菜は、信じられないのか、顔がこわばっている。


「……ちょ、ちょっと待ってよ!生まれ変わりってことは、達也さんの記憶をもって生まれてきたのが康紀ってこと?まさか、そんなことが起こるなんて……」


 彩菜は動揺を隠せない様子だった。

 突然こんな話を聞かされたなら無理もない。


「でも、豊崎先生に話しに行った時、康紀はそんなこと一言も言ってなかったじゃない。私はてっきり死んだ達也さんの霊が康紀のそばにいたんだと思って……」

「僕もあの時はそう思ってた。豊崎先生だってそうだ。でも康紀はあの時、自分には霊が見えるとか、達也さんの霊がいるなんて一言も言ってなかったんだ。ただ幼い頃からずっと一緒にいる人がいるとだけ言った。姿形が見えなかったから僕らも豊崎先生もそう解釈したけど、実はそうじゃなかった。あの時、康紀が僕らに話してくれた達也さんの話は、全部自分のことだったんだ」

「でも、そんな言い方したら誰だってそう捉えるのは当然じゃない。康紀はなんでそんな紛らわしい言い方をしたのよ」


 彩菜はあの時の康紀の言動に納得がいかず、憤りすら抱いているようにも見える。

 そして僕はアケミさんの方へ視線を移した。


「もしかして康紀はあえてそうしたんですか?自分が達也さんであることを悟られないために」

「……さすが良隆くんね。その通りよ」


 アケミさんは感心するように笑みを浮かべる。


 これは今流行りの転生アニメやドラマの話ではない。

 僕らの友達に起こった、現実の話なのだ。


「昔話をしてもいいかしら?せっかくだから、私の生い立ちと彼との出会いを」


 アケミさんの言葉に僕と彩菜は静かに頷く。

 そして、彼女は自分の生い立ちから今に至るまでのことを語り始めた。



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 7歳の誕生日の時、女の子用の小さなドレスをショッピングモールで見かけて、着たいと母親にせがんだことがあった。


 しかし母親は「あれは女の子が着るものなの」と言って、買ってはくれなかった。

 私はその時、何がいけなくて母は買ってくれなかったのかがわからなかった。


 男として生まれ、男として育てられたから、そういうものなんだと私は言い聞かせた。

 自分の気持ちに蓋をするということをこの時に覚えた。


 しかし小学生高学年になると、自分の身体と心が一致していないという違和感が強くなり始めた。

 だから女の子とばかり遊ぶようになって、一度クラスの男の子に「こいつ女としか遊ばねぇじゃん」とバカにされたことがあった。


 それからは無理矢理、男の子たちと遊ぶようになった。

 ドッジボールやサッカーなんて全然好きでも得意でもなかったけど、自分の気持ちを押し殺して休み時間になれば一緒に参加してた。

 流行りのカードゲームなんかに興味がなくても、ルールを覚えて男の子たちに溶け込んで遊んでいた。


 本当は同学年の女の子たちと女の子らしい遊びを楽しみたかった。

 でも、それはやってはいけないことなんだと小学生なりになんとなく理解していた。


 中学生になると気持ちの制御が困難になった。

 中学校は男子は学ラン、女子はセーラー服。

 私はもちろん学ランに袖を通した。


 そして、私は相変わらず男子とつるんでいた。

 でも、心は女子のまま。

 自分は男だと言い聞かせ、男子たちに囲まれて過ごす空間に居心地はあまり良くなかった。


 中学生にもなれば好きな子の一人や二人できるのも当然の時期。

 私の心が女なら、好きになるのももちろん男子。

 でも私はその気持ちに蓋をし続けた。


 中学男子が男に告白するとどうなるかなんて、重々理解していた。

 そのやり場のない気持ちをぶつける場所もなく、普段は親から買ってもらった男モノの服を着て、お小遣いは全て女性ものの服やアクセサリーに使った。

 そして、家族がいない間に自室でそれを着て鏡を見ている時が唯一の至福の時間だった。

 

 でも同時に、鏡に映る自分の姿を見て、私は思わずにいられなかった。

 なぜ男に生まれてしまったんだと。

 

 そして中学からずっと好きで、高校でも同じクラスになったサッカー部の男子生徒がいた。

 私は今までの自分から一皮剥けるために、その子に自分の気持ちを伝えることに決めた。 

 そうすることで今までの偽りの自分に別れを告げ、自分らしく生きるスタートが切れるような気がしたのだ。


 初めての告白。

 勇気を振り絞り、声が震えながらも私は彼に思いを伝えた。

 あなたが好きだということを。

 

 結果はダメだった。


 ただ、その子には振られてしまっても、気持ちは少し晴れやかだった。

 振られたはずなのに、素直な気持ちで生きることの清々しさを初めて感じた。

 15年以上背負い続けた重荷が軽くなった気がした。


 でも、それはその時だけだった。

 

 私がその子に告白したことは瞬く間に噂で広がり、私はいじめの対象になった。

 噂を広めたのは私が告白したその男子生徒。

 目の前が瞬時に真っ暗になっていく感覚を味わった。


 周囲からはまるで異物を見るかのような冷たい目線と、バカにしたような笑い声。

 そして、告白した男子生徒とその友達二人が、私に会うたび暴言を吐く。


「男に告られるなんて俺の人生最大の汚点だよ」

「なんで平気でそんなことができるんだよ、気持ち悪い」

「女に生まれて出直してこい」


 清々しい気持ちなんてほんの一瞬だった。

 こんなに辛い思いをするなら、今まで通り本当の気持ちに蓋をして生きていけばよかった。

 自分の気持ちに素直になんて、ならなければよかった。

 

 私は性別と体を間違えた神様の失敗作だ。


 ”女に生まれて出直してこい”

 

 それができるなら本当にそうしたかった。

 この人生を終わりにして、次は心も身体も女として生まれ変わりたいと本気で思った。


 もうこの人生を終わりにしたい。


 そう思った瞬間、一人の男子生徒が私が告白した男子の顔面を思い切り殴りだした。

 それを止めに入った友達の二人にも、彼は殴る蹴るの制裁を加えた。

 そして、ありとあらゆる技を駆使して、その男子生徒は三人をボコボコにしたのだ。

 

 彼の動きは明らかに喧嘩慣れをした玄人の動きだった。

 三人相手にも関わらず、彼はひとつも傷を負うことなく、あっという間に三人を気絶させた。


 そして、彼は静かに教室から去っていった。


 その男の名は、柴島達也。

 同じクラスの男子生徒だった。


 彼の存在はもちろん知っていた。

 クラスメイトの誰とも関わろうとせず、いつも窓の外を見つめているような不思議な男だった。


 しかし、一度も話したことのなかった私に彼は無条件で手を差し伸べ、助けてくれたのだ。

 彼は間違いなく私の命の恩人だった。

 だってあの時の私は、もう生きていく自信を失くしてしまっていたのだから。


 そして暴力騒動の後、達也は2週間の停学になった。

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