44話:黒い沼

 何時の間にやら外に出ているイヴを追ってこの場を飛び出す。

 しかし外に出た時にはもうその姿はなく、取り敢えず彼女が歩いていた方向に全力で走る。

 それに何となく何処に向かっているのか予想はできていた。


「やっと追い付いたよ……」

「お、意外と早かったね」


 イヴはひらひらと手を振る。どうやら私が来るまで待っていた様だ。

 私は今彼女と初めて出会った場所に立っている。予想は的中していた。

 早いとこあの独房に戻ろうと彼女を腕を掴もうとした瞬間逆に私の腕が掴まれた。


「まぁそう焦らないでよ。どうせ直ぐに戻されるんだから」


 そう呟く彼女の瞳には光が少し失われていた。

 ……戻される?ハッキリ言ってよく分からない。

 頭を傾げていると手を離した彼女は足を一歩前へと動かす。

 そのまま逃げようとしているのかと思い腕を伸ばしたその時、イヴが目の前から消える。

 一瞬目の前の出来事に硬直したが、視線を下にずらすと彼女は足元にある自分の影へと吸い込まれているのだと気付いた。


「クソッ!!やっぱりこうなるのか!」


 必死にそこから抜け出そうと両腕で地面を目一杯押すが、身体が上に上がる事はない。

 その異様な光景を前にして呆気に取られていたが、彼女の体が肩辺りまで沈んでいる所で正気に戻る。


「イヴッッ!!」


 沼の様な影に沈みかけている右腕を掴み引っ張りあげようとする。

 しかし状況は何も変わらない。彼女は何かに引っ張られている様に沈んでいく。

 私が上へと引っ張る程彼女を沈める力が強まっている様にも感じた。

 彼女を引っ張り上げるため右足を一歩後ろへと下げようとした時に気付いた。

 足の感覚がない。

 恐る恐る自身の足下を見ると、そこにはイヴと同じ様に黒い地面へと引きずり込まれている自分の両足があった。


「うそっ!?どうなってんのこれぇ!!?」


 足を動かそうにも感覚がない。焦りイヴの方を見ると既に目元まで沈んでおり戻ることを諦めた様に目を瞑った。

 私の手を掴む力が強くなる。

 ズブズブと身体は沈み意識が遠退いていく。

 それはまるで冷たくも天日干しされた暖かな布団に包まれる様な安らぎを私に与えられながら。


◆◆◆◆◆


 身体に熱が灯っていく。それが外に放り出されたことを私に実感させた。

 ゆっくりと瞼を開けると青い空を遮る風に揺らされる緑が目に映る。

 隣には私の右手を握りじっと座っている共に漆黒へと呑み込まれた彼女の姿があった。


「………良かったぁ……ちゃんと目が覚めたみたいだね」


 安堵の声を発する彼女は私よりも先に起きていたみたいだ。

 既に離してしまった手は私が繋いでいたのか、彼女からなのかもう分からない。

 体を起き上がらせ辺りを見渡すとそこには二日前程にくぐった門があった。


 戻されると言うのはこう言うことか。

 あの言い方からしてこれを何度も経験してるって事なんだろうな。

 気怠けだるげな身体を起き上がらせちらりと横を見ると、彼女が心配と気まずさが入り交じった目で此方を見つめていた。

 彼女は意外と繊細な様だ。


「大丈夫だよ。意識もハッキリしてるし何ともないから」

「そっか。それなら安心し───」


 私はイヴの奥に見える屋根にキラリと光るなにかを見た。

 それの正体に気づくと同時に身体を動かす。

 遠くから一本の矢が放たれる。

 イヴの体をぐいっと退かせ彼女に刺さることは回避できた……が飛んできたそれは私の左胸に刺さってしまう。


「アルシア……」


 後ろに倒れそうになる彼女を震える手で抱える。

 彼女に刺さる矢に触れようとしたその瞬間、四方から一斉に矢が飛んでくる。

 それを目の当たりにしてイヴは確信した。最初からここの連中はこれを狙っていたのだと。

 彼女は闇に包まれる。それは物理的にではなく精神的に、彼女はもう人間であることを放棄してしまった。

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