1話:異界で手にした、運命の魔術書

 この世界に転生してから八年の時が過ぎた。

 この世界で僕は"トラン・メロニコス"と言う名で生きている。

 僕の家は代々魔術師の家系で様々な王国で魔術師として名を残していたらしい。……しかしそれも今となって昔の話みたいだ。


「ちょっと散歩してくるね~」

「はーい。夕御飯までには帰るのよ。明日お父さんと出掛けるんでしょ」

「分かってるって~!」


 何てことのない日常的な会話だ。

 この家の地下室は大きな書庫になっている。暫くはそこで本ばかり読んでいたのだが、このままじゃ体が訛り過ぎてスライムみたいになりそうだったので、少しでも外に出ることにした。

 と言っても散歩くらいしかしてないけど。

 それでも一歩も外に出ないより幾分かマシだろう。


「今日は何処まで行こうかなぁ」


 家から数キロ程歩いた所で突風が顔を当たり抜ける。

 そうして風が吹いてきた方向に目をやると、大きな洞窟を発見した。

 辺りを見渡すと木ばかりだ。知らぬ間に森の奥地へと入っていってしまったのだろう。

 空を見上げると太陽が沈みかかっており、空が山吹色に染まりつつあった。

 そろそろ家に帰ろうか。そう思い立ったその瞬間───


ヴォン…ヴォン……


 心臓の鼓動の様に、何かが低い音で鳴り響いているのが耳に入る。

 音の大きさ的にもそこまで遠くはない筈だ。だったらせめて、音の発信源だけでも確認してから帰ろう。

 僕は一人頷き更に奥地へ歩を進める。

 暫くすると大きな洞窟が見えてきた。そこで足を止め、耳を澄ませる。


ヴォン…ヴォン……


「ここかな……?」


 洞窟の中を覗き込み見渡すと、そこにはとても幻想的な世界が広がっていた。


「こりゃ……凄いや…………」


 そこはまるで虹の中だった。洞窟の中なのだから鉱石の一つや二つは当然あるだろう。

 しかしそれは自力で光輝いているのだ。それも文字通りの意味で。

 外の光を反射している訳でもないそれは、洞窟の中を照らし様々な色形をした鉱石を照らし合わせ、新たな色を作りだしている。

 その色は壁や天井と言った全方位を鮮やかに彩っているのだ。


「これが魔石ってやつなのか」


 中へと入り、近くに転がっていた石をひょいと拾い上げる。

 キラキラと光るそれは自然に造り上げられた魔力の塊だ。

 本での内容では自力で造ることも出来るみたいだが、天然のモノはより綺麗で効果も強いとのことらしい。

 思わず目的を忘れ感動しているとまたあの音が鳴り響く。


 ハッとし更に奥へと足を運ぶ。幸いここは至る所に魔石があるため、暗がりを怖がる心配はいらない。

 どんどんと音が大きくなる。きっともう少しで辿り着くだろう。


「あれ?行き止まりだ」


 僕を待っていたのは大きな壁だった。……と言うより天井が崩れて出来上がった、崩落の跡地みたいだ。

 それにいつの間にかあの音も聞こえなくなってしまっている。

 通りすぎてしまったかと考えたがそれはあり得ないだろう。

 なんせこの洞窟は入ってからここに至るまで一本道だったのだから。


「まぁ良いや。引き返そ」


 結局目当てのモノは分からなかったが、この洞窟の美しさに免じて諦めるとしよう。

 そう身体を右に回し足を数歩出す。その時だった。


カラカランッ


 あの壁から小さな石が落ちてくる。

 崩落の恐れを感じ、足早にここを去ろうと地面を蹴り上げた瞬間。

 ゴゴゴゴゴゴゴッ!!と地面が揺れその場でズッ転けてしまった。

 まずい、早く出なければ。そう思い立ち上がろうとする。


 しかし足は動かない。……動かないと言うより何かに引っ張られている様な感じだ。

 嫌な汗をかきながらゆっくりと視線を下の方へと向ける。

 そこにはガッシリと僕の左足首を掴む右手が壁から生えてきていた。


「あっ、うわぁぁぁぁぁ!!?」


 逆の右足を振り下ろし手をひっぺがす。

 なんだあれ!なんだあれ!!まさか本物の腕じゃないよなッ!!?

 後ろを振り返る余裕なんかない。天井が崩れるかも知れない恐怖と、先程の腕に対する恐怖が混ざり合って頭が変になりそうだ。

 もう少し!もう少しで外に出────


ドゴォ!ガラララ………


 後ろから大きな音が聞こえ、とんでもない突風が背中を押す。

 それにより体が吹き飛ばされ出口付近に転がり着いた。

 何があったか知らないけど良かった……これで帰れそうだ。

 安堵し一息着く。衣服についた埃を払い立ち上がろうとした時、奥に光っている点が見えた。


 なんだろう……?じっと見つめているとその点が揺らめいているのに気付く。

 そしてゴツゴツと岩がぶつかる音が聞こえてきた。

 固唾を飲み、一歩下がった。その刹那ビュォンッと異様な存在が目の前に現れた。


「へぇぁ……?」


 それは何かを薙ぎ払い風を切る。ギリギリの所で体を反らし回避することが出来た。

 しかしガッ!と腹に重い一撃を食らってしまった。

 そうして外まで飛ばされ夜空の下に出る。


「ゴホッゴホッ……!何なんだアイツ!?」


 早まる鼓動を押さえつつ息を整える。

 するとまたゴツゴツと聞こえてきた。どうやらこれはヤツの足音だったみたいだ。

 月明かりに照され洞窟から姿を現す。

 その姿は全身岩のようになっており、片目からはギラギラと光る魔石が角の様に生えた、異形の女だった。


「ゴろ…え……oiテオ───」


 硬い物が擦れるような音にも、声のようにも聞こえる。

 しかし今の恐怖心の前にはそんなことを気にする余裕なんかない。

 アイツの速度は異常だ。逃げようにも追い付かれ次こそは死ぬだろう。

 ここじゃ叫んだ所で誰か来てくれる望みも薄い。


ヴォン…


 またあの音だ。

 と言っても今からまた洞窟に入るなんて…あれ?僕はあの女の後ろを凝視する。

 するとそこにはみどりに光る石がついている一冊の本があった。

 その石が点滅していることから、あの音の発生源はアレだったのか。それが解ったからってどうも出来やしな……一か八か掛けてみるか。


 一緒に転がり出てきた小石を投げる。

 当たることはなくカンッと弾かれるがそんなことは誰もが予想できることだろう。

 幾つかの小石拾い、木陰に向かい走りながら投げまくる。

 それを鬱陶しく感じたのか、彼女の岩のような腕は鋭いかまの様になり右から左に振ることで木をスパンと伐る。


 伐られた数本の木は倒れ少し開けた景色へとなる。

 キョロキョロと女は目を動かすがトランの姿を見つけられない。

 そしてザッと後ろから物音が聞こえ急いで振り向き、槍の様に形を変えた腕を伸ばす。


《"燃盛短剣フローガー・スティレント"》


 ゴウッも燃える剣は振り下ろされた腕を斬り落とす。


「ほ、本当に使えた!」


 まさか本当に成功するなんて思わなかった。

 この本を手にするためにした事はこうだ。木を伐り倒された瞬間、何とか上に登り本に一番近い所に倒れる木の方へと飛び移る。

 作戦とも言えないような力業だけど上手く行って良かった。


 そしてもう一つ驚いた事と言えばこの本だ。

 目的の本を手にした瞬間、色々な言葉と映像が頭の中を駆け巡った。

 そのお陰で技を発動できたけど……本と言うか板みたいな感じなんだけど、これ魔術書なのか?

 兎に角戦う術を手にしたんだ。勝てるかどうかじゃない!勝ってやる!!


「おろ……ギデげgeゲゲッ!!」


 女の指は一本ずつ斧や剣といった形になり、それが鞭に繋がれている様に伸び、ブンブンと振り回す。


《"拘束蔓ヅルクハイト"!》


 魔術書から出現したつるは五本の凶器を縛り止める。

 それを払い取るよう腕を振りかざし真上に投げ飛ばされてしまう……がこれが狙いだ。


《"光散弾銃パイロボルム"!!》


 複数の光球が弾丸の様に降り注がれる。

 これだけじゃきっと倒しきれないだろう。だったら……!


《"燃盛短剣フローガー・スティレント"ッ!!》


 出現した一本の剣が、光球と共に回転しながら対象に斬りかかる。

 回せ!回転力を上げろ!!じゃないとダメージを与えるなんて出来やしない!!


「削れェェェェ!!!」


 ベキンッ!と彼女の目から生える鉱石が折れる。

 それと同時に光球によって、身体に小さな穴が作り出された。

 そこからキラリと光る何かを見た。ここだ!あの穴にコイツを刺し込んでやる!

 折れた鉱石を手に取り先端を彼女に向ける。

 後はこのまま穴目掛けて落下するだけだ。


「ゴロ……あ"u…ke」

「おぉうりゃぁぁぁ!!!」


 彼女から放たれた岩の剣を体を捻り回避しつつ鉱石を突き刺す。

 ガキャンと割れる音が聞こえた。

 それと同時に彼女の身体はだらりと倒れる。

 それは僕も同じだ。どうやら魔力を使いすぎたらしい。

 魔術を二つ同時発動はやりすぎだったか。


 息を切らしながら女を見る。

 その女は身体がボロボロと崩れていっており、その状態が僕の勝利を確信させた。

 そして完全に消えようとした時。


「ありがとう……」


 確かにそう聞こえた気がした。これまでの岩が擦れるような声ではなく、人間らしい綺麗な女性の声で。

 ゴト…と二つの鉱石が落ちる。どうやらあの割れた音は、僕が突き刺した鉱石ではなく穴から見えたキラリと光ったモノだったみたいだ。


「勝てた……!」


 鉱石も粉々になり風で飛んでいくのを確認すると、今度こそ勝利を確信した。

 家に帰ろう……そう思うが身体が動かない。

 明日死ぬ程怒られるかもしれないが、今日はここで眠るとしよう。

 僕は不思議な魔術書と共に深い眠りについた。

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